仮面舞踏会パロれおなぎ
玲凪←モブ(女)多くの著名人が仮面の下に正体を隠して訪れる舞踏会。政治家や財界人、マスコミ関係者に芸能人、スポーツ選手など、多種多様な業種から年齢問わず人が訪れるそこはまさに一夜限りの酔狂な宴の席。
顔も素性も知れないからこそ安心できる舞台もある。だからこそ踊る相手を選ぶときには慎重を喫した。私のような年頃の娘とあらばそういう思考になるのは当然なのだ。自分と近しい年齢の、なるべく紳士的な人。仮面の下から滲み出る雰囲気もなるべく穏やかな人が良い。普段ほぼ両親の言いなりになって過ごしている私がこうも相手に我が儘言い放題なのも、こういった場に酔わされているからなのだろう。せっかくの宴の席なのだから、したい放題しなければつまらない。
そう決めてようやく眼鏡に叶う一人の白い男性を見つけ、手を取り踊った。煌びやかなシャンデリアの下で先ほど手を携えて一曲交えた真っ白な彼は、踊りが終わると蝶が花から飛び立つように、ふらりとどこかへ去っていった。物腰柔らかでこのような場でも気取ることなく接してくれた彼に、私はいつしか心惹かれていた。出来る事なら気に入った彼ともう少し話がしてみたい。この場に似つかわしくないそんな欲が出てしまった私は会場を抜け出して彼の後を追う。彼はどんな人物なのだろうか。年齢は、職業は? 住んでいる場所は? 運が良ければあの人の素顔が見れるかもしれない。あの黒い仮面の下の顔を一目で良いから見てみたい。
――膨れ上がる好奇心と欲望に半ば廊下を早歩きで進んでいくと、その先で白いマントを翻して佇む彼の姿を見つけた。
でもその姿を認めるなり、声をかけようとした手が止まる。隣にいたのは青い軍服を着た紫の髪の男。軍の関係者か、あるいはその身なりを装った仮装者か。いずれにしてもあのような男が近くにいる時に声を掛けるべきではないと、冷静な判断が私の足を止める。廊下の曲がり角の柱の陰に隠れて様子を伺いながら、戻った方がいいのだろうかと思いつつも、やはりあの彼のことが気になって、その場から動くことができない。
白い彼はその男とニ、三、話をすると、まるで最初からそうするのが決まっていたかのように、お互いの仮面を外し合った。ゆったりとした手付きに思わず見惚れていると、その仮面の下に見覚えがあることに気づく。
白い彼は、サッカー選手の凪誠士郎。一方、軍服の紫髪の方はその相方の御影玲王だった。まるで窮屈だと言わんばかりの仮面を外して、素顔で微笑み合う二人は向かい合って、人気のない廊下で密かに体を抱き締め合う。腕に力の籠る熱い抱擁は、見ているこちらが思わず顔を背けたくなるほどで、それでも視線を逸らせずにいると、紫の彼の唇がそっと白い彼の耳元を掠めていく。
彼の耳に言葉を落としたらしいその口が、白い頬に、顎に、首に当てられていく。捕食者のように覗いた厚い舌で皮膚を撫でた経路をぬらり、と確かめると、やがてその口は狙いを定めてあの彼の白い首筋へと歯を立てた。
「――はっ……ん、あぁ……レオ……」
突然目の前で始まった逢引きに心音が早鐘を打つ。あの二人はこんなところで何をしてるのだろう。
名前を呼ばれたことで何かに気づいたのか、御影玲王は口元から覗かせた犬歯をてろりと舐めて、ああ、と軽くため息を漏らした。
「いくら何でもここじゃ駄目だな。凪、部屋に入るぞ」
「……最初からそうすればいいのに」
「悪ぃ、我慢できなくて」
息が上がって白い肌をほんのりと赤く染める彼に対して、悪戯っぽく微笑んだ玲王はちゅ、とまた口づけを落とした。それはどう見ても玲王が白い彼を自らのものとしている証そのもので、端からこの仮面舞踏会でこの二人の関係に入り込む余地など誰にもなかったことを思い知らされる。
二人は戯れていた壁のすぐ側にある扉を開いて、その部屋の中へと消えていった。ガチャリ、と扉が重く閉ざされる直前、遠くから息をひそめて眺めていたにも関わらず、私は白い彼と目が合ったような気がした。
一瞬だけ見えたその姿――自らの唇に指先を当てた彼の残像が告げる。
今見たことは、内緒にしてね。誰にも言わないで、と。