伝説は始まった
「笑った…」
あの死刑台で、ルフィは笑った。
なんでだ、助かることを知ってたのか。いや、あのタイミングで雷が落ちるなんて、あいつに分かっていたはずもない。あいつはあの瞬間、本気で自分の人生がここまでだと悟った。"死"を受け入れて、覚悟して笑ったんだ。
「中佐!!海賊達のだ捕を」
「お前…死刑台で笑った海賊を見たことあるか?」
「わ…笑う…!?どんな虚勢をはった大物でも、死の瞬間は必ず青ざめ絶望に死ぬものです」
「だよな」
「は…」
「笑ったんだよ、あいつは…」
胸がザワつく。その姿は、おれのよく知るあの男と重なるものだった。
「22年前…この町の"あの"死刑台で笑った、大馬鹿野郎と同じ様に!!!」
海賊王、ゴールド・ロジャー。
それはおれの血に刻まれた消えない烙印だった。世界のどこにも居場所がないのは、この血のためだと信じていた。
そんな、ある日のことだ。
「よかったら、海兵にならないか?」
海兵になれ、なんて耳にタコができるほど聞いた台詞は、その人の口からはひどく柔らかい響きを持って聞こえた。
「ロシーが海兵だからか?」
「んー…ある意味そうなのかもな」
月明かりだけに照らされた森の中で、赤い瞳が光を跳ね返す。闇夜でもきれいに見える不思議な瞳が、おれは好きだった。
「ロシーは…なんで海兵になったんだよ」
「……生きていても良いって理由が欲しいから」
ひどい理由だと思うか?
いつもみたいに優しい声でそう言った顔は、上着に遮られておれの背では見えない。
「なんで…普通に、生きてちゃダメなんだ」
「そうだなあ」
ゆったりと合わされた視線は、今度はゾッとする色を帯びていた。森に住まう、肉食獣の目だ。獲物を食い殺す、狩りの光がその双眸に宿っていた。
「バケモノの血を引いてるからだって言ったら、どうする?」
いつもおれの頭をそっとかき混ぜる手を、おれは初めて払いのけた。そいつは全く本能的な、恐怖から導き出された行動だった。
「ごめんな、おれしかここにいなくて」
帰ろう、みんなエース君を待ってる。なんて言って、ロシーは暗い道を迷いなく歩き始めた。帰り道じゃいつもみたいなドジもしなくって、夜に生きる森の獣を見ているみたいだった。
そして姿を消したその次の朝から、コルボ山にあの人が来ることは一度もなかった。
生きていても良いのかなんて、産まれてきても良かったのかなんて、分かりきったこと悩んでんじゃねえよ。そう言ってやればよかった。そんなこと、誰かに決められるようなことじゃねえって。
今思えばひでえ棚上げだ。おれだって、おんなじ風に思っていたのに。
でも、ああ、そうか。それが、海兵になるってことなのか。
それなら、おれは。
「ジジイ、海軍におれを連れてけ」
「来たな、麦わらのルフィ」
「エース!!!」
「今は…"海軍本部"中佐のポートガス・D・エースだ」
馬鹿野郎が、赤髪に乗せられて海賊なんかになりやがって。
「お前を海へは行かせねェ!!!」
ジジイはこの海の厳しさも、残酷さも知っていた。だからせめてお前を海兵にしようとしていたのに。
お前まで死なせちまうようなことになったら、おれはサボに合わせる顔がねえ。
横からルフィの仲間が妨害を試みるが、覇気も知らねえんじゃおれにまともなダメージは与えられねえな。
いい仲間を持ったみてえだが、まだまだだ。
偉大なる航路を生き延びるには、まだ足りねえ。
ルフィの手の内はそれなりに分かってる。ゴムゴムの実を食ったゴム人間。武器の類はなし。身一つで戦うのが、こいつのスタイルだ。
炎にゃ不利な雷雨の中でも、後れを取るつもりはなかった。
「うべっ!!!」
「悪運尽きたな、ルフィ」
念には念をと海楼石の手錠をかけようとした、その時。
「そうでもなさそうだが…!?」
「…お前は……!!!」
現れたのは、黒いフード付きの外套に身を包んだ男。そのタトゥーを、おれはジジイによく聞かされて知っている。
「政府はお前の首を欲しがってるみたいだぜ」
「世界は我々の答えを待っている…!!!」
突風に巻かれて、ルフィとの距離が開いた。
参ったね。こいつが居るんじゃ、おちおち追っかけてもいられねえ。
「フフ……行って来い!!!それがお前のやり方ならな!!!」
「なぜあいつに手を貸す…ドラゴン」
「男の船出を邪魔する理由がどこにある」
今度の勝負はおあずけみたいだ。
なら待ってろ、おれももっと強くなって、誰より証明してやるから。
産まれた命の使い道に、決められた航路なんてねえって。
なあ、ルフィ。
これらは止めることのできないものだ
"受け継がれる意志"
"人の夢"
"時代のうねり"
——人が『自由』の答えを求める限り
それらは決して
——止まらない