佐代の説得

佐代の説得

February 29, 2024


「はぁ〜…」


今、わたしはとてつもなく緊張している


あぁ…どうやって話せばいいんだろう…お兄ちゃんだったらこういう事得意なのかなぁ…


そうやってうだうだと陰キャ特有の脳内グルグル思考を巡らせていると、段々と下駄の音が近づいてくる


(来た…)

「…何の用かしら。ヒーロー気取りのお嬢さん」


禪院奈緒さん…本来なら戦国時代に生きていた人だけれど、受肉体として現代に蘇った彼女は、突き刺すような冷たい視線をこちらに向ける


着物も下駄も完璧に着こなして、現代では珍しい格好なのに寧ろそれがより気品というか、美しさを際立たせていた。…ジャージばっかり好んで着ている割に着こなせてる感じがあまりしないわたしからすると正直羨ましい…


顔も凄く綺麗な人だけど、親しみやすいといった雰囲気ではなく何処か近寄り難い印象がある。


「何?私の顔になんかついてる?それとも用件を忘れたの?若いのに大変ね」


……言わなくては…たじろいでる場合じゃない


「早くしてくれない?私も暇じゃないし、何より以前どこぞの誰かさんにやられた傷がまだ痛むのよねぇ。ああ辛い辛い」


うぐっ……渋谷での事を思い出す。仕掛けてきたのは向こうからだが、あの時のわたしはかなりカッとなって自制できてなかった…


「一応私、等級で言えば特級相当なのだけどね。せっかく調伏した摩虎羅を出す暇もなかったわ。円鹿の回復も間に合わないし…貴方本当に一級なの?」

「え…まあ、はい…一応…」


奈緒さんはふうんと呟くといまいち腑に落ちない様子で私から視線を外した


「……まぁいいわ。仕掛けたのは私からだし。早く用件を手短に言って頂戴」


よし、言うんだ…!今この瞬間を逃すと二度と好機は無い…!


「…あ…あの!!こんな事を頼むのは虫が良すぎるのは分かっています!あなたにわたし達を助ける義理が無いのも!けど…お願いします!どうか…わたし達に力を貸してくれませんか!」


はあ?と声を漏らしながら奈緒さんは面食らった顔になる。


「…呆れたわ、貴方私の立場分かってる?」

「…分かってます…」

「私と貴方達は敵対関係なのよ?その相手に向かってお願い!力を貸して!なんて随分と頭の中がお花畑なのね」

「……今わたし達には少しでも協力してくれる人が必要なんです。立場がどうとかなりふり構ってられないくらいに。少なくとも、五条先生ならそうしました」


そう、五条先生。スカウトされたあの日、先生はわたしを助けてくれた。その時はなんだか怖い人だな…と思ってお礼も言えなかった。だからせめて、今度は絶対わたしが助けるんだ


「五条…ああ五条悟ね。あそこまで強い術師を私は生きている時代に一人も見たことが無かった。もし戦国時代に居たら誰も相手にすらならなかったでしょうね。あれだけ規格外なのにたかが一学校の教師に収まるなんて変わってるわ」

「………」

「……そうねぇ…話の腰を折るようで悪いけど、少し私の身の上話に付き合ってくれない?」

「え…は、はい…」


「私はね、何より倫理と秩序が大事だと考えてるの」

「…?」

「決まりきった事が好きなのよ。こうやって着物を着て、下駄を履いて同じ服装を着回すのもそれが理由の一つ。…まあ、一番は単純に着物と下駄が好きな格好だからというのもあるのだけれど」

「だから戦国の乱世は正直息苦しかったわ。私にとっては秩序も倫理も無いんだもの」

「ただ同時に本当の倫理と秩序とは何?って疑問も常に持ってたのよ。だから答えが知りたくて、羂索にも呪物にしてもらった。違う時代を見れば何か分かるかも、って」

「そうしてこの時代で蘇って…現代は私が思う倫理と秩序に近いと思ったわ。少なくとも戦国時代なんかよりはずっとね」

「けれど嬉しさはなかった。寧ろ余計分からなくなってしまったわ。時代が変わればここまでがらりと倫理や秩序も変わるなら、当然私の考えに近い現代の倫理や秩序も変わっていく。なら結局私が求める本当の答えは何なの?」

「そうやって半ば宙吊りの状態で目的もあてもなく羂索に協力してたわ。一応呪物化の恩もあるしね」


「貴方はよっぽど人を助けるのがお好きみたいね。何故そこまで他人を助けようとするの?自分がやっていることに意味があるのか、なんて馬鹿馬鹿しく思えて来ない?」

「思わないです」


わたしははっきりそう答えた。


「人助けに理由もありません」


奈緒さんは黙ってわたしを真っ直ぐ見据える。


「人を助けたいと…人に優しくしたいと思うことに理由が必要なんでしょうか?」

「その…わたしはコミュ障だから…あんまり説得力ないかもしれないし…綺麗事かもしれませんけど…人って今も昔も助け合って来た生き物だと思うんです。例えば今着てるこの服も」


そう言うとわたしは自分が着ているジャージを指し示す


「これはわたしが自分で作ったものじゃないありません。デザイナーの人とか、工場で作る人とか、メーカーの人とか…色んな人達が関わって出来てます。買う時だってネットでもお店でも自分一人では成立しません。必ず相手側のお店があってこそです。水が自分で沸騰できないみたいに、わたしは生きてるだけで誰かに助けられてる」

「呪術だって…伏黒君から聞きましたけど、確か奈緒さんの術式は相伝なんですよね。だったら相伝として残してくれた人達がいたはずです。あ…勿論使いこなしてるのは奈緒さん本人の努力あってこそだと思いますけど…」

「だから…人を助けたい、助けられたらお返しに助けてあげたい…そう思うことは別に理由が無くても何ら不思議じゃない、人としては自然なことなんじゃないかって…わたしはそう思います」


「…ふーん…貴方は答え(理由)はない、という答えに至ったのかもね」

「え…?」

「こちらの話よ。良いわ。貴方達に協力してあげる」

「え…ほ…本当ですか…!?」

「ええ。少なくともこのまま脳味噌とつるんでても私が望む答えに辿り着けるとも思えないし。呪物化の借りももう十分返したでしょ」

「あ…ありが…」

「ただし」

「私はあくまで協力するだけよ。貴方達の仲間になるわけでもお友達になるわけでもない。馴れ合いはしないから」

「は…はい…!大丈夫です…!本当にありがとうございます!」

「取り敢えず私の知っている限りの情報を教えるわ。その後は貴方達に任せる。協力すると言った以上、何か用があればまた呼び出して頂戴」

「はい…!」


良かった……そう安心するとどっと疲れが押し寄せてきた。とんでもなく緊張したけれど…上手くいった……

「…よし」

五条先生と、そして一人でも多くの人が助かるように、もっとわたしができることをできるだけやるんだ

わたしは改めて心に誓った



Report Page