何でもない春の日に
娘ちゃんは撫子ちゃん 2003年4月某日友人同士4月、ここ数日で駆け足に暖かくなり、桜の花も満開を迎えた翌日。
「一護、コレ終わったらヒマ?もっかい花見行かへん?」
「花見ィィ?」
「うん!織姫ちゃんも一緒に!な?どう?アカン?」
「花見つっても、この前行ったばっかだろ。井上に連絡つくのか?つーか連絡ついたとしても井上の都合が」
「よっしゃ〜決まり決まり!!」
新年度の教科書を購入する為、訪れた本屋でばったり会った撫子が、この後予定はないのかと尋ねてきた。
来週から使う教科書をガチャガチャと音を立てながらエナメルの部活鞄にしまい、撫子は携帯を操作している。
「オメーの鞄は何が入ってたらそんな音が出ンだよ」
「…ありゃ、織姫ちゃん出ェへんわ。え?えへへー、内緒。女は秘密が多い方が可愛くて気になるやろ?」
「全然」
緩いウェーブがかかった金髪を二つ結びに結っている撫子はそれなりに可愛いとは思うが、一護は口に出さない。
「んー、一護とはセンス合わへんなァ。で、どうなん?バイトないんやったら寄り道しよぉヤァ」
「やめろ!!」
ぐりぐりと頭を一護の背中に押し付けて撫子は拗ねた様に言う。
撫子からの頼み事は断ると、とんでもなく悪になったような気分になる何かがある。2日前、友人達との花見が撫子の初めての花見だった事を知っているのと、純粋な『友達と花見をしたい』という動機からくる好奇心を撥ねつけるも一護の罪悪感を煽っているのだが、まあそれもおくびにも出さない。
「バイトは無ェけどよォ……井上に確認取れてねーし、先約があるから結局無理だぜ?」
「えー!ホンマ!いつ?今日?」
「今日だよ。今日はスゲー飯の日だから早く帰ってこいってな」
「うーん、残念。じゃあまた来年やね」
何となく真っ直ぐ家に帰るのも気が引けていた一護は少しだけならとOKを出し、皆で花見をしたばかりだというのに家へ続く街路にて、満開をわずかに過ぎた桜観賞に赴くこととなった。
花びらが少しずつ舞っている。
「早いもんやなァ。ついこの前まで満開やったのにもう散っとる」
撫子は屈託なく笑うと、おおきになぁ、とリードを離された子犬のように走っていく。
「織姫ちゃんのアドレス知りたい?」
「もう知ってる」
「おー!一護から着信合った方が嬉しかったやろなァ織姫ちゃん…メールとか電話しとる?」
「しねーよ!お前こそ石田と…」
そういえば石田は携帯を持っていない事に気付き、そこで二人の会話は途切れた。撫子が石田の連絡先を知っているのかどうかなんて事を一護は知る術もない。
「一護一護、これってデートになる?」
「2人で出かけるくらい別にフツウだろ。ルキアとだって…」
「あっ、ほら見ィ一護!めっちゃ綺麗!」
撫子が一護のポロシャツの袖を掴む。小さいのにすごい力だ。そのまま一護の腕に自分の腕を絡ませる。
その仕草があまりにも自然で、何故か、そうされるのが当たり前の様な気がした。そして、それを受け入れている自分がいる事にも少し驚くと同時に、少し前に流行った曲が頭を過ぎった。
右手をつないで、桜が散っても側にいようね。なんだかそんな歌詞だった。
「ほら、見てぇ。綺麗やし、楽しい」
耳の上あたりで結ばれたふわふわしたツインテールが、垂れ耳の子犬のようだ。撫子を犬のように可愛がりたいなどとは思わない。しかし。
形の良い撫子の頭をぽんと叩いた一護に撫子はのってこず、えー?と形だけの拒否を示してパッと手を離し、くるっと半回転して一護に満面の笑みで振り向いた。
この顔は、オンナというよりアレだ。飼い主の周りで過剰なまでの愛情を示してくる犬。
「マジで犬みてェ。何でそんなになついてくるんだよ」
「犬は桜喜ばへんよ!…えー?一護がカワイソーやから?」
「ハア?かわいそォ?どこがだよ」
「ナァーんかユウレイが見えんくてサミシソォな一護を放っておけへんねん、アタシ」
その物言いに少しムッとしたが、撫子は子犬だと思い直し、そうかよ、と返事をするに留めた。
「あんまり俺を信用するなよ」
そう言った一護は、石田が言うような芝居掛かった台詞という事に気付く。
「何で?」
「騙されても知らねェぞ」
「誰にでもなついてへんし、それに一護がアタシを騙す訳ないやん」
「そんな事、分からないだろ」
「わかりますゥ。でも、アタシが犬やなくてオンナノコやったら一護を選んでたなァ…ワァ嫌そうな顔」
「質が悪ィんだよ」
「ちょっとからかっただけやん…あー!もしかして照れてる?カワイー!」
「うっせ!もう帰るぞ!」
暗くなっていく帰り道を歩きながら、一護が喚いた。
藍染製高めの娘ちゃん