今も昔も

今も昔も


真夜中のサウザンド・サニー号

その船首の上には、着流し姿の男が一人

男の名は閻魔、この船に乗る剣士ロロノア・ゾロの持つ刀の自我であった


平時は船長の特等席たる場所に座り、閻魔は空を見上げる

刀の自我故に本体から大きく離れることはできないが、この船の中なら何ら問題はない

金の瞳に映るのは、水面と船を照らす十六夜の月光

その輝きは、かつて籍を置いた二つの船で見たものと同じであった


「変わらぬな」

閻魔は独り言ち、金の瞳を細める

最初の主人であった光月おでんの死から二十年、こうして再び世界の果てを目指すことになったのはどのような巡り合わせによるものか

あの頃と変わらぬ輝きに、故郷に残った相棒や二十年前に別れたきりの兄貴分との思い出が蘇る

過ぎ去った過去を今更嘆くわけではないが、それでもやはり物寂しいものを感じてしまう

その寂しさを振り払うように、閻魔は口を開いた


♪ヨホホホ ヨホホホ


閻魔は歌う、変わらぬ夜に

指先で拍子をとりながら、陽気なメロディにはどこか不釣り合いな低い声で


♪ビンクスの酒を 届けにゆくよ


♪海風 気まかせ 波まかせ


♪潮の向こうで 夕日も騒ぐ


♪空にゃ 輪をかく鳥の唄


伴奏も何もなく、あるのは己の声と拍子をとる指音

ただの戯れの一人歌、の筈だった

「さよなら港♪つむぎの里よ~♪」

調子っ外れな声と共に何かが背中にのしかかる

驚いた閻魔が目を向けると、そこには何かと先輩風を吹かせる妖刀の姿があった

こちらの気などお構い無しに歌い続ける彼に暫し呆気にとられるが、照れくさそうに小さく笑って歌を再開した

二人で二つ目の節を歌い終えた直後、

「悪ィ、出遅れた」

と呟きながら慌てて三つ目の節から合流する穏やかな声があった

閻魔が隣を見ると、それは実に五十五年振りに再会した弟だった


閻魔は歌う、仲間と共に

思えば昔からそうだった

月夜に一人で歌っていると、おしゃべり好きな相棒や仲間が明るい声で肩を組み、兄貴分が頭をグシャグシャにかき回しながら地を震わすような声で割り込んできた

一人で始まり一人でなくなる歌声も、昔と何も変わりはなかった


♪ビンクスの酒を 届けにゆくよ


♪ドンと一丁唄お 海の唄


♪どうせ誰でも いつかはホネよ


♪果てなし あてなし 笑い話


低い声、調子っ外れの声、穏やかな声

その中に混じる、遠くから聞こえるような朗朗とした声

聞き慣れない軽やかな声と子どものような声

それら全てが一つとなり、主人達が催す宴のものにも負けない歌声となった


「ありがとう」

歌い終わりの余韻を残しながら、閻魔はポツリと呟く

「ヘッタクソな湿気た声が聞こえてきたから、先輩として手本を見せてやっただけだ」

「こういうのは、一人で歌うよりみんなで歌う方がいいだろ」

途中から入ってきた三代鬼徹と和道一文字が笑う

それを見た閻魔も、つられて笑った

「しかし、先程の声はなんだったのか」

「声?」

閻魔の言葉に鬼徹は首を傾げる

「ああ、お前達の他にも声が聞こえた。いったいどこからの声なのか」

「どんな声だ?」

「なんというか、雪原を跳ねるような軽やかな声だ。それに童のような二人分の声。それと、秋水様の声も聞こえたような気が…」

それを聞いた和道と鬼徹は顔を見合わせ、同時に口角を上げた

そして、

「よし、もう一回歌うぞ!」

と鬼徹は拳をあげた


「なっ!?」

鬼徹の唐突な発言に閻魔は目を見開く

「こんどは最初っからフルスロットルでいくぞ!さんはい!」

「いや、その…俺はもう少し先程の余韻に…」

「諦めな、閻魔。こうなると鬼徹は止まんねェから」

困惑する閻魔に和道は笑いながらそう言い、はやくも歌い始めている鬼徹にのっていく

先程よりもさらに声高々に歌う二人に閻魔は呆れたように小さくため息をつき、笑って輪の中に加わった


それから彼らは、夜が明けるまで歌い明かした

七つの声は響き渡り、夜を静かな騒がしさで彩った

今も昔も、刀は月夜に歌う

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