伝記ヒロイン加頭順

伝記ヒロイン加頭順



「見つからないなぁ…」

この日も空気がそろりと舞う風都。小洒落た帽子をかぶる男は木製ベンチにどかっと腰掛けると、汗を拭って、不満そうに時計の針を見上げ眺めた。


夜闇に包まれた風街を翔太郎が、巡回する途中、昨日の昼間から見付からないという猫捜しを気まぐれに手伝おうとしたのだが、何故か手掛かりすら見付からないのだ。


「…ショウは見つかりませんでしたか?」


独りの男が足音も鳴らさずに横から声を掛ける。翔太郎は首を横へ回して、その問いに応える。


「そうなんだ。本当に申し訳ない、探偵としてキマらないけど猫捜しは得意分野なのになぁ」


「そんな日もありますよ」


そのまま、立っている相手に気遣う翔太郎はベンチから少し腰を上げ、座ってる位置をずらすと猫を捜しているらしい風変わりな佇まいをした加頭は、翔太郎の隣に浅く座った。


「あともう少し猫を捜すの頑張るか!」


俯いて泣きそうな顔をしている加頭を励ます為に、翔太郎が朗らかな声で加頭に言葉を掛けると、


「本当は、本当はショウなんて猫は居ないのです。…すいません…すいません」


「そうか!家族が消えちまったのかと思って…悩みがあるなら俺が聞くぜ!」


隣に座り同じ空気を吸う翔太郎の発言に、思わず呆気に取られた加頭だが徐々に少しだけ口元から笑みが溢れ始め、両手を頬に添えた。


「っふふふ、ありがとうございます。気分が落ち着きました」


ゴソゴソと、翔太郎は胸ポケットを探り合い紙切れを見付けて取り出した。


「これが鳴海探偵事務所の名刺な。悩みや困った事があるなら訪ねてこいよ」


わざわざ彼は、罪人の私を咎めず、ベンチから腰を上げて、目の前にしゃがみ込み、帽子を定位置に微調整しながら、名刺を渡してくれた。この零れ落ちそうな気持ちをどうやって彼に伝えれば良いのだろうか?


「おい?大丈夫か」


私は無意識のうちに、優しい彼を抱き締めてその柔らかい首筋に保有物の証を付ける行為で歯を立てる。


「全く、君は放っておくと、大概碌でも無い相手に絡まられるよね?」


まだ幼さを残した風貌でありながら、本質を見抜く明敏な瞳を宿した青年が電子の風に乗って突如、空間に現れた。


「フィリップ!?」


「私は貴方のことが気に食わないですね。とりあえず、私はここで帰ります。翔太郎さん、先程の行動には意味なんてものはありません、なんでもないです」」


風に撒かれる様子で加頭は消えた。


「逃げられてしまったか。ここはしょうがない。翔太郎、夜も深いから寄り道せずに帰るよ。ほら、手を出して?」


俺は、俺は子供か!?


「不服な顔をしても駄目だよ。翔太郎」

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