何やってんだお前ェ案件
がしゃん、と、何かを落とす音に、全員が一斉に其方を見た。音の正体は会議でいつも出されているお茶の入った湯呑みが割れる音だった。それを落としたのは、今この会議室に居る中で一番年若い大佐だった。彼自身、湯呑みを落としたままのおかしな形をした手のひらを不思議な顔で見つめている。
「コビー大佐、どうしました?」
隣に座っていたヘルメッポ少佐が顔を覗き込んだ。しかし返事は無い。コビーはぼうっとしている。明らかに様子がおかしい事に気が付いた周りの中将や少将達もひそひそと話し出した。彼が今現在置かれている状況の事もある、医務室へ連れて行った方が良いのではないか、と提案したのはモモンガ中将だ。そうします、と、ヘルメッポはコビーを椅子から立ち上がらせようとして。
「まァ待てよ」
と。ヘルメッポの手を掴む者がいた。珍しく会議に出席し、その上大人しく元帥の話や中将達の報告を聞いていたアラマキだった。アラマキは普段と変わらない笑みを浮かべている。
「……大佐に何を?」
ヘルメッポは大将が相手にも関わらず、気丈に立ち向かう。低い声で問いかけられたアラマキはらはは、と笑い。
「自白剤ってあるだろ?」
「は……」
「あれ使えば、多少は黒ひげン所の情報も分かるだろと思ってなァ?」
「……あ、んた、何したか分かって……!」
ヘルメッポが全て叫ぶより先に、アラマキの体が吹っ飛んだ。痛えなァ、と、自らを殴り飛ばした相手を見ながら、アラマキは笑っている。ガープは肩で息をしながら再び拳を振り上げた。
「貴様、コビーが何をされとるか、知っとらん訳では無いじゃろうが!!! コビーが今までどれだけ傷付いたと思っとる!!!!」
「まァ落ち着けってガープさんよォ。おれだって何も考えずにコビー大佐に自白剤盛った訳じゃねェぜ? んな事するかよ」
コビーはぼんやりと、虚空を見つめている。
「何回も何回も攫われてんだ。黒ひげの情報も知ってるってモンだろ。脅されてて話せねェってんなら、無理矢理話させれば良い。黒ひげの目的が分かりゃ、おれらだって有利になる。ねえ?」
と。アラマキは一人じっと黙っているサカズキ元帥を見た。
「それに、動向なりなんなり分かれば、多少はこの子も隠しやすくなるんじゃねェの?」
「……だ、だからって、自白剤なんか……!」
「んな盛ってねェって。二、三滴くらいかァ?
さて、なァ、コビー大佐。黒ひげ海賊団の事話してくれよ」
アラマキの言葉に、ぴく、とコビーが反応する。胡乱な目がアラマキを見た。
「くろひげの、こと、ですか……?」
「ああ。なんでも良いから」
「……なんでも……」
かくん、と首が動く。口元に、笑みが浮かぶ。それは、ただの笑みでは無かった。淫靡な、とでも、言うような、そんな。そして、淡々と言った。
おなかが、つきやぶられるみたいでした。
「……あ?」
「『てぃーち』のは、すごく、おおきいから……ぜんぶ、はいるまで、なんにちもかかって、」
「っ、コビー、」
「ぜんぶ、はいったら、みなさん、よろこんでて……おなかが、つきやぶられる、みたいで、でも、」
「あー……アー、や、そうじゃなくて、もっと他の」
「ほかの……。……ひどいこと、するときは、いつも、ないふ、で、」
「コビー!!」
ヘルメッポがコビーの口を手で塞ごうとする。だがそれをアラマキが止めた。
「そうでもないんだよなァ……もっとあるだろ、なんか」
「……このまえは……てぃーちに、たくさん、くすりを、のまされて」
とある少将が口を抑えた。その際救助されたコビーの姿を思い出したのだろう。顔色が酷く悪い。
「あたまのなか、まっしろで……いま、みたいに……」
「他は?」
「……ほか……は……。……いっぱい、のんで……。……おなかの、なか、それだけに、なって……。それで……」
「もうやめろ!!!」
ヘルメッポが叫んで、コビーの口を塞いだ。もごもごとまだ何か言いたげなコビーを抱き締めて、まだ何かを聞きたげなアラマキを睨み付ける。
「もういい、もう、話すな」
「んん……」
ヘルメッポはコビーは抱きかかえて、会議室を出て行った。アラマキは「もうちょっと増やすべきだったかァ?」と首を傾げ、再びガープがアラマキを殴り飛ばした。
「あ」
「あ……」
「よ、コビーくん」
アラマキが軽く挨拶をすると、コビーは真っ青な顔をした。そんなコビーをヘルメッポは背中に庇う。
結局あの後アラマキはガープに寄って壁に植わった花となり、サカズキからは「勝手な事はするな」と叱られた。結局自白剤の使用は全面的に禁止されてしまったし、話を聞いたセンゴクからは「ちゃんと彼に謝る様に」とも言われてしまい、サカズキもそれに頷いていたので、アラマキはコビーをずっと探していたのだ。けれど自白剤を勝手に盛った上、彼のトラウマであろう性的暴行を自らの口から語らせてしまう、なんて事をしてしまったからか、ヘルメッポやガープ、ボガードからコビーを隠されていた。黒ひげじゃなく自分から隠しても意味が無かろうに、と思っていた矢先の偶然である。
「この前はごめんなァ」
「い、いえ……」
「コビー、相手しなくて良いってガープ中将からも言われただろ」
「酷えなァ」
らはは、と笑うアラマキを、コビーは真っ青な顔で見上げた。
「あの、僕……お、おかしな事を、言ってたと思う、んです、けど……わ、忘れていただけると……」
「分かってるって」
「行くぞ、コビー」
「あ……は、はい」
ヘルメッポに引っ張られて行くコビーは、アラマキに頭を下げた。律儀な子だなァ、と思いながら、アラマキはくるりと背を向けてその場を去った。
(自白剤によって喋らされてる時の記憶は朦朧とではあるけど残ってるので、やばいやばいそういう事しかしてないのバレちゃったどうしよう、と青くなっている薬が抜けた大佐)
(無理矢理喋らされた事や「薬を盛られた」という行為にトラウマを思い出してしまったのでは無いかと気が気でない少佐やガープ中将やボガードさんやコビー隊、ガープ隊の方々)
(息子や孫みたいな年齢の子がされている事を自らの口から話された事実がショックだったり救助された時の姿を思い出してしまったりで何人か後で吐いた少将や中将の方々)
(アラマキがまた勝手な事をしたので胃が痛い元帥。せめて人の居ない場でやれと思っている)
(地獄の会議室はしばらく閉鎖された)