休憩中に応援を
「あれって……」
2月のフィギュアスケートの大会に向け、寒空の下ランニングに励んでいたほまれはとある河原で寝転んでいる少年を見かけた。
それだけなら別段特筆するようなことではないのだが、なんとなく見覚えがある気がして注視してみる。
ほまれと同年代の、茶髪に端正な顔をした少年だが明らかに顔色が悪い。トゲパワワ全開だ。
「もしかして、品田拓海くん?」
「……んあ?」
記憶の片隅にあった名前を呼ぶと、少年は気の抜けた声と共にこちらへ目を向けた。
「あー、確かプリキュアの中にいた……」
「キュアエトワール。輝木ほまれね」
この少年、品田拓海とほまれは一応の顔見知りだ。
ある事件で多くのプリキュアが一堂に会する機会があり、その解決後に素顔でも顔を合わせたのだが何しろ人数が人数。
ほまれの方は既に面識のある面々も多かったため拓海の名前も思い出せたが、ほとんどが初対面だった拓海はそうもいかなかったらしい。
名乗ってもあまりピンと来ていなさそうだ。
「輝木……なんか、眩しい名前だな」
「よく言われるよ。そっちは随分暗い顔してるけど?」
若干の棘を感じる言葉に、ほまれの返しにも挑発が混ざる。
一応は心配して声をかけたはずだったのだが、つい喧嘩腰になってしまうのはほまれの悪い癖だ。
しまった、と思うものの吐いた言葉は飲み込めない。
「……別に、アンタに関係ないだろ」
案の定、良い印象は受けなかったようだ。
そのままそっぽを向いてしまう拓海に少しだけ罪悪感が湧いたほまれは拓海の隣に座り込んだ。
「……ランニングの途中じゃないのか?」
「そうなんだけどね、少し休憩」
「……」
拓海は顔をしかめたが、それ以上の抵抗は見せなかった。
それをいいことにほまれは改めて拓海を観察する。
相変わらず顔色が悪いが、悩んでいるという様子ではない。
どちらかというと万策尽きた諦観のようなものを感じる。
踏み込むとなるとそれなりの覚悟を決める必要がありそうだ。
ひとまずスポーツドリンクで喉を潤してからほまれは慎重に言葉を選ぶ。
「それで、この季節にこんなとこでどうしたの。家、確かおいしーなタウンでしょ」
「……なんつーか、知り合いのいないとこで時間潰したかったんだよ」
「ふーん。あたしは知り合いにカウントされるの?」
「……いや。正直ほとんど話したことないしな」
「じゃあ問題ないわけだ」
つっけんどんな態度だが、拓海は聞かれたことには素直に答える。
機嫌が悪ければ無視することもままあるほまれと比較すれば余程まっすぐと言えるだろう。
軽く探りを入れてみたところ、おいしーなタウンの知り合いと会いたくない何かがあったらしい。
拓海の詳しい交友関係など知る由もないほまれだが、それでも心当たりが一つだけある。
「ひょっとしてゆいと何かあったんじゃない?」
「んなっ!?」
初めて大きな声を発した拓海が飛び起きる。
あまりの慌てように思わずわかりやす、と呟いてしまった。
「~っ、フラれたんだよ、ゆいに」
冷めた様子のほまれに、拓海は捨て鉢で吐き捨てた。
ほまれが彼と会ったのはこれが二度目だが、前回の彼は大乱戦の中にあってもゆい――キュアプレシャスを常に気にかけているように見えた。
ほまれとしてはプリキュアの中でも珍しい(そもそもプリキュアではないらしいが)男の子で、真っ白なマントと帽子が目についただけだったのだが、それでもそう感じたのだ。
ゆいに想いを寄せていることは想像に難くなかった。
そして、その想いが実ることは残念ながらなかったという。
一瞬、自らの苦い思い出が蘇ったほまれもまた顔を僅かに歪める。
「それは、ごめんね」
「いや、正直そんな気はしてたんだ。アイツ、昔っから食べることにしか興味なさそうで。
あの時、ご飯より俺を見てほしいって思って……『そんな風に考えられない』ってさ。
それで、その後ご飯食べてもぎこちなくて、全然笑ってくれなくて。
アイツが食べて笑顔になるのが好きだったはずなのに、俺がそれを奪っちまったんじゃないかって……」
拓海は堰を切ったように、経緯を語った。
喉を詰まらせながら、思い出したことをそのまま口に出しているような要領を得ないものだったが、ほまれは黙って聞いていた。
「悪い、急にこんなこと言って」
「全然、こっちから聞いたんだし。知り合いじゃないから話せることもあるでしょ」
努めて平静な声音を保ってほまれは答える。
“アイツ”とはあの後、気まずい空気になったりはしなかった。
ほまれ自身もそうだが、“アイツ”もいつも通りでいられるよう気を遣ってくれたから。
全然気が付いていなかった鈍感男のクセに、そういうところはやっぱり大人だった。
「告白される側っていうのはさ、する側と違って何の準備もできてない時に気持ちをぶつけられるんだよ。
だから、すぐには受け止めきれないこともあると思う。
でもアンタの好きなゆいは、受け止めきれないまま投げ捨てちゃう子じゃないんじゃない?」
「……」
「今すぐには無理かもしれないけど、お互い輝いて笑える未来があるよ。ゆいと、アンタがそんな未来を願って、頑張るならね」
拓海は、目元を拭った。
態々おいしーなタウンの外まで来たのは、自分のせいで笑顔ではなくなったゆいを見たくないという逃避だった。
勝手に一人で絶望して、未来の笑顔からも目を逸らしていた。
そんな拓海にほまれは優しく、自分が一番元気づけられた言葉を口にする。
「フレフレ、拓海」
「……何だよ、それ」
「はながよくやってくれるんだ。未来に向かって頑張ろうって気になるでしょ」
「そっか……その、はなさん?にお礼言っといてくれるか?」
この男ははなのこともよく覚えていないらしい。とことんゆいのことしか見ていなかったのか。
まったく失礼な男である。それに何より。
「はなの前に、私にも言うことあるんじゃない?」
「ああ、サンキューな。もしおいしーなタウンに来たら、良い店紹介するよ」
「お、それはイケてるね。楽しみにしてる」
目に生気を取り戻した拓海に、ほまれは微笑んだ。