今度は忘れないでね
現パロ昔の話だ。
「うちの両親は共働きでね。
小さい頃は学校以外の時間はほとんど弟と、クロと過ごしてばかりいたよ」
「まあ、そんな感じで家族全員で夕食を食べたことはほとんどなかったかな。
本当に仕事に誇りを持っていて、情熱を注いでいるようなひとたちだからね。親とはいえひとりの人間だ。気持ちはわからないでもないさ。
でも私はともかく、物心つく前の弟にはかわいそうなことをしたと思う」
少しだけ間を空けたあと、言葉を継ぐ。
いつもよりほんのすこしだけ寂しそうに見える瞳だった。
しかしそれも一瞬のこと。
すぐに表情を切り替え、訥々と話す。
どこか遠くを見つめるような目つきで。
そこには普段のキャメルとはまた違った雰囲気が漂っていた。
「でもクロも昔から聡い子だったから。あまりわがままも言わないし、聞き分けが良くて優しい良い子に育ってくれたよ。
私が学校に行っている間はずっとお留守番してくれていたしね。
そういえば、ひとつ忘れられないことがあってね……」
そこで一旦話を区切る。
そしてふうっと小さく息を吐く。
それから改めて口を開いた。
その声音は、いつもよりすこしだけ低めになっていた。
懐かしむように、慈しむように。
思い出を語る。
ゆっくりと、語りかけるように。
まるで小さな子どもに言い聞かせるみたいに。
それは静かな、それでいて不思議な響きをもった声で紡がれていく。
その言葉のひとつひとつに、どことなく気分がささくれ立つような違和感を覚えた。
「あれは確か、宿泊研修だったかな。小学校のときに二泊三日で行ったんだ。
場所はどこだったか忘れてしまったけれど、山の中とか自然豊かな場所だった気がするな。
水族館や動物園にも行ったりして楽しかったことは覚えているんだけど……、……」
そこまで言うとキャメルは申し訳なさそうに苦笑した。
黙って続きを促すと、キャメルはそれにこくんと肯き、話を続けた。
「大変だったのは帰ってきてからかな。
私が二、三日家を開けることなんてなかったからクロが拗ねてしまってね。あのときは困ったなぁ……。
何を言っても返事をしてくれないものだからどうしようもなかったよ。結局一週間くらい口を利いてくれなくてね。
今にして思えば、二人っきりの兄弟だ。甘えたい盛りだったということもあるだろうけど、当時の私はどうしていいかわからず随分悩まされたよ。
でも、やっぱりかわいい弟だからね。
年相応のところがみられて機嫌を直してもらうまで大変だったけど少し嬉しかったかな…」
ふっと目を細める。
昔を思い出して懐かしんでいるのか、あるいは過去の記憶を反すうしているのか。
どちらにせよ、キャメルの顔からは先ほどまでの憂いの色は消え失せていた。
いつもの鉄面皮が嘘のように柔らかい笑顔を浮かべながら言葉を続ける。
「『今度は置いていかないで』って、私がクロをひとりぼっちにしたことなんて無いのにね」
困ったものだ、と首を傾げるモリアの悪友に前の記憶は一切ない。
散々弟も周りも振り回しておいて。
困ったやつはお前の方だ、というセリフを飲み込んだ。