似顔絵、花と、それから……
「おはよう修兵、朝ごはんできたぞ。起きられるか」
「……ぅにゃ、…ん、おは…よ…」
「ああ、おはよう」
「けんせー。」
まだ寝ぼけ眼の修兵が甘えるように拳西に抱きしめてくれというように身体をよせてきたのを、よしよしと撫でてやる。
「どこか痛かったり苦しかったりしないな?」
「ん、げんきだよ」
ここ数日、拳西は残業が深夜に及び、修兵を執務室で寝かせる事になったり平子やローズに預かってもらい深夜に迎えに行って眠ったままの修兵を引き取ることが多かった。
夜が遅くなると解っているからこそ忙しくても夕食時には一旦家に帰ったりしてなるべく修兵と食事を摂るようにしたとはいえ、修兵にしてみれば夕ごはんを終えてから次の朝まで拳西に会えないということがここ数日続いている。
他隊に比べて九番隊の月末が忙しいのは広報を担うようになって以来毎月のことだが、今月は実は特別だった。
「けんせ、あのね、きょうもおしごと、おそい?」
不安そうに問いかけてきた声にくすりと笑う。むしろここ数日が極端に忙しかったのは今日のためだ。
来年からも当面はこんな感じになるだろうなど思いながら応えてやる。
「そういや昨日も修兵は寝てたから言ってなかったな。 仕事が遅いのは昨日までだ。今日はむしろいつもより一刻くらい早く終わるぞ」
「ほんと?」
「本当だ。しばらく修兵とゆっくりできなかったから今日はゆっくりしよう―――」
「けんせー、」
「うん?」
「だいすき!」
「ああ、俺もだ」
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「―――― 修兵くん、隊長もう時期お仕事終わるから、準備しようか。」
「ん!」
来客対応をしなくてよければひとりで家で過ごしながら拳西が仕事終わりに帰ってくるのを待つこともできるようになった修兵だがこの日は隊舎に一緒に行きたいと言って、一日を九番隊で過ごした。
大人たちは皆理由も解っているから当然のように受け入れてくれた。
朝の拳西の言葉通りいつもの終業より一刻ほど早い時間に、平子やローズ、羅武やひよ里、リサ達が九番隊にやってきた。
みんな拳西と同じように少しだけ早上がりをするのだ。
一刻程度ならなんとでもなるのだろう。
修兵が周りを見渡して無言で確認すると、皆ニコリと頷いてくれる
ここ2〜3週間、修兵がどれだけ頑張っていたのかを、皆知っている。
「けんせー、おしごとおわった?」
「ああ、もういいぞ。どうした?」
本当は修兵が何を言いたいのか知っているけれど、知らない振りをして拳西は応じた。
「うんとね、けんせー、おたんじょうび、7がつ30…、あってる?」
「ああ、今日だな。」
「うん、それでね、しゅう、けんせーにね、…ぷれぜんとでね、えっと、あのね…、けんせーのことかいたの。どうぞ!」
「最近ずっと頑張って描いてくれてたのはこれか。ありがとうな。」
頭を撫でてやると、うん、と笑って。
「あとね、きのう、かいえんにぃちゃんのところにいってたときにね、おかいものもいったの。だからこれ…、これもね…」
「ん、花束?」
「おはなやさん、もっといっぱいのおはなあったけど、しゅうね、おてつだいするのおそかったから、2つだけだったの、ごめんなさい…」
手渡されたのはたった二輪の小さな花束。赤く輝く緋衣草。
「謝ることなんか何もないぞ。すごく嬉しいし驚いた。」
「ほんとにうれしい?」
「当たり前だ。修兵以外誰も花なんか買ってくれないからな。それに、皆の仕事の手伝いしてもらったお金で、自分の好きなもの買わずに買ってくれたんだよな」
「……ううん、いいの、けんせーのおたんじょうびおめでとうしたかったの!」
「……なぁこの花、海燕が選んだのか?」
「うん、どれがいいのか、しゅう、わかんなくて、そしたらこれがけんせーよろこぶよって…」
「たしかにぴったりだな、俺と修兵には」
手にしたそれを眺めて改めて笑う拳西に、修兵は首を傾げた。
「おいで修兵」
お手伝いや拳西の忙しさもあって、拳西がゆっくりと修兵を膝に乗せるのは随分久しぶりだった。
「ありがとうな修兵。実は花には、それぞれに決まった意味のある言葉がついてるんだ」
「ことば?」
「花言葉っていうんだが。この赤い花の花言葉は、『家族愛』と『尊敬』だ」
「かぞく…」
けんせーと、しゅう?
「ぴったりだろ」
拳西が修兵の小さな頬に自分の頬を寄せるようにしながら笑うと、その小さな頬が拳西の言葉を理解して紅潮した。
『家族』だと、拳西にハッキリ言ってもらえたと解って。
「だから絵も、この花も、めちゃくちゃ嬉しかったぞ、ありがとうな…」
そう言ってから、拳西はふと思いついた。
「衞島、ちょっと修兵のクレヨン貸せ」
「は?」
いいから、と主に衞島が管理している九番隊での修兵の遊び道具の中から、修兵のクレヨンを持ってこさせる。
「ちょっと、描き加えるぞ」
そう言ったかと思うと、修兵が拳西に贈った似顔絵をもう一度会いたい眺めて、修兵が描いた大きな拳西の顔の横のスペースに、クレヨンで何かを描き始めた。
「……よし、これでこの絵は完成だな」
「おーい、プレゼントに手ぇ加えるってそれお前ちょっと…」と、それまで文句を言わずに親子のやり取りを見守っていた平子が、まずいんじゃないのかと声を上げかけたが、拳西が描き入れたものを見て笑う
「ああなるほど。これは確かに、これで完成やなぁ」
拳西が自分の顔の隣に描き込んだのは、小さな黒髪のツンツン頭の男の子。
「これ…」
「そうだ。お前だ。ずっと傍に居るもんな。絵の中でも一緒が俺は嬉しい」
「しゅうも!しゅうもうれしい!」
満面の笑みで抱きついてきた修兵を抱く腕に力を込めることで受け入れてやる。
「…ほな拳西、そろそろおれらの誕生日プレゼントも受け取ったってや。というわけでご飯行くで〜」
「ああ。」
「ごはん…」
「誕生日やからな、いつもより豪華なご飯食べささんと拳西拗ねるからなぁ」
「うるせぇよ」
揶揄する声も応える拳西も楽しそうで、修兵も嬉しくなった。
修兵だけは知らないけれど、これから、拳西の誕生日祝いという名目で、『拳西の好きなもの』ではなく『修兵の好きなもの』をみんなで食べに行くのだ。
これまでは誕生日付近に飲みに誘って奢ってやるなんてことをしていたのだけれど、修兵が拳西の誕生日を祝いたがっていることを知っていたから、今年は自分達はどうしたらいいか、と親子の邪魔をしないために拳西本人に伺いを立てたところ、
『俺のためにだっこも我慢して手伝いしてる修兵にご褒美と楽しい思い出になるように取り計らえ』が拳西からの友人たちへの誕生日の要求だった、なんてことは、絶対おぼえておいて、
そうだな、修兵がもう少し大きくなったらきかせてやろう、と、平子は今から思っている―――。