端切れ話(体調不良と下心)
地球降下編
※リクエストSSです
新しい土地に来て、スレッタが倒れ、そこから回復した数日後。
少しの間だけこの土地に留まる事に決めたエランは、アパートを短期契約で借りることにした。
地元の不動産屋でしか見つからないような好物件を探し出し、そのまますぐに契約する。
その日の内には移動せず、体調が回復したばかりのスレッタの体を慮って、実際に住むのは少しだけ後にすることにした。
とはいっても、それも2、3日程度のつもりだった。
実際の引っ越しまで1週間は過ぎてしまったのだが、それには理由がある。
起きたばかりのエランは、久しぶりの体調の悪さに気付いて辟易とした。
ぐらつく体。重い頭。なんだか全体的に熱っぽく、体の節々が痛みを訴える。
学園からこっち、体の具合が徐々に改善されて来たと思ったところにこれである。余計につらく感じてしまい、エランは食事も思うように取れない有様だった。
同室で休んでいたスレッタが、すぐにエランの状態に気づいた。
「エランさん、何だかだるそうですけど、もしかして体調が悪いんですか?」
「……問題ない。慣れてるから大丈夫」
「ちゃんとした返事になってないですよ!もう、横になってください!」
スレッタに強く言われて、仕方なく先ほどまで横になっていたベッドに逆戻りする。
それでもほんの少し休んだら外に買い物に出かけるつもりだったが、それを見越していたスレッタに待ったを掛けられてしまった。
「食事なら、フロントのスタッフさんに言って持ってきてもらいましょう。引っ越し準備も後回しです。きっとわたしの病気が移ったんですから、大人しくしていてください」
「……きみにはワクチンも打ってあるし、移る病気じゃなかったよ。気に病まなくてもいい……」
「じゃあエランさんも過労です。そう、わたしよりずっと頑張ってたんですから、倒れてもおかしくなかったんです。ね、大人しく寝ていましょう?」
「…でも」
「エランさん」
「………わかった。今日は寝てる」
「そうしてください」
しかめっ面だったスレッタの顔が、安心したように笑顔になる。その顔を見て、エランもどこかホッとした気分になった。
しばらくの間寝ていると、ふっと意識が浮上してきた。
まだ体はだるかったが、朝よりは回復しているようだ。時計を見ると昼過ぎになっていた。
起きたエランに気付いたスレッタが、枕もとの近くに来てくれた。
「エランさん、気持ち悪くはないですか?」
「大丈夫」
「なら少しお腹に入れた方がいいです。お粥とか食べられそうですか?」
少し考えて、エランは首を振った。食べ慣れない料理は、逆に体調が悪くなりそうだったからだ。
「…あんまり食べられそうにない」
「なら水分だけでも。あ、フルーツはどうですか?甘酸っぱくて、きっと胸がスゥっとしますよ」
「………」
スレッタの優しい声に、エランはこくりと首を動かし、フルーツを少しだけ口に含むことにした。
「じゃあ、食べやすそうなのを持ってきますね」
スレッタが最初に持って来たのは、赤いトゲトゲの付いたフルーツだった。果物ナイフで半分に割り、中の果肉をスプーンですくってくれる。
「は、はい、あーん」
「………」
自分で食べられるけど。
一瞬思ったが、普段通りに手が動かせるか確証がなかった。手が滑ったらベッドが汚れることになるし、スレッタの好意も無駄にすることになる。
いつもなら断るだろうが、今は気力もそんなになかったので、エランは大人しく口を開いた。
白い実の中にたくさんの種が入っているそのフルーツは、口に入れるとシャキシャキと心地いい感触がする。薄味なのでさっぱりとしていて、今の体調の悪いエランでもなんとか食べられる代物だ。───でも。
「もういらない」
少し食べたらもう十分だ。エランは果肉の半分くらいを食べると、すぐに飽きてしまった。
「もういいですか?あの、ち…違う物なら食べられますか?」
「……違うものなら」
心配したスレッタの言葉に、つい頷いてしまう。
次に持って来たのはシワシワの紫色のフルーツだ。それも半分に割って、中の黄緑色の果肉をスプーンですくって差し出してくれる。
「は、はい。あーん…」
「……ん」
今度も逆らわずに口を開けて、それを味わう。ポリポリとした種の触感は面白いが、少し甘味が強いかもしれない。
「もういらない」
これは一口で要らなくなった。
後から考えるとこの時はひどく我が儘になっていて、ひどく面倒な病人だったと思う。けれどスレッタは辛抱強く相手をしてくれていた。
「エランさん。…も、もうちょっとだけ。ほんのちょっと。た…食べてみませんか?」
「………もうちょっとだけなら」
3度目の好意にも頷いて、彼女の用意するフルーツを食べることにする。
今度は茶色くて、少しジャガイモに似た感じの外見だ。枝から取った後の場所から皮を剥き、白い果肉を差し出してくれる。
これはスプーンですくうタイプのものではなく、皮を剥いた果肉をそのまま口に入れるタイプのものだった。
スレッタの指に挟まった果肉は半透明で、果肉から出た果汁が指先を濡らしている。
「………」
スレッタの指が震えているようにブレて見える。目がかすれるほど体調が悪くなったのかと思ったが、特に吐き気もなく、あと少しくらいなら食べられそうだった。
早くしないとスレッタの手が果汁で汚れてしまう。そう考えたエランは、自分から動いてぱくりと果肉を口に迎え入れた。
「ふぁあ」
スレッタの声が聞こえる。勢いあまって唇でスレッタの指を押してしまったので、きっと驚いたのだろう。
エランは果肉を口に入れたまま顔をしかめた。触感は硬めのゼリーのようで悪くはないが、いかんせん味が甘すぎる。
真ん中の大きい種をコリコリ歯で噛みながら、周りの果肉をこそぎ落して何とか呑み込んでいく。
残った種はどうしよう。困ったエランだったが、すぐにスレッタが口の前に受け皿を差し出してくれた。
そこに種を吐き出して、エランは顔をしかめたまま言い切った。
「もういらない」
「は、はいぃ…」
今度は薦められても食べないぞ、という意思を込めたつもりだった。
それを聞いたスレッタは、もう次のフルーツを薦めて来ることはなく、静かに水と薬を差し出してきた。
「あの………ごめんなさいエランさん」
「…え?」
甲斐甲斐しく看病してくれたスレッタからの突然の謝罪に、エランはぼんやりした頭で首をかしげた。
引っ越し作業も遅れたし、謝るのは自分の方だと思うのだが…。
この時のことは何故か理由を口にしてくれないので、エランにとってはどうして謝られたのかは今もって謎のままである。
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