何も掴めない手
俺が初めて自分の術式を知覚したとき、強い全能感を感じた。俺の術式は『無為転変』という名を持ち、掌で触れた相手の魂の形を変えて肉体を弄るという能力がある。
俺が飼っている猫──だごんは丸くて大きな目が特徴的な雌の黒猫だ。いつもはしゃぎ回っていてよくトラブルを起こす。だが、そんなあいつが病気に罹り、ずっと寝込んでいる。だから俺はこの力を使ってあいつを治してやることに決めたんだ。そのはずなのに……
「な、なんだよこれぇ…!?だごん…だごん!」
だごんは俺が触ると、今まで聞いたこともないような叫び声をあげて、泥のように溶けてしまった。なんとか戻そうとするも、徐々にだごんの叫び声が小さくなって…
「嘘だろ…?息をしてない……!!嘘だ、嘘だろ…!」
やがてだごんは絶命した。遺体は完全に液体になっており、なんの音も発していなかった。
「わ……ァア…!??アアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」
泣きたいのに涙が出ない。出るのは恐怖と後悔の叫びだけ。俺は助かるかもしれなかった命を取りこぼしたんだ。
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それから十数年の時が経ち、俺は俺の力を完璧に制御できるようになった。その力で数多くの呪霊や呪詛師共を薙ぎ倒し、2年で一級術師にまで這い上がった。そんなある日、後輩が変わり果てた姿で任務から帰ってきた。下半身はなく、上半身のみの状態で。
「…お、俺の術式なら…あれ…?」
あいつの体に触れても何も起こらない。それもそうだ、弄るための魂はもうとっくにないのだから。俺は半ばパニックになって何度もあいつの体を触る。それでも何も起きない。
「クソッ……!役に立たねぇじゃねぇか…!」
いつにも増して荒々しい言葉で、自分かその術式か対象のわからない批判を口にした。何度も何度も何度も、どちらかを責めていた。
「俺の手は何も救えないんだ…!触れられても、掴めないんだ…!」
もうこの頃には術式による全能感など微塵も残っていなかった。