他人の準備って退屈よね
(はぁぁ〜美しいっ!)
ここ最近のハイバニアはアドラメルクの角を磨くことに専念していた。そのすべてを呑み込むような黒き輝きは、コハクの牙に勝るとも劣らない逸品であった。
(どこまでも磨いて輝かせてあげるわぁ〜)
その様子を面白く無さげに見ていたのは、その角を折った張本人のドレッドノートであった。
確かに四魔天との対決は血が湧く楽しみであったが、勝ってしまえば後にはなにも残らない。彼の求める強さは形を持たず、ハイバニアの宝石ように目に見える成果とは言い辛い。
「……おい、ここ最近ずっとその角にかまけてるが、お前はもうそれで満足なのか」
満たされぬ空虚な自分への焦燥にも似た感情を八つ当たりのようにハイバニアへぶつけた。
「うーん、今はこれで充分ね!磨けば磨くほど光を増していく…一通り私好みに変えてしまうまではお世話してあげないと」
ハイバニアは心底楽しそうにそう言うが、ドレッドノートは無意識に眉を顰めた。彼女の無限にも思える欲望の底が見えた気がしたからだ。
(面白くねェ…)
スッとその場を後にする。ハイバニアはそれを意に介さず、アドラメルクの角をこれでもかとピカピカに磨いていた。
――――
数日後のある日の訓練中…
「魔導ギガバスター!」
「秘技!ジャグリング式6丁拳銃!」
「ウオオオ!デスインパクトォ!!」
親衛隊が三人がかりでハイバニアに襲いかかる。サイキィは威力と精度を高めた高火力の一撃をチャージし、バージニアンは超高速で6丁の拳銃を扱い弾幕を張り、タウランガは大地を揺らして行動を制限する……しかし、
「まだまだね」
ハイバニアは跳躍して地震から免れると、それを狙っていた弾幕を魔力抵抗の強い煙を展開して消滅させる。そこを完璧なタイミングで捉えてきたギガバスターを右腕で難なく弾いて見せた。
「う〜ん上々ね」
彼女の右の人差し指に嵌められた指輪には、小さく加工されたアドラメルクの角が埋め込まれていた。流石に"オブ・カウンター"の再現には至らないものの、防御としては十分な効力を発揮していた。
「さっ、こっちから行くわよ」
パラライズミストを展開して三人の動きを鈍くすると、クオンツ鉱石を加工した短めのレイピアで目にも止まらぬ突きを繰り出した。
「さぁ、麻痺を解くけど……どうかしらね」
パラライズミストを解除するが、どういうわけか麻痺が収まっても三人とも立つことは叶わなかった。
「グッ……力が…」
「これはっまさかあの時の…!」
「ハイバニア様ァ!これズルいですよ!!」
倒れて藻掻く三人を見て上機嫌になるハイバニアは、高笑いをしながら自室へと帰っていた。
それを隠れて見ていたドレッドノートは、自身の口角がいつの間にか上がっていることに気づいていた…。
――――
「お呼びですか元大将殿」
夜、外れの森に呼び出されたハイバニアは少し不機嫌であった。クオンツの里を漁った時に回収した奇妙な人形と文献を解読し、その術を研究している最中だったからだ。
「……最近、お前はつまらなくなっちまった」
開口一番ドレッドノートはダメ出しを行った。
「お前の"正義"はもう…終わっちまったのか?」
実のところ彼はそうは思っていなかった。というのも恐ろしいことにこの数日で、ハイバニアは既にアドラメルクの角に飽きかけている。さらに恐ろしいことに次は王国の秘宝を欲しがっている素振りを見せているのを彼は察知していた。
しかし、その準備のためかロクに活動を行わずドレッドノートにとって退屈な期間になっていたことは事実であり、この呼び出しはそれに対する当てつけであった。
が、そうとは知らずに彼の見当違いに思える発言にハイバニアは失笑を返した。
「フッ…まさか、しかし退屈させたのは申し訳ありません…明日にでも適当に皇帝から暇つぶしの作戦でも――」
「いや、オメェ自身の体で埋め合わせてもらう」
「………え?」
突然のセリフにハイバニアは思わず硬直する。およそ彼らしくない発言に脳みそは軽くパニックを起こしていた。
「あの……それはどういう……」
(身体でってそういう事よね!?いやいやいやいや!!この人に限ってそんなこと…)
「これを見ろ」
混乱を極めるハイバニアへ更に追い討ちをかけるようにドレッドノートのは四角い箱から指輪を取り出し、彼女に見せた。
(ええええええ!?そっち!?そういうことなの!?夜に人気のないところに呼び出して!?急すぎないかしら!?)
ハイバニアの顔が珍しく少し紅潮する……が
「いいか、これはとある暗殺団が使っていた暗殺用アイテムだ」
(……ん?)
「これを着けた人間は特殊能力や特異体質の効果が一切無効化される」
(…………へ?)
「これを俺自身に装備することでフルボディが一時的に無効化されるわけだ」
(……)
「お前はいつか言っていたな、"俺の体質さえ無ければ一矢報いることができる"、と」
確かにそんなことを言っていた。なんならアドラメルクの指輪がある今、その思いは強くなっているが……
「今から俺と本気で戦え、それで埋め合わせたことにしてやる」
「……アーハッハッハッハッハッハッ!!!」
ドレッドノートが真剣な面持ちで宣言すると同時にハイバニアは壊れたおもちゃのように笑い始めた。
(私は一体なんて愚かな考えを…!この男に限ってそんなことは有りえないというのに!)
「なんだ?イヤにご機嫌じゃねぇか」
「ええ、ええ、とても機嫌がいいですとも」
ドレッドノートは嬉しそうにニヤリと笑うが、彼の考えとは裏腹にハイバニアの笑顔は不機嫌、怒り、羞恥の裏返しであった。
「フフフ…機嫌が良すぎて殺してしまっても恨まないでちょうだいね」
「ケッ…そうなったら人生最良の日が更新されるかもなぁ!」
―――――
この私闘の結末を知るものは、二人以外にはユリウス皇帝しか存在しない。
しかし、皇都の外れの森が突如として現れたクレーターと謎の空気汚染によって数日間立入禁止になったことと、ハイバニアとドレッドノートが三ヶ月の減給及び謹慎措置を受けたことは皆の知るところであった。