仲良しな姉妹
最近、平子の体調がとても悪い。
普段通りに飄々と業務をこなしているが、時折腹部を押さえ顔を歪めている。
その様子に気付いていた雛森だったが、平子が隠したがっていることなので問い質したくはなかったがもう限界だ。
「桃、ちょっと便所行ってくるわ」
「わかりました」
平子は1人で隊舎内のトイレへと向かう。
「うぇ、ゲホッ!」
誰もいない事を確認し、個室に入り便器に向かって吐いた。喉を逆流する胃液の味に顔を歪める。
(アイツん時はつわり軽かったけどなァ)
崩玉と融合した父親の影響か、平子の腹の中で育っている胎児は、平子の体を乗っ取る勢いで成長している気がする。
「オェッ、ハァ、ハァ……ったくさっきまで大人しかったやんか……オカンに優しくしてや…」
腹をさすりながら胎児に話しかける。
藍染が仮出所したあの時。藍染は平子と2人の時間を設ける事を京楽に約束させた。
その話を京楽から受けた平子は大勢を守れるものなら容易いものだと思ったのだ。
その後の事は思い出したくない…3人だけの密事。結果として平子は再び藍染の子を身籠った。
崩玉の影響がどう出るかが分からない。
前例の無い腹の子は死神と虚の力以外を持って産まれてくるのではないか、不安で仕方がない。
だが、
「お前も俺が守ったるからな…」
平子はそっと自分の腹部に手を当てる。
そこにいる我が子を慈しむ表情で呟くと、ドアの向こう側から声がかかった。
「平子隊長?」
「あー、ああ何や桃?お腹痛くて動けへんねん。悪いけどもーちょっと待っててくれん?」
「四番隊のところへ行きましょう?」
「大丈夫やって、桃は心配性やなァ」
そう言いながら個室を出ると、そこには心配そうな、怒ったような表情を浮かべた雛森がいた。
「…あちゃー、バレてもうたか」
「どうして黙っているんですか?私はそんなに信用できない副官ですか?」
「違う違う。俺はお前のこと信頼しとう。でもしゃあないやん、これは俺の問題なんやから」
「問題って……まさか藍染惣右介の子を産むつもりじゃないですよね」
俯き加減のまま喋っていたその顔には笑みすら浮かんでいる。
「どうして笑うんですか…」
「初めて身籠った時も思ったわ。
確かに藍染は2万年は償いきれん大逆人や。でもそれは子にまで及ぶんか?アイツの罪は外の光も知らんのに、産声も上げず引き摺りだされマユリの研究体となり殺される程の罰を子へ与えるもんなんか?」
「平子隊長……」
「辛い思いさせるやろな…それを強いるんやから、親である俺は絶対に守らなアカン」
「…………」
「わかってくれとは言えん。愛して、名前を呼んでやりたいんや」
そこにいる我が子を慈しむその表情を見て、雛森は悟った。
平子は藍染の罠だと判っていても哀れな子どもを切り捨てられない。
雛森は何も言えなかった。
平子の言っていることは正しいと思う反面、自分が同じ立場ならどうしただろうかと考えてしまう。かつて敬愛した男の、大罪人の子を?
答えは出ない。
だから今は平子に寄り添うことしか出来なかった。
「……はい」
「ありがとうなァ」
平子の笑顔を見て、雛森は泣きそうになる衝動を抑えるように拳を握った。
「だったら……いえ、私、平子隊長の赤ちゃんを一番に抱っこしたいです。ご家族よりも先に。隊長と一緒にお子さんを守りますから。抱っこさせて下さい」
「すまんな桃。心配かけてしもて。ありがとォな」
平子の礼を聞いた雛森は笑顔を向けた。
「いいえ。謝らないでください。でも次同じ事を打診されたら絶対言ってくださいよ。あの男を近付けませんから!」
「もう勘弁してほしいわ…総隊長の頼みで出来た子やから、京楽さんの子って事に出来んか?」
「厳しいですけど責任取ってと言えますね」
「総隊長が貴族やなかったらなァ」
平子は手洗い場で口をゆすぎ手を洗い、ついでに顔も洗った。冷たい水が気持ちいい。鏡を見ると血色の悪い自分が映っている。弱音を吐いている暇などない。
トイレで会話する話ではないが、壁に耳あり障子に目あり。人の目を気にせず女同士気兼ねなく話せる場所だ。
「でも…藍染惣右介がこの事に気づいたらどうでるか」
「何も出来ンやろ。よっぽどの事がない限り無間から出てこれん」
だから2万年分やられたんや…あ、くそっ、思い出してしまった!
『にげないで、ぎゅうって、して』
『あっ、ヒィっ』
巨体に乗られ抵抗もできず、好き勝手された時だ。許容しきれない快感に腰の引けた平子の耳に口付け、縁から穴に向かって舌を滑らされる。
どくん、どくん
じわりと胎内に広がる熱に悲鳴を上げ果てた自分。瞬間、あの時の腕の感触を体の奥底は覚えていて鼓動に合わせ微かに震えた。じんわり甘く疼くような感触が腰に纏わりつく。平子は思考を切り替えるように頭を振った。あん時だけ甘えた話し方しよって!忘れろ!!
「大丈夫ですか?」
心配そうに見つめてくる雛森に対し、平子は苦笑いを浮かべた。
「大丈夫やで」
「全然大丈夫そうじゃないです」
「桃に話して気ィ抜けた。アイツだけはわからん。解りたくもないけどな」
「…………もしもの話です。藍染惣右介が無間から抜け出しどこかで育てようと言ったらどうしますか?」
「あり得へん」
「どうして断言できるんですか?」
「そういうん守る奴やろ。卑怯な手段で出ても〜とか言いそうやん…?
いや世界助ける見返りに経産婦寄越せが正当か言われれば疑問やけど」
藍染の平子隊長に対しての執着はそんなに甘くありませんよ、とは雛森は声に出さない。
「仮に藍染が抜け出そうとしても、マユリの技術があれば逃さんやろ。脱獄しようにも無理や」
「その子の誕生時、藍染惣右介は絶対に何か仕掛けてきます。でも私が守りますからね」
「……せやな、そうかもしれへん。桃の言う通りかも知れんわ」
雛森の言葉を聞いて平子は微笑む。だがその表情には隠しきれない不安があった。
それでも、この選択は間違っていないと自分に言い聞かせる。
(今だけは健やかに過ごしてくれなァ)
「ま、もう二度と会いたくないわ。あんだけの事しでかしといてどの面下げて脱獄すんねん。血管切れてまうから無理させんで欲しいわ」
「はい。私も協力しますからね」
「……あーあ、随分歳の離れたきょうだいやなァ」
「今回のお話しする時、同席してもいいですか?」
「頼りにしてんで」
余り膨らんではいない腹部を2人で撫でながら、平子と雛森は五番隊へ戻って行った。