何気ない非日常

何気ない非日常


「ラーメン食いてェ〜〜!!!」

「急にどうしたの?」


東の海・ゴア王国に属するコルボ山の木々に建立された秘密基地から少年の元気な声が響き渡る。なんの脈絡もなく日も沈みかけた頃に突然ルフィがラーメンという以前にもこの場に居ない兄2人と揃って食い逃げした事のある料理を所望したのだ。

それをかつてルフィとその兄2人と共に食い逃げした少女ウタは疑問を口にする。


「ラーメンって前にエースとサボと一緒に食べたやつだよね?なんでまた?」

「理由なんか知らねェ!!とにかく今食いたくなったんだ!!」

「はァ……まったくあんたって奴はいつも急すぎるのよ色々と!!……でもラーメンか……確かにあれすっごく美味しかったし、私もちょっと食べたくなってきたかも」

「だろ!?じゃあ行こう中心街に今すぐ!!!」

「ちょっと待って!!!ルフィ…私達ってあそこだと悪い方で有名人なの忘れたの!?サボに続いてエースもいなくなった今、思いつきで行ったら捕まりはしなくてもラーメンにはありつけないよ!!」

「うぐぐ…そういやそうだったな………エースがいねェんだからどうやって中に入るかおれ達だけで考えねェとな……」


2人の言う通り、ごく最近まで共に過ごした頼りになる兄エースが今はいないのだ。17になる頃に船を出そうと誓いを立てていたエースはおよそ一ヶ月前にその誓いの通り海へと飛び出して行ったのだ。

ゴア王国の端町や中心街で狩りで手に入れた動物の皮等を金に換えたりお目当ての品を手に入れる為に入り込む策を立てその中心となっていたエースがいない今、ルフィとウタは自分達だけで町に入りラーメンというお宝を手に入れる算段を策定せねばならず、どうしようかと頭を捻らせる。

そこでウタが垂れ下がっていたうさぎの耳のように結んだ髪をピンと立たせるとすぐに得意げになったような表情を浮かべてルフィへと話しかける。


「フッフッフ…思いついちゃった!!神作戦!!!というわけでルフィ、決行は明日!!今から作戦に必要な物を捕りにいくよ!!」

「作戦って何なんだよウタ?それに何を捕りにいくんだよ!!」


1人突っ走っていこうとする幼馴染へ当然の疑問を投げかけながらもついて行くルフィに対してウタは口元に右手の人差し指を当て悪戯っぽく笑いながら振り返る。


「それはね〜……秘密!!作戦の方は明日のお楽しみで、今から捕りにいくやつはあんたの好きなやつだよ!」

「おれの好きなのっていうと……肉か!?何肉だ!!?」

「さっすがー!!自分のことよく分かってるねルフィ!!それじゃあ…何肉か当てられるか勝負する?三つまで出してその中に答えがあったらルフィの勝ちだよ!」

「望むところだ!!!ほんじゃあ一つ目は……」


目的地へと向かうためにコルボ山の大自然を駆け抜ける2人の少年と少女。木々を縫い草を踏みしめ川を飛び越え時折蔓を掴みながら崖を乗り越え進んでいく。

そんな中で少年が少女との真剣勝負に勝つために頭を捻らせ一つ目に猪、二つ目に熊を挙げ三つ目は何にしようかと唸り、よし!と意を決する。


「決めたぞ!!三つ目はワ…」

「はーいそこまで!!ルフィの答えは猪と熊だったけど…残念!!正解はあれ、ワニでしたー!!!あんたワニめし好きだよね」

「おォ!!今日の晩メシはワニめしか〜!!ワニめしうめェよな〜〜……ってちょっと待てウタ!?今おれワニって言ったよな!?」

「正確には言おうとした…でしょ?目的地に着く前に言えなきゃ無効に決まってるじゃない」


正論とも言えるウタの発言に一瞬納得しそうになったルフィであったが、かなり食い気味に遮られた事を思い出しそれを槍玉に挙げ抗議するがウタはのらりくらりと躱していく。


「出た!負け惜しみィ!!そもそもさっさと答えないあんたが悪いんでしょ?とにかくこれで私の799連勝目だねルフィ!!」

「ズルしたお前の負けだろ!!799連勝目はおれの方だ!!」

「まだ言うの…?それなら……次はあのワニに最後のトドメを刺した方が勝ちってのはどう?」

「おっいいなそれ!!今度は絶対ェ文句なしの勝ちをぶんどってやる!!」

「今度も私の勝ちに決まってるよ!!でも、ちゃんと協力して狩るのを忘れないでよね?油断してたらやられちゃうよ!!」

「当たり前だ!!!行くぞっ!!!」


ルフィの号令を合図に2人はワニの頭上にあたる木の上から飛び降り、得物である鉄パイプを手にワニへと殴りかかっていく。2人と1匹の戦闘が始まって早々にワニが放ったしっぽの振り払いによって得物を失ったルフィは徒手空拳で真っ向からワニと格闘していく。それを先端に刃物を取り付けた特製鉄パイプを持ったウタが殴り斬り突いていく。

数年にも渡る修行により岩をも砕くピストルより強いパンチを手に入れたルフィと軽やかな身のこなしと得物で敵を翻弄し時には魅了さえさせるウタ。

2人の確立された戦闘スタイルと息のあった連携攻撃により徐々に体力を奪われていったワニはこりゃたまらんと逃げ出そうとするがそこへウタがルフィへ逃がさないよう指示を飛ばす。

指示を受けたルフィは近くにあった手頃な木に足をグルングルンに巻き付け固定し、両手の指を交錯させ作り上げた"ゴムゴムの網"によりワニを捕らえる。捕らえられたワニはなんとか脱出しようと暴れるが、そこに宙へと舞っていたウタが得物に取り付けた刃を鋭く突き刺し仕留める事に成功する。

獲物を仕留めて喜ぶ2人だったがそこへ「どちらが先にトドメを刺すかの勝負」に勝利し800連勝目は貰ったと自信満々にウタが言い出したことに対しルフィは指示通りに援護したのにずりィぞ!と抗議するがいつもの負け惜しみィと共にお決まりのポーズをウタは繰り出していく。

ずるいも何も狩りに夢中になって勝負を忘れちゃうあんたが悪いと少々詭弁ではありながらも言いくるめられ悔しそうな表情を浮かべるルフィであったが、直後にウタから七割程度のワニ肉はあげてもいいと言われ上機嫌になると、ワニを秘密基地へと引きずっていく。

自分達の拠点へと帰った2人はワニを肉と皮に分けるために慣れた手つきで捌いていく。捌ききった後は焚いた火で肉を焼き適当に盛り付けた特製ワニめしをバクバクと食らっていく。ものの数分で全てのワニめしを食べ尽くした2人はしばし横になりながら談笑し、今やこの2人だけの拠点となった秘密基地へとまた明日集合する事を約束し、今日は用事があるからとフーシャ村へと降りていくウタをルフィが見送る。

そして迎えた翌日、ウタ考案のラーメンにありつく神作戦決行の日。約束通りいつもの秘密基地へと到着したウタを出迎えるために飛び降りたルフィはいつもとは違う様子のウタに首を傾げる。そんなルフィの反応に気を良くしたウタはその場でくるりと一回転してみせニッコリと微笑む。


「どうルフィ?…まさか声も出ないくらい見とれちゃったのかな〜?」

「ん〜……いや、動き辛くねェかそれ?」

「……はァ〜……いいルフィ?女の子から服の感想求められたら興味がなくても気の利いた言葉の一つや二つかけるもんなの!!ほんっとあんたにはデリバリーってもんがないのね!」

「でり…?まァ別にいいだろそんな細かいこと!!それで、どうしたんだよその服。そんなのお前持ってたか?」


求めていた服の感想が返ってこず頬を膨らませ少し機嫌を悪くしたような態度を取っていたウタだったが、普段着ることのない服装に身を包んだ自身に対してどうしたのかと問うルフィに対してよくぞ聞いてくれましたと言わんばかりに胸を張る。


「実はね〜…これ、マキノさんから借りたんだ!!中心街に入るのに使うからって頼んだら貸してくれたんだ〜!!最近は着てないらしいけど私くらいの頃にはよく着てたんだって。フフ、可愛いでしょ?」


普段ウタが着るものといえば短パンか丈の短いワンピースやスカートばかりでマキノから借りたという膝下まである丈の白を基調としたワンピースに加えてヒールを履いた姿は珍しく、傍から見ればどこかのお嬢様のような雰囲気を醸し出している。

いつもとは違う雰囲気の幼馴染に若干の違和感を感じているルフィだったが、それ以上に引っかかるところがあるようだ。


「かわいいとかそういうのはよくわかんねェけどよォ……今日ラーメン食いに行くんだろ?それじゃあ走りづれェんじゃねェか?」

「確かに、当然の疑問だね……でも大丈夫!!この格好こそが今回の作戦の要だから!!」

「そういやーなんか作戦があるとか言ってたな。何すんだ?」

「まー簡単に言うとこういう小綺麗な格好してれば中心街にいても違和感ないでしょ?木を隠すなら森の中ってやつだよ!!」


先日マキノから服を借りた際に聞かされた言葉をあたかも自分が知ってたかのように自信満々に言い放つウタに対して、顎に指を添えてむむむ?とルフィは顔を顰める。


「でもおれ、お前みたいにきれーな格好してねェぞ?……まさかお前!!おれを置いて一人でラーメン食うつもりじゃねェだろうな!?許さねェぞそんなの!!!」

「大丈夫だよルフィ!!これがあるから!!」

「何だそれ……かばんか?………何やってんだお前」

「よいしょっと………フッフッフ、それじゃあ説明してあげるねルフィ!!私考案の神作戦がどんなものか!!!」


服や靴と共に借り持ってきていた人が一人入るほどの大きな、いわゆるボストンバッグの中に入り込み首から上だけを出した状態でウタ考案の作戦概要が説明されていく。

まず最初にウタが入ったバッグと昨日狩ったワニの皮を持ったルフィがグレイターミナルと端町を繋ぐ大門を通り中へと入っていく。そこでワニ皮を金に換えた後は手頃な路地裏などでバッグの中身の入れ替え、つまりウタとルフィの入れ替えを行う。

その後はルフィが入ったバッグとワニ皮を売って手に入れた金を持ってお嬢様のような姿に扮したウタが端町から中心街へと入り、お目当てであるラーメン屋へと向かい完全個室のVIPルームを希望しそこへ到達すれば2人の独壇場だ。誰の目にも憚られることなく好きなだけラーメンを楽しみ"宝払い"で店を後にする。

以上がウタ考案の神作戦、その全てであり、完全無欠・究極無敵と豪語するウタはルフィの反応を待っていた。

そのルフィはというとウタの説明を聞き終わってからはプルプルと全身を震わせたまま一言も発していなかったが、ようやく閉じたままの口を開き始める。


「ウタ…………すっっっげェなァお前!!!完璧じゃん!!!」

「でっしょー!!?いやー自分の才能が恐ろしいよ!!なんだったら私の事、ウタお姉様って呼んでもいいよ!!」

「それはいいや別に」


そうしてしばらく笑いあっていた2人だったが、善は急げと作戦決行へと移る。

空気を通すため僅かにチャックを開けてあるウタが入ったバッグを持ったルフィがワニ皮を積んだ荷台を引っ張りグレイターミナルへと向かっていき、グレイターミナルに到着した後は作戦通り大門を通過し端町へと入っていく。そこで以前にもワニ皮を売った事のある店で買い取ってもらったルフィはウタと交替するために人気のない路地裏に駆け込む。


「よーし……出てこーいウタ!交替だぞー」

「オッケー!!ここからは私に任せて!!……それにしても恐いくらい順調だね〜さっすが私!!!」

「そーだなー。じゃあおれ中に入るからよ!早く行こうぜラーメン屋!!楽しみだなー!!」

「あーそれなんだけどさルフィ、私ちょっと寄りたいとこあるから先にそっち行ってからでもいい?ほら、食べ終わった後はそんなことしてる暇ないだろうからさ」

「ええー!?いいけど、何すんだ?」

「買い物!!ワニ皮売ってお金出来たからねー。一応言っておくけど食べ物じゃないよ!!実は……」


土壇場になって買い物という予定を追加されたルフィであったが特に気にすることもなく、その上目的まで聞かされれば受け入れない理由は無いとばかりにバッグの中へと収まっていく。

人一人入り相当な重さになっているだろうそのバッグを片手で軽々と持ち上げたウタは路地裏から中心街へと向かっていく。

中心街の、時折貴族が訪れる程小綺麗な区画へと到着したウタはルフィやエースと共に入り込んでいた時のようなコソコソとした動きをすることなく堂々と街中を闊歩する。

ウタの想定通り、マキノから借りた服装一式の効果は絶大でルフィやエースと同様に悪ガキとして有名なウタの存在に一般人はおろか警察組織の人間でさえ気付くことはなかった。

それどころか普段見かけることがない清楚可憐な少女であるウタは周囲が一瞥するほどの存在感を放っていた。

それを知ってから知らずか、上機嫌になったウタは街中を見て回り目的に見合った店が無いかを探していると、一際小綺麗な服装で胸元には貴族の証を付け、人の良さそうな笑みを浮かべた青年がウタと並走するようにしながら声をかけてくる。


「やあやあ素敵なお嬢さん!この辺りでは見かけない麗しい出で立ちだったからつい声をかけてしまったよ。どちらにお住まいで?」

「え…!?えーっと……こ、この辺りに住んでますよ!その…何か御用でしょうか…?」

「いえいえ、用と言うほどではないのですが…貴女のような美しい女性と是非お茶の一つでもさせて頂ければと思いまして……如何です?」


下手に出て伺い立てるように聞く青年であったが、胸元に輝く特権階級である証をチラつかせながら聞いてくるところを見るに断られることはないだろうという確信めいた思いがあるのは明白だった。

何はともあれマキノやベックマンから聞かされた事のあるナンパを仕掛けられどうしたものかとウタが考え込んでいると、青年はウタが右手に持つ大きな荷物の存在に気付く。


「これはこれは何とも重そうな荷物…貴女のその細腕では大変な苦労があるでしょう…?私めが代わりに持ち運んで差し上げましょう」

「いや!大丈夫ですよ!!これくらい自分で持てますから!!」

「まあまあそう遠慮なさらず……では失礼ッ!!?」


ウタから半ば奪い取るようにバッグを持とうとした青年であったがそのあまりの重量に持ち上げることは叶わず、落としてしまう。

それもそのはず、ウタの細腕で軽々と持ち歩いてるように見えるバッグの中にはルフィが、つまり人一人が入っているのだから重くて当然なのだ。

だがそんな事情など知らない青年や周囲からしてみれば可憐な少女の持つ荷物を情けない声を上げて持ち上げることが出来ない非力な青年という風にしか映らず、心無しか周囲からはクスクスと笑い声が聞こえてくるようであった。

そして当の青年はというと、自業自得の面があるとはいえ恥をかかされたことに徐々に腹を立て、見る見るうちに顔を真っ赤にしていきながらウタを糾弾し始める。


「……!!こ、この中心街住まいの小娘風情が!!!ちょーっと見て呉れがいいから遊んでやろうと思ったのに……貴族であるこの私にこんな恥をかかせるとは…!!………私がその気になれば警察を動かし身柄を拘束することだって出来るのだぞ………!!さァ、謝罪しろ!!今すぐ!!!」

「そんなこと言われても……私急いでるので!!さようならー!!!」

「あ!?こら待てェ!!!……な、なんて足の速さだ………」


自分が持ち上げることが叶わなかった荷物を持っているとは思えない速さで駆けていくウタを見て貴族の青年はバカバカしくなったのかそれ以上追うのを止め自身の醜態を晒した現場からそそくさと退散していく。

堪らず逃げ出したウタはというと闇雲に走りどこかも分からないところで一度立ち止まり、先程の貴族の青年が追いついていないか周囲を見渡し振り切った事を確認しホッと一息ついている最中であった。

何があったのかと気になりモゾモゾと動くバッグの中の幼馴染を宥めていたウタはふと正面に立つ建物の看板を見上げると、パァッと花が咲いたような笑顔を浮かべる。


「わあ…!!そうそう、こういうとこを探してたんだよ!!ゴア王国一の雑貨屋さんだって!!確かに品揃えも良いしその通りかも…!!よし、ここにしよう!!!何にしようかな〜……」


国一番を謳っているのは伊達ではなく、東西南北の海から偉大なる航路の名産品までよりどりみどりであり、どれにしようかと一日中悩んでいられるほどの品揃えにウタは圧倒されていた。

しかし、自分はもちろんバッグの中の幼馴染の腹の虫が鳴るのが聞こえたウタはいつまでも悩んでられないと2つの品を選び会計を済ませ店を後にする。お財布の中はすっからかんだ。


「いやー……品揃えだけじゃなくて値段も国一番だったね〜……ワニ皮売って出来たお金全部無くなっちゃった!!さて、それじゃあ行きますか!本日のメインイベント!!」


緊急の用事も済ませ、残すところはそもそものお目当てであるラーメンのみ。鼻唄を歌いつつ何度も腹の虫が鳴きモゾモゾと動く幼馴染を宥めているとあっという間に目的地のラーメン屋へと到達する。

意を決して店内に入ったウタを出迎えた店長と思しき人物はウタの清楚可憐な容姿に若干見とれつつも麗しいお客様のご希望通り完全個室のVIPルームへと案内する。VIPルームへ案内されたウタはラーメン2人前を頼み、注文通り2杯のラーメンが目の前に並ぶと周囲に誰もいないことを確認するとバッグの中の幼馴染を解放する。


「ぷはー!!やっと出れたァ!!!うほ〜っ!!んまほー!!!早く食おうぜウタ!!!」

「はいはいそんなに慌てないの!!ちゃんと座ってね!!よし、それじゃあ…」

『いただきまーす!!!』


お行儀よく席に着き両手を合わせいただきます。だが行儀が良かったのはそれまでで、あとはとにかく早い者勝ちと言わんばかりに麺や具材、スープを啜り食い飲み干すばかりであった。

ものの十数秒で一杯完食しおかわりを要求すること何十回目、入店したのが清楚可憐なお嬢様のはずなのにこれほどの勢いで食い尽くすのは流石におかしいと判断した給仕担当の店員が店長と共にVIPルームへ乗り込んでいく。


「お客様!!少しお話が…!!」

「うっ!?バレちゃった!!行くよルフィ!!!」

「おう!!!」

『ごちそう様でしたー!!!』

「窓割りながら言うなァ!!!金払えェ!!!」


マキノから挨拶などを習っているからか言葉だけは丁寧に、しかし行動は大胆不敵な2人は窓ガラスを蹴破り堂々と食い逃げを実行していく。持ち前の身のこなしで4階から飛び出したにも関わらず無事に着地した2人はルフィの麦わら帽子を見て食い逃げ常習犯の悪ガキ共だと叫ぶ警官からぶへー食った食った!と言い合いながら逃走していく。

店の損害はラーメン56杯とガラス一枚、そして「たからばらい ルフィ」とだけ書かれた書き置きが一枚残されるのみ。

中心街から離れ端町へ辿り着いた2人は追っ手を完全に振り切った事を確認し帰路につく。


「いやー美味かったなァラーメン!!また食いてェなー!!」

「ねー!!でも今度はまた別の作戦考えないと……同じやり方じゃすぐ見破られちゃうもんね」

「ししし!!それならよォ、いーい作戦思いついたぞおれ!!それもおもしれーやつだ!!」

「どうせまたくだらないやつでしょ?ま、付き合ってあげてもいいけどね!!私の方がお姉さんだし!!」


和気あいあいとしながら歩みを進めていくとゴミ山特有の臭いが漂ってくる。端町とグレイターミナルを繋げる大門に近づいている証拠だ。

その臭いを感じ取ってからは帰ったら何をしようかと話す2人の前に複数の人影が立ち塞がり、2人は歩みを止めざるを得なくされる。

端町といえば町の不良やチンピラ達が屯する場所であり、夕刻を過ぎれば再製物資を売ろうとするゴミ山の人間から物資や金を強奪しようとするゴミ狩り部隊が出るが、立ち塞がる連中はそれとは明らかに異なる雰囲気を放っていた。


「何だお前ら……そこどけ!!邪魔だ!!」

「へっへっへ……どけと言われてどく奴ァいねェよ……おいクソガキ、おれ達の事覚えてるか?」

「知らね。誰だお前ら」


ルフィにのみ問いかけるところを見るにどうやら彼と何かしらの因縁があるようだが、当のルフィは連中が一体誰なのかさっぱりなようだった。知らないと突っぱねられた連中は憤るでもなくヘラヘラと笑うばかりで無意味な時間ばかりが流れ、ルフィもウタも苛立ちを募らせていく。


「じゃあおれ達もう行くからな」

「待て待て……!!そこにいる女は何だ、てめェの女か?随分と上等な女作りやがって……ガキの分際でよォ!!」

「全くだぜ……おれ達ァブルージャム船長を失ってからは汚ェゴミ山暮らしだってのに納得いかねェ!!」

「ッ!!お前らブルージャムのとこの奴らだったのか!?」


2人の前に立ち塞がる連中はブルージャム海賊団の残党だという。かつて国王から騙され全てを失い、生き残った残党連中はゴミ山に住み着くようになったとか。

そんな中、荷台と大きなバッグを持って端町へと入っていくルフィの姿を見かけた残党の一人が仲間を呼び寄せ大門近くの人気のない場所で闇討ちしようと待ち構えていたのだ。

以前、ポルシェーミの一件やブルージャムとのいざこざの際に直接居合わせてはいなかったウタの存在は全く知らなかったようだが、寧ろ獲物が増えただけだと残党連中は舌なめずりをする。


「そういうわけだからよォ……身ぐるみ全部置いてけやァ!!ついでに命も貰っちまおうかァ!!?」

「来るぞウタっ!!気を付けろよ…こいつら元とはいえ海賊だからな!!!」

「大丈夫だよルフィ!!今さらこんな奴らに負けないよ!!」


ウタの言う通り、2人は残党連中に全く引けを取らないばかりか寧ろ圧倒していた。連中の武器は錆や刃こぼれが目立つ剣や斧ばかりで銃もなく、鍛え抜かれた2人の前には蹴散らされるのみだった。だが残党連中も数だけは多く、一瞬で片をつけるには至らない。

そんな中、膝下まである丈のワンピースとヒールにより思うように動けないでいたウタは一瞬の隙を突かれ転倒してしまう。


「きゃっ!!」

「おらァ!!くたばりやがれェ!!!」

「ウタ!!この……"ゴムゴムの"ォ!!"銃(ピストル)"!!!大丈夫かウタ!!?」

「うん平気……ありがとうルフィ!!」


間髪入れずに入れられた追撃の刃はかろうじて伸びてきたルフィの腕が敵ごとぶっ飛ばして事なきを得るが、これではまずいと判断したウタはワンピースの裾を掴むとビリビリィッ!と縦に一本スリットのような形に破りそこからスラッとした右足を露出させていく。


「よしっ!!これで少しは動きやすい!!」

「それマキノから借りたやつだろ!?いいのか!?」

「全然良くないよ!!だから後で謝る!!」

「…しっしっし!!そうだな!!ほんじゃあ…さっさと終わらせるぞ!!!」


そこからの2人は破竹の勢いで残党連中を蹴散らしていき、騒ぎを聞きつけた大門の警備員が現場に到着した頃には2人にぶっ飛ばされのびている残党連中だけが残されていた。

警備員らが駆けつける前に現場を後にし大門を抜けた2人はダダンの国の近くに建つルフィの国まで到達していた。そこで今日も用事があるからと別れ、フーシャ村へと帰っていくウタを見送ったルフィは風呂を借りるためにダダンの国の中へと入っていく。

そしてフーシャ村に到着したウタは村の中での自分の居場所へと帰っていく。そこではいつも以上の、かつて赤髪海賊団が停泊していた時に彼らが飲み明かしていた時のような賑わいを見せていた。それもそのはず、何故なら今日は……


『マキノの誕生日にカンパーイ!!!』

「何回やるんですかそれ……もう聞き飽きましたよ!」

「全くじゃ……そもそも誕生日を祝うなら当人の店で飲んだくれるんじゃないわ!!」

「そんなこと言ってェ〜!!普段こんな夜中に来ないのに飲みに来てるじゃないですか村長も〜!!」


2/23、それはPARTYS BARの女店主でありウタの仮親的存在でもあるマキノの誕生日だ。今はそれを祝おうと村中から集まった村民達が大騒ぎしている真っ最中である。


「なあなあマキノよ、今日もあの子居ねェのかい?この店の看板娘ちゃんはよ!」

「看板娘って……ウタちゃんはそんなんじゃありませんし、帰ってくるかも分からないですよ。今日も元気よく山の方に行っちゃいましたから……」

「ただいまー!!!マキノさん帰ったよー!!!」


噂をすれば何とやら、あの子はいないか帰るかなどとマキノと村民が話していると通りの良い元気な声と共にPARTYS BARの看板娘と極一部で名高い少女、ウタが登場し周囲の視線が彼女に釘付けとなる。

だが釘付けとなったのはウタという存在以上にその格好に注目が集まっているようだった。


「ウタちゃん!!?ど、どうしたのそれ!?まさか何か危ない目にあったんじゃ…!!」

「あー……まァ危ない目といえばそうなんだけど…でも大丈夫!!ルフィが一緒だったしなんともないよ!!これだって、動き辛いからって自分で破いちゃったんだ………その…ごめんなさい!!!」

「なんだ、そうだったのね……てっきり猛獣にでも囲まれたのかと……とにかく無事なら良かったわ」

「………怒ってないの?こんな綺麗な服、無理言って貸してもらっておいて勝手に破いたのに……」

「まさか!あの山に登っていくような子に一日貸して無事で帰ってくるとも思ってなかったわよ!そんなものよりあなた自身が無事で帰ってきてくれる事が一番よ」

「マキノさん……!!」


半ば無理やりに借りつけた上に自分の意思で台無しにしたにも関わらず、そんなこと気にする素振りも見せないばかりか自分の身が一番だとまで言われたウタは感涙を流しそうになるが、そうだ!と言い懐を探ると綺麗に装飾された2つの箱を取り出す。


「マキノさんこれ!!誕生日プレゼント!!ほら、いっつも私マキノさんの誕生日には歌を歌うくらいでちゃんと形に残るようなプレゼント贈ったことないなァと思って……」

「ウタちゃんが……これを…私に…?高かったんじゃないの…!?こんな高価なもの……」

「…確かに思ってた以上に値は張ったかな……でも心配しないで!ルフィと一緒に捕ったワニ皮売って作ったお金で何とか賄えたから!!ルフィにも話は通してあるし、それは私とルフィからのプレゼントってことで!!選んだのは両方とも私だけどね」

「そうなのね……開けてみてもいいかしら?」

「もっちろん!!喜んでくれるといいんだけど……」


マキノがまず開けたのは薄い四角の箱。その中には丁寧に折りたたまれた一枚のスカーフが入っていた。赤を基調とし、薄ピンク色の花の柄が散りばめられた可愛らしい一品だ。

次に開けたのは一つ目のものよりは少し分厚い箱。そこには箱の中で動かないよう固定された真珠で出来たネックレスが顔を覗かせる。一つ一つの小さな粒が酒場の照明で照らされ、光り輝くその姿は一目で高級品だと分かる輝きだ。

酒場ではしばらく箱が開かれ中身が明かされる度に漏れる周囲からのおー…!という声だけが響いており、マキノからはっきりとした反応が返ってこず失敗したかなと不安になったウタがマキノに声をかけようとした時、ウタの視界が暗くなる。


「え!?何!?どうしたのマキノさん!!?」

「〜〜〜ッ!!!!ありがとうウタちゃん!!!それにルフィも!!こんな素敵な誕生日プレゼント、生まれて初めてよ!!!」


近くのテーブルにプレゼントをそっと置いたマキノがウタの事をギューッと抱きしめたのだ。突然、それも相当力強く抱きしめられたウタはどうすることも出来ずただただ受け入れるしかなかった。


「もうっ!!なんって可愛らしいのあなたは!!前から分かってたけど、改めて分かるわ……赤髪の船長さん達があなたを手放したくないと思う気持ちが……だってこんなに可愛いんですもの!!」

「えっと、その……あ、ありがとうマキノさん……でもちょっと苦しい……!」

「あっ!いけない私ったらつい……大丈夫?」

「うん、平気だよ……………ねえマキノさん………シャンクス達も本当は私と離れたくなかったのかな…?」

「ええ、絶対そうよ……やむにやまれぬ事情がなければ手放したくなかったはずよ。私が保証する」

「そっか……そうだよね…!!私が頑張ればまた会えるよね……!!!よーし、そうと決まれば……!!

みんなー!!今日は記念すべきマキノさんの誕生日!!もっともっと盛り上がっていこう!!!」

『おおおおお!!!』


決意を新たにした歌うことが大好きな少女は今日も明日も歌い続ける。

一足先に海へ出た兄達に追いつくために、かつての自分にとって全てであったあの大好きな海賊達が乗る船に戻るために。

来たる幼馴染が17になる頃のその日まで…

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