【休学十日前】
「……ボタンさん? どうしました、こんなに……」
予定よりもいくぶんか遅い時間の来訪。どこか控えめな気がするインターフォン。遅れるなんて珍しいですね、と続けようとしたのに言葉が出なかった。制服が明らかな異臭を放ち、所々刻まれている。指定のものではないが、パーカーで隠すことでようやく誤魔化せるくらいの異変。浮かび上がった言葉をかき消すように首をふった。
「と、とりあえず、部屋に……」
シャワー、使ってください。ぐいぐいと腕を引っ張って友人を部屋に連れ込む。抵抗がないのも無言なのも、むしろ気にかかった。どうしたんだろうと不安が募っていく。タオルと着替えを見繕って強引に渡す。念のため廊下を見てみたけれど、妙な気配はしなかった。多分、おもしろおかしく囃し立てられる、みたいなことにはならないと思う。脱衣所に押し込んでパタンとドアを閉めた。
数分してからザアザアとシャワーの音が聞こえてきて、ほっとした。ついついうずくまっていた身体を叱咤してよいしょっと立ち上がる。飲み物、用意しよう。
(なにがいいかな……)
温かいものは絶対。コーヒー、はだめ。もうちょっと柔らかいヤツ。温かくて、柔らかくて、甘くて、飲んだらほっとするもの。
(ホットミルク……? ……でも、それよりは)
うん、決めた。大きめのマグカップを二つ、棚から取り出す。ブイズが印刷されてるものと、ゲンガーが印刷されているもの。前者はボタンさんみたい、と思わず通販で買ってしまったものだけれど、こんな形でお披露目になるとは思っていなかった。今日、買ったことを話そうと思っていたのに。
ほんの少ししょっぱい気もちになりながら純ココアとミツハニーのみつ、モーモーミルクをキッチンに出す。電気ポットで沸いたお湯をカップに注ぎ、温める。流しに捨てて匙を手にした。鍋は今は使わない方がいいかな。
ココアと蜜を同じくらいの量入れて、粉っぽさがなくなるまで練る。今は濃いめがいいから大さじで二杯。それから練ったものと同量くらいのモーモーミルク。レンジで1分くらい温めて、また練って完全に混ぜる。できたら上までモーモーミルクを注いでもう一度電子レンジ。沸騰しないように気を付けて。
温め終わったココアを二杯手にしたところで脱衣所のドアが開いた。グッドタイミング。ブイズの柄のマグカップを強引に持たせて椅子に座らせる。肩掛けのブランケットも渡したから、夜とはいえ寒いってことはないだろう。
震えながら両手でココアを握りしめる彼女をみて、何でもない話をする。ちょっとでも気分が楽になってくれるといいな。