仲のいい男の子

仲のいい男の子


「僕は、君に恋をしている」

――今、アタシに好きって言ったんか、石田。

よく片付いた石田の部屋はテレビもラジオもついておらず、静寂に包まれている。


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来客を告げるチャイムが鳴った為、ドアを開けると撫子が立っていた。

「石田!遅くにごめんな、もうご飯食べた?」

「いや、僕も図書館から今帰ったところだ」

撫子の懸念を石田は否定し、さりげなくこたつのスイッチを入れる。何となく自分1人では贅沢な気がして電源を入れる事が出来ないのだ。

「ちょうどキリの良いところだったんだよ。珍しいね、こんな時間に……」

「うん、今日もおかず作りすぎたから持ってきた。良ければどーぞ」

「すまない、ありがとう」

コートを脱いだ撫子の様子を見て、何か話したいことがあるのだろう。冷蔵庫から麦茶を出してコップに注ぐ。

手渡された紙袋の中を見ると弁当箱と、小分けされたタッパーが3つある。

「あとこれ、リサ姉から預かってきたで。中身は見えないように厳重に包んであるから!見てへんよ!」

「あぁ…うん。」

中身については言及しないあたり、撫子らしい。

中には『この前丁寧に返却した本とは別のリサが選んだ石田が好みそうな本』が入っているのだろう。正月に少し話をしてから、時折こうして一方的に本を渡されるので困ってしまう。

「リクエストあるなら聞くでって、リサ姉が云うてた」

「そう………」

差し向かいでこたつに入り、他愛もない話をしながら手を合わせる。

「いただきます」

弁当箱の中には油淋鶏と生春巻き、卵焼き、にんじんのマリネ、サラダなど色とりどりのおかずが並んでいる。

「おいしい?」

「とてもおいしいよ」

石田はそう言って、綺麗な箸使いで食べ進める。その様子はとても自然体に見えて、心地がいい。


撫子の食事は家族の皆と一緒だった。撫子が病に倒れた時、夜勤や日雇い労働で帰宅時間がまちまちになってしまう時以外は忙しくても夕食は9人一緒に食べるようになっていた。でも今は違う。

平子や拳西、白、ローズは尸魂界へ帰ってしまい、浦原や夜一達も現世に居るものの藍染の脅威が無くなった結果、撫子と顔を合わせる機会は減った。

5人分の食事の用意は撫子に寂しさを感じさせ、そんな時は今までと同じ量の食事を作り、石田やチャド、織姫に振る舞う事で少しでも気を紛らわしていた。

「平子さん?」

黙った撫子を心配するように石田が顔を覗き込む。

「ちょっとボケっとしてたみたい」

「大丈夫かい?疲れてるんじゃないのか……あまり無理をしてはいけないよ」

「イヤァ、石田よりかは大変ちゃうよォ。でも今日、バイト先で新しく入った社員の人が給油キャップの蓋を台に置きっぱなしのまま、お客さんの車出発させようとしたから慌てて止めた!もう危なっかしくて心臓バクバクしたわ」

「それは確かに危険だね。事故が起きなくて良かった」

「ほんまそれな!」

石田は優しい。そして真面目だ。進むべき道を見据えて真っ直ぐに突き進んでいく強さがある。石田には何でも話せるし、聞いてくれる大切な友人。撫子はそれが嬉しかった。

「ごちそうさまでした」

弁当箱の中身がすっかりなくなるのは心地よくて好きだ。

「はい、お粗末様でした…台所借りてもいい?」

「すぐに洗って返すから、平子さんは座って置いてくれ」

石田は撫子の手から弁当箱を取り上げる。華奢な温かい、撫子の手に触れた。

「ーーー好きだ」

ぴたり、と時を止めるような言葉だった。事実、不意を突かれたかのような衝撃が撫子の胸に広がる。

「え…………今」

「僕は、君に恋をしている」

石田は普段と変わらぬ声音で、真っ直ぐに見つめてくる。変に誤魔化したり出来そうにない。


どうしてこんな事になってしまったんだろう。気まずくて、何を言えばいいのか、頭の中がぐるぐる回っている。

「ーーー洗い物をしてくるよ」

石田は撫子に背を向け、弁当箱を持って台所へ向かう。撫子の答えを待つつもりは無いらしい。

その背中を見て、「わかった」と返事をする。

本当は何一つ理解していないけど、これ以上は仕方がない。

撫子の心は今、嵐のように吹き荒れている。

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