伝える想い
拾った子はあまりに怯えが強く当初は隊舎に行って仕事することすらできなかったが、ようやく精神面も体調面も少し落ち着き、通常通りに隊舎で仕事をするようにした。もちろんその間も修兵を独りにしているわけではなく、その時間は瀞霊廷公認の教育と保護を兼ねた施設の教師が日替わりで六車邸を訪れる。
施設の方に修兵を預けるということをしないのは修兵がまだ人に慣れていないためだ。とはいえ今はまだ無理に勉強はしなくていいと修兵にももちろん施設側にも伝えてある。あの子の場合はまず安心させてやるところからなのだから。
「やれやれ、私は赤子の世話を職務にした覚えなどないというのに…。」
これみよがしに深々とため息が吐かれる。
それだけで修兵はビクリと肩を跳ね上げたが、そんなことには頓着しない声が続く。
「六車隊長もこのような子供を引き取るなど酔狂な。お優しい方ではあるが限度があるでしょうに」
「けん、せー、」
「コラ!護廷十三隊の隊長を呼び捨てにするとは!どれだけ無礼なことか、そんなことも解らないのか!」
「えっ…、」
「隊長に日常的に直接お目通りするのは席官でも上位席官だけ。隊長というのはそういう選ばれた方だ。君をこうして引き取って養育されているのもそのお役目だが、いくら養い子とはいえ分を弁えなさい!」
「で、…も、ましろちゃ、」
「ましろ?ああ久南副隊長のことか。確かに本来副隊長が隊長を呼び捨てになさることもいいことではないが、あそこまで行くと我々ごときが口を出すことではない。久南副隊長は六車隊長と共に九番隊を支えておられる方だから。だが君はそうではないだろう?」
「………ぅ、」
「弁えなさい。六車隊長がお優しく、咎めないからといって、無知にまかせて無礼を働いていいものではない」
「は…、い」
保護施設からの教師は何人か選ばれておりその日に都合がついたものが不規則に派遣されてくるが修兵に今回のようなことを含ませるような態度はみんなとっていた。
修兵は流魂街の生活で大人からの悪意にはある程度慣れていた。
ただ今日のようにはっきりと責めるように言葉にされれば流石に萎縮してしまう。
読み書きの勉強をさせようとしたところ、まだまだ体力不足な面がありうとうとしてしまったのが師範の不快を刺激したらしい。
「けん、せー、さん?」
「やだ〜、拳西さんなんてガラじゃないよ拳西は。ゴリラなんだから。敬語なんていらないいらない。拳西でいいよ修ちゃん!」
「白、テメェ!……まぁ敬語がいらねぇのはその通りだけどよ。」
驚いてぱちぱちと瞬く間に抱きあげられてすぐ傍で目と目が合った。
「………………、けん、せ、」
「そうだ、それでいい」
長い躊躇いに呆れもせずに待っていてくれる瞳に勇気づけられてけんせーと呼んだ時、微笑ってくれた拳西の顔を、修兵はこの先も絶対に忘れない。
だけどやっぱり、いけないことだったのかもしれない。
けんせーはやさしいから、わるいことでもゆるしてくれてたとしてもおかしくない。
そもそも、そだててくれていることじたい、おしごとだから?
しゅうのこと、すきだからじゃない?
確かに好きになってもらえなくても仕方ない。なんの役にもたってないんだから。
おしごとだから、しかたなくやさしいの?
「おはよう修兵」
「お、はよう、」
「……ああ、おはよう。今日は俺は休みだから、1日一緒にいような」
こくり、と小さな頭が動いて頷くことで同意は得られた。
やはりおかしい。
1週間ほど前の夕方から修兵の様子がおかしい。
いまのように拳西が挨拶をすれば応えはする。そして元々まだ修兵は自分から積極的に話しかけてこられるほど環境に馴染みきってはいないし雑談もしない。
だからこそおかしいと気づくまでに数日かかってしまった。
挨拶のような当たり前なことにはちゃんと応える。ただそれ以外のことを拳西に対してのみ全く話さない
傍に居ても、拳西から話しかけても、黙っている
まだ雑談はできないとはいえ子供同士や平子など慣れた大人とはポツリポツリ、会話のキャッチボールはしているというのに。
もちろんその会話もここしばらくは明らかに『何かあったな』とわかる元気のなさだが。
なにかあったかときいても首を横に振るだけだ。何もなくてもまだ定期的に行っている健康診断にかこつけて卯ノ花に見せたところ、診断は場面緘黙症。なにか大きな精神負荷がかかったのだろうということだった。
あの日の師範役の特定はやろうと思えばすぐにもできるが、ソイツを罰したところで修兵がもとに戻るとは限らない。きっかけがその日だっただけで瀞霊廷に来てからずっと奇異と悪意の目を多く受けている子だ。修兵自身の不安を取り除いてやらなければいけない。
「おいで修兵」
呼ぶと素直に膝に収まるが、抱っこしても瞳から不安の色が全く消えていないのがわかる。これでは本当に拾った当初に逆戻りだ。それも当初は拳西以外に対してが主だったが、今度は拳西に対して。
「今日は何して遊びたい?」
「…………。」
本人も無視したいわけではなく話したいのだろう。小さな口がパクパクと動くのに声は出てくれない現状に、修兵の顔が歪むのを見てられなくて。
「ああ、大丈夫だ。いいんだ。今日はゆっくりしような。」
様子がおかしくなってから不眠も併発している修兵は短い昼寝を何度も繰り返す。
「――ぃ、とらにぃ、しゅう、ね…」
譫言は小さくて細部は言葉になっていない。ただ兄貴分達が優しかったとしても環境的には明るい思い出があるとは思い難い流魂街時代の夢を見ているらしいことが気になる。
黒髪をゆるゆると撫でていると、平子と『黒猫』が入ってきた。打ち合わせ通りだ。
「どうじゃ?」
「だめだな、全く話してくれねぇ。」
「そうはいうても早よ解決せんとほんまに喋れんくなってまうやろ拳西と」
「ああ、だから、頼む――。」
「おー、修兵起きたかぁ。」
「しんじにいちゃ?どしたの?」
「拳西ばーっか可愛え修兵と遊んでズルいからな、俺とも遊んでもらおうと思って午後からお仕事休んできてん」
「…おやすみしちゃったの?」
「かまへんかまへん。俺のお仕事手伝ってくれとる副隊長さんめーっちゃ優秀なんよ。せやからなんも心配ないで。そんでな、修兵猫好きみたいやったから、この猫さんとも一緒に遊んだってくれへん?」
「………うん、」
やはり明らかにテンションが低い
それでも平子のことは名前で呼びかけながら会話をしている。
「ねこちゃん、おいで」
「みゃぁー」
修兵は夜一という『お姉さん』のことは知っているが、この猫が夜一だとはまだ知らない。
人にすら怯えの強かった修兵に変身能力や喋る猫なんていうものを見せるのは危険だと思ったため、前に一度猫の姿の時は言葉を一切話さず普通の猫として接した。
そのときの反応で修兵は動物好きであることがわかっている。何しろ人には全く懐くことごできずにいたのに、寄ってきた猫には自分から触れて少し撫でていたからだ。今回はそれを利用する。
拳西と違い会話ができるとはいっても拳西関連で緘黙症になるほどの何かがあったのなら『けんせーのおともだち』には話してくれるとは限らない。だから今回、絶対に拳西に伝わることがないと修兵が安心して話せるように『猫』の出番だ。
これのせいで夜一は当面、変身能力のことを修兵に明かせなくはなるが--下手なタイミングで明かせばそれこそ人間不信になりかねない-- その程度は今、修兵が全くと言っていいほど笑顔を見せなくなっていることに比べればやすいものだ。
「あー修兵と遊ぼうと思って色々と用意してたんに五番隊に忘れてきてしもた。ちょっと拳西と一緒に取りに行ってきていいか?すぐ戻ってくるからその間その猫と一緒にお話ししとってくれへん?」
「うん」
「あのな修兵、その猫めっちゃ賢いから、秘密のお話とかあったら聞かせたるとええわ。」
「ひみつの、おはなし…」
「まあ修兵はそんなもん無いかもしれへんけどなぁ。兄ちゃんはようその猫に話聞いてもろてるんよ。だって猫やったら絶対反発してこんしな。」
喉を鳴らして笑う平子と呆れたように平子を見やってから、すぐ戻るからなと頭を撫でてくれた拳西を修兵は見送った。
「ねこちゃん、いつもしんじにぃちゃんのおはなしきいてるの?すごいね…。」
「みぃゃぁぁ…」
「…しゅうより、すごいね…ねこちゃん。いいなぁ……。」
元来素直な子だ。特別他にすることが無かったのもあって心境を腕の中の『猫』に語り始める。
「ねこちゃん、けんせーのおはなしもきいてる?」
「………」
もちろん応えはない。否、応えてはいけない。『猫』だからだ。
「ねぇけんせーの『おしごと』いつまでかしってる?」
「みぃ?」
「あのね、けんせーがね、しゅうのこと、おうちにいさせてくれるの、おしごとだからなんだって。」
「「「―――っ」」」
ばかな!と叫びそうになったのを寸でのところで飲み込んだのは夜一と、部屋の外で気配を殺しているふたりだ。
「けんせーやさしいから、けんせーってよんでもおこらないけど、ほんとはだめなんだって。ましろちゃんみたいにおしごとのおてつだいできないから、だめなんだって。……おこられちゃった…。」
「みゃああーーー!」
「ねこちゃん、おこったの?ごめんなさい…。それともけんせーをおこったの?ちがうの、けんせーわるくないの…」
自分が何の役にも立ってないことは最初から解ってたから、拳西に好きになってもらえなくても当たり前だ。
「だからね、しゅう、けんせーのことだいすきだから、めいわくにならないようにバイバイっていおうとおもったけど、……なんかね、いえないの…。がんばっていおうとしてても…っ、いえないのっ」
修兵の腕の中の猫がみゃあと鳴くのと、修兵、と声がするのはほとんど同時だった。
実際にはこれ以上辛いことを語らせたくなくて拳西が今戻ってきたフリをして声をかけたのだが。
玩具の方は平子が瞬歩で取りに行ってくれたから不思議には思われていない。
抱き上げると安堵するどころか緊張したように体を硬くしている。
「絵本とかいっぱいあったぞ、よかったな」
なにも聞いていない体で話しかけるとやっと硬直が解けて、ありがとうしんじにいちゃん、とほんの少しだけ微笑んだ。
「喜んでもらえそうでよかったわ。あとな修兵、明日も拳西休みやから明日は拳西とお出かけやで」
その日の夜、親しい大人たちが集まって詳しい作戦会議をする。
明日、隊長、副隊長業務の一環として隊長格数名が保護施設を訪問することにする。
この訪問自体は実際に公式の業務として定期的に行われており、保護施設の現状把握と育成状況の把握が目的のものであるから他業務との兼ね合いで急に明日になったと言っても不自然はない―――。
保護施設は同時に真央霊術院に入学するための基礎の基礎を学ぶ場でもあり、年齢等に制限はない。
それゆえに本当に小さな子供から、一般的に霊術院に入る年齢に近い者までいる。そしてここで育った者達の一部は戦いを厭うたり才能がないと感じてそのままこの保護施設の教育係になる者なども居る。
とのような立場でここにいるにせよ、ここに居る者は流魂街の出身もしくは最下級の名ばかりに近いような貴族たちである。もちろん護廷の隊士でもない彼らが隊長格と目通りすることはほとんどなく、かと言って流魂街で感じる程には遠い世界というわけでもない。ここはある意味、護廷という天上とも流魂街という下層とも違う空間。
そんな中で特例的にここに預けられずに九番隊隊長自らが養育することになった子供の話で持ちきりになるのは仕方のない部分はある。なまじその子供が誰が見ても飛び抜けて優秀だった、市丸ギンのような例には当てはまらず、明らかに『普通よりずっと手のかかる子』だったのだから。
「ねぇあの子が来てから九番隊の深夜の出動は久南副隊長と東仙五席がずっと率いていらっしゃるって本当?」
「そうらしい。まあ東仙五席は視力のことがあって五席にとどまって居られるだけで卍解を会得していらっしゃるという噂だから卍解使える方が1名居ての出動と考えると他隊の出動部隊と遜色はないだろうけどな」
「そういう問題?あくまで隊長は六車隊長なのに。あ、もちろん六車隊長に非はないのは解ってる。六車隊長はもっと上の方からのご命令で厄介な子を養育なさっているだけだもの。いちばんの被害者かもしれない」
「そういえばこの前、たまたまね、ご飯時に隊長達をお見かけした時があってもちろんお話の邪魔をしないように話しかけたりはしなかったけど、その時に平子隊長が『どうせ拳西は修兵大事で仕事終わったら直帰してまうのわかりきっとるからなもう。今アイツと飲みたかったら酒持ってアイツん家に行くんがいちばん確実やろな』って溢していらっしゃったわ。周りの隊長格の方も頷いておられた。」
「うわ、それ思いっきり隊長格の交友関係に悪影響だろ、気心知れた話とかできねえだろガキのいるところで酒のんだとしても。」
「言うまでもなく六車隊長が極力残業を避けなければいけないってことは席官の方々も大変になってるってことだよな」
「本当の最初は仕方なかったとしてもいい加減慣れた頃だろうにまだベッタリなのか。いくら子供でもそろそろ自分がどれだけ迷惑かけてるか自覚して、できること自分でやろうって意識にならないもんなのか…」
「無理じゃない?ここぞとばかりに甘えてるように見えるもの。しかもあの子隊長達のこと敬称無しで呼ぶでしょ」
「そうね。しかもいちばんお世話になってる六車隊長に至っては何のつもりなのか呼び捨てにしてるのよね。そういえばこの前、六車隊長のお宅に行く当番だった☓☓さんがそこは注意したみたいだけど、どうせ直らないでしょうね。礼儀なんて知らないから」
「ただの餓鬼のくせにな…」
「馬鹿ね、子供だから性質が悪いんでしょ。六車隊長も怒れないのよ。お優しいから」
「はぁ、なんか六車隊長も交友関係不自由にされつつある平子隊長達もお気の毒だな」
「ご心配どうもなぁ〜。」
「「ひ、平子隊長と鳳橋隊長!?久南副隊長も!?」」
「もうあんたらもここでは師範しとって教える立場やのに気配感じ取れんなんてまだまだやな」
いつのまにか噂話をする集まりの直ぐ側に平子と鳳橋、久南が来ていた。
「白達のこと心配してくれてるの〜?」
「え、あっ、」
「まあ確かに、修兵来てから拳西のこと呑みとかに誘いにくくなったんは事実やしな。おれもよう溢しとる。よう聞いとるな」
「た、隊長達のご関係を私達ごときが憂慮するのは僭越とは心得ておりますが、ここでは礼節も教育しておりますので、あのように立場を弁えない子供のことが気がかりで…」
「確かに隊長を呼び捨てにするっていうのは礼節の面から見るとあまりよろしくはないね」
「そうなのです。鳳橋隊長。もうあの子も瀞霊廷にきて随分経っておりますのにあのような無礼な…「うるせぇよ。」
地を這う如く低い声が場を打った。
「むぐる、ま、隊長…っ」
平子たちより離れた場所で、修兵を抱いた拳西が今の今まで気配を殺していたのだ。
存在に気付いた瞬間、曲がりなりにもここで師範を務めているはずの者達は言葉を返すよりもまえに身体が震え始めた。
それほど拳西の怒気が凄まじい。
ここは教官室の区画で、周りに子供達がいなくてよかったとローズが心のなかでホッとするくらいに。
「一通り聞かせてもらったが、全部ただの妬みだろ。修兵が俺をどう呼んでたってちゃんと修兵を見てれば、俺をどれだけ想ってくれてるかなんて伝わってくる。形式だけの尊称なんてクソくらえなんだよ」
「ちなみに戦闘が白と要が中心で回してるのは白の希望だよ〜。白戦うの好きだし、それでお仕事したことになれば堂々と書類仕事サボれるもん。一石二鳥〜!修ちゃんありがと〜!要も自分が指揮することが今まで以上に増えたおかげで、心のどっかにあった目が見えないことへの劣等感みたいなもの消えたってこの前言ってたよ!良いことづくめ〜!」
「俺らの友好関係なんてお前らに心配されることとちゃうわ。ていうかかわええ子供見ながら飲む酒が旨ないわけないやろ。この旨さ知らんのは憐れやな」
「まあ簡単にいうとキミ達の言ってたことは全部的外れでナンセンスってことだよ」
「修兵が役に立たないって?テメェらがなにもわかってねぇだけだ。さっきの白の言葉にもあっただろう。こいつのお陰でいい影響が生まれてる。どうしても俺が出ないといけない時に修兵預けることで他隊に行くことも増えて隊長同士の連携はもちろん、他隊の席官の顔も覚えたしな。それと、」
「はっきり言っておく。俺は義務感で仕事として修兵育ててるんじゃねぇ。修兵のことが大切だからこんな手段を取ってんだ。つまらない妬みでこれ以上修兵を傷つけんじゃねぇ!」
みんなでの帰り道、さっきからずっと修兵は拳西の肩口から顔を上げない。
ほんぽん、と背をあやして拳西が声をかける。
「もう大丈夫だ。あんな嫌なこと、もしかして師範が家に来るたびに何回も言われてたのか。気づけなくてゴメンな」
確かにそういう声があることは知っていたがまさか仮にも保護施設の教育者達がこんな小さな子供に直接嫌味を言うとは思わなかったのだ。完全に拳西達の不覚である。
「呼び方も、今まで通りでいいからな」
「で、も……」
「いいんだよ。俺は修兵のこと大好きなんだから、呼び捨てで呼んでくれたほうが嬉しいんだ」
「そういえば修ちゃんが呼び捨てするの拳西だけじゃん!拳西だけ特別?何それ拳西ズルいズルい!白も修ちゃんの特別がいい!」
「うるせぇぞ白、てめえは引っ込んでろ!先に言っとくがお前らもだぞ平子、ローズ!」
「なんやほんまに修兵の特別独り占めかいな。ほんま拳西は修兵のこと好きすぎて時々大人げないな…」
「残念、先手うたれちゃったねぇ…」
「もう一回、言うぞ。修兵は来るより前のことは知らないから気づかないだろうけど、修兵が来てから護廷のみんな仲良くなったんだぞ。それで仕事もしやすくなってる。だから役に立たないなんて思わなくていいし、俺には礼儀なんて要らない。今まで通りの呼び方が嬉しい。…大好きな人に名前で呼ばれて嬉しくないわけないだろう?」
耳元で囁くように、心の奥に届くように、告げる。
きゅっ、と小さな頼りない手が力を込めてきたのが伝わる。
「……っ、け、せ…っ」
「そうだ。そうやって、沢山呼んでくれると嬉しい。だから、バイバイなんてしなくていいんだ。そんなことになったら、きっと俺が泣く。」
拳西が泣くという言葉に驚いてかようやくあがった顔は、すでに幼い頬が濡れている。
微笑んで指の腹で拭ってやるが、逆にそれがスイッチになった。溜め込んでいたものが一気に溢れ出したようにボロポロと止めどなく透明な無垢な想いが流れていく。
「けんせぇっ、け、んせっ、けんせっ、けん、せー、」
何日ぶりかに聞いたそれが、自分にとってどれだけ大切なモノになっていたのか気付いて、ああ自分も寂しかったんだと。
寂しいのでさえ、きっともう独りじゃない…。