何かあった未来×何かあった未来
・・・はしる。ただ逃げはしる。こんな生活をどれだけ続けていたかは分かんない。
それでも自身の大きさもある大きなねずみから逃げるのだって一苦労だ。
こてん、足がほつれて転ぶ。走らなきゃいけないに、足は動いてくれない。
「!!!」
どすんと体に重みがかかる、わたしは体を動かそうとしてもぱたぱた動くだけだ。
大きなねずみはわたしの体に覆いかぶさり、その大きな歯でわたしを噛む。
痛くは無い。ただ布の皮膚に痛みは感じることはない、中身の綿が溢れだっていたくはない。
ジチチジチチッ
たらふく食べておおきくなったねずみはわたしに食べられる場所がないと知ると不満げに鳴き声を鳴らした。
苛立ちげにわたしの体から降りるとべちっと壁に叩き付けて路地の奥へと消えていった。
わたしは人形。
違う、わたしは人形なんかじゃない。
ゆっくりとわたしは起き上がる、齧られてはみ出た綿を必死に奥につめる。
こんなときは歌でも唄いたい。けれどもわたしからはギィギィとした音しか出てこない。
ダイジィうぶ、悲しくなんかない。眠れないし、痛くはないから辛くは無い、怖いくない、不安はない。
だって今ままでずっとこうしてこれたんだもの。
・・・今までずっと、いつまで?どれくらいたったの?駄目、深く考えちゃ駄目。動けなくなる。
こうしていればいつかシャンクスに会えるんだ!今までずっとそうしてきたじゃない!
昔々の思い出、忘れない約束、いつか見た夢がわたしを動かしている。
沸いてきた力を必死に動かして、今日も船に密航して新しい場所で探すんだ!
どれくらいたった?眠れないから時間の感覚があやふやだ。
色々なことがあった。動く人形を見世物にしようと捕まえてこようとする人、ほつれた私を治してくれる人とか。
たいていは見つかっても普通の人形の振りをすれば興味がなくて放置されるか、薄汚れたボロボロの私をゴミ箱に捨てるかだ。
・・・ゴミ箱は嫌だ、それが捨てようとする人が赤髪で男ならもっと嫌だ。
ここずっと、辛いことだけだ。昔の日々だって、今の記憶に押しつぶされて思い出せなくなるくらいになってきた。
父親のシャンクスと海賊団の皆、立ち寄った村で一緒に遊んだルフィと受け入れてくれたココヤシ村の人達。
そして、体が弱くてずっと船番していた自慢の妹のアド。調子のいい日にはルフィと一緒の三人で遊んだのを思い出す。
あの時と同じで、この日は雨が振っていた。
似ても似つかないけど赤髪の男が私を拾い上げ、近くのゴミ箱に放り捨てたのがショックで動けずにいた時であった。
# # #
東の海、ローグタウン。
偉大なる航路へ行く時の玄関口となる町であるこの場所は多くの海賊達がやってくる。
少し前までは海賊達はこの街で暴れることも多かったのだが、
腕利きの海兵が着任してからと言うものも海賊の出航者出さなくなったことがある程度の治安を向上させていた。
海賊達が暴れるものなら煙のように現れる男が瞬く間に捕らえてしまう。そんな男だけで全ての海賊を捕えている訳ではない。
海賊達は蟲のように大海賊時代のこの場所ワラワラと沸いてくるし、この地はかの男が処刑された場所でもある。海軍は見回りしてはいるが当然手が足りない。
そうなれば取り漏らした海賊を捕らえる事を稼ぎにしている者もこの地にやってくる。
スーツを着込み二丁の銃を背負う彼女、賞金稼ぎの名の知れた者の一人『蜃気楼』のアドである。
ローグタウンに来て数日ではあるが、この日も同じように沸いて来る海賊達を海兵に付きだし大きくとも小さくとも無い小金を得るそんないつもの日であった。
ふとあるゴミ箱に目に入った。今日は燃えるゴミの日なのかその中には生ゴミ等が詰まっていて悪臭もしていた。
けれどもその中にいたあるモノが視線を釘付けにして離さない。ずいぶん汚れてはしまっていたが、それは何時の日か見たことがある物であった。
そのゴミ箱の前に立ち、指を唇にあてその人形が何時見たのか思い出そうとしても、記憶に引っかかるモノはない。
結局、思い出せず何かの記憶違いだろうとその場を立ち去ろうとする。人形なんて何処にでもあるものだと。
ギチチチ、歯車が絡まったような音がなる。目の前の人形がピクリと動いたような気がした。
いや、本当に動いている。そうだ、前に一度だけその人形を見たことがある。遠い昔の記憶、まだ私がシャンクスの船に乗っていた頃の話だ。
赤と白の2トーンカラーの人形、私が何時ものように体調を崩し船番をしていると
「懐かれて離れないんだ」
シャンクスに引っ付いて離れなかったその人形と、くすんでしまってはいるが目の前の人形と重なる。
ザアアァア
いけない、小雨であったのに本格に降り始めて来た。私は思わずその人形を掴み、宿泊している宿に急いで戻ることにした。
あれ、私。どうしてこの人形を持ち帰ったんだろう。捨てて会ったとはいえ盗難じゃないか?
雨はまだ降り注ぎ、人形の体は雨をすって重くなり、吸い切れなくなった雨水がポロポロとこぼれている。
宿に戻ると濡れた体を温めようとシャワーを浴びる。人形はとりあえず薬液を溶かした温水に漬け込んでおく。これで生ゴミの臭いとかマシになればいいんだけど
あがるタイミングで人形も多少抵抗してきたものの軽く絞り、人形の両腕を洗濯ばさみで部屋に干しておく。
・・・すごい見られている気がする。ギチギチとした奇妙な音を立て暴れていたが無駄な抵抗だと知ったのかすぐにおとなしくなった。
「何でこんな場所に・・・」
もし目の前のがシャンクスの船と同じ個体なら、どうしてこんな場所で見つけたのだろうか。それにあれは10年くらい昔の話だ、同じモノの訳が無い。
『捨てられたのか』その言葉は思っていても口に出す事はできなかった。
出来ることならばその言葉は、単語だって二度と口にしたくない言葉だから。
十分乾いてきたので洗濯ばさみを外してあげると動き始めて、何かを伝えようとしてくるのが分かる。
全然分からない。ギギギと音を出してあらかさまに落ち込む人形を見ると、昔のことをふつふつと思い出す。
「あれ・・・?昔はちゃんとした音が鳴っていたような」
ギィギィと壊れたオルゴールのような音が鳴っていた。それが今は空周りしたような音しかならない。
・・・とりあえず、破れた所でも直しておこうと、小物入れ代わりに使っている小さな宝箱から裁縫道具を取り出す。
めぼしい物は何も入っておらず、せいぜい価値があるのは古いぬいぐるみだけだ。もし何も知らない人が開けたらガッカリするだろう。
・・・もし盗まれたら地の果てまで追いかけるけて後悔させる。
針に糸を通し、左手で暴れないように抑えると案の定鳴き始めたので静かにさせる。
ギチチ、ギ、・・・・・・・、・・・、・・・!!
無音。どんなに騒いでも音は生まれない。集中するのには持ってこいの環境である。
この時代、ある程度のことはそれなりにできないと困ることになるので、服を修繕するように人形の破れた布を閉じることはできる。
抵抗は無意味だと知ったのか、そのまま死んだ人形のようにおとなしくしているのも助かった。
ドクッ、ドクッ。集中すれば作業はすぐに終わり、音も戻ってくる。
慣れないこともしたせいか、眠くなってしまった。直った人形をそのまま宝箱の中にいれる。
何やら抗議している様子を見せていたが中にいるぬいぐるみに気が付くと、しゅんと大人しくなる。
「・・・お友達がいるから大人しくしてね。傷つけちゃ駄目だから」
宝箱に入れるくらい大事な物なんだから。コクコクとうなづくのを確認するとそのまま蓋を閉め、ベットに横になる。
今日はなんだか・・・楽に眠れそうだなぁ・・・