今までの3
病院を出た後、優梨は霧子と合流するためグレンデル事務所にやって来ていた
灰色のこれといって特徴のない扉を開けると、既に霧子は事務所に着いており、ハートが描かれたマグカップにコーヒーを入れて新聞を読んでいた
「遅かったね。良い話聞けた?」
「うん、行った甲斐はあったかな。…ところで、そのカップ紅蓮さんのじゃないか。怒られるよ」
「あら…まぁ、洗えばバレないでしょ」
霧子はコーヒーを一気に飲み干す
「まずはそっちの話から聞かせて。私の方は後で話すわ」
「分かった。といっても賢者の石と関係あるかは微妙なところだけど」
優梨は病院で聞いたことを霧子にも話す
「成る程…昔の能力者が使ってた遺物。確かに気になるね」
霧子も遺物の『狂気から何かを得るために使われていた』という部分が引っかかるのか、頭についた触手をぴょこぴょこと上下させた
「狂気っていうのは人間の感情が暴走して生まれるものだ。個体によって違いはあるけど、感情が元になっているのはどの狂気も変わらない」
「そんな存在から得られるもの。それが感情が物質と化したものな可能性は十分にある」
優梨がそう言うと二人は少しの間、無言で思考する
可能性は十分にある。試せるものなら今すぐにでも試したいものだが、そもそも刀が奪われたのだから確かめようがない
これ以上は刀を取り返してからの話になるだろう
「…とりあえず聞く価値のあった情報だったということは分かったわ。今はそれで終わりにしましょう」
「うん、それじゃあ次は霧子が調べたことを聞かせてくれ」
「ええ。……と言っても大した情報じゃないけど」
霧子は頭の触手をくるくる回しながら話し始める
「分かったことは昔能力者がアレを巡って争いを起こしたかもしれないってことだけ。それ以外のことは何にも分からなかったわ」
霧子は机にあったペンを持つと立つように指で支える。するとペンはゆっくりとその形を崩壊させていく
「まるで誰にも知られないよう隠されてるみたい」
霧子はじっと崩れていくペンを見ている
(…何でペン壊したんだろ)
優梨は霧子の行動を不思議に思ったが、ツッコむと機嫌を悪くしそうなので無視することにした
「でも、争いが起こったって出来事は調べることができたんだろ?」
「真偽の分からない本の端っこに書かれてただけよ」
『世界不思議大全集』とかそんなのと霧子は答える
成る程。確かにそういう類の本はネットに転がってる都市伝説などを丸々載せているだけ、という印象があった。実際そうなのかは知らないが書かれていることが本当のことなのかは怪しいところだろう
「そっか。…こんなことなら、もっと詳しくサウムさんから話を聞いておくべきだったな」
「あの女が答えるとも思えないけど」
霧子はどうやらサウムのことが嫌いなようで名前を出した途端、頭の触手が暴れだす
(そういえば)
霧子の反応を見て優梨は思い出す
霧子は何故サウムの元にいたのだろうか。久しぶりに再開した衝撃で聞くのを忘れていた
霧子は自分を殺せば協力しないとサウムに言っていたらしいが、霧子はサウムの言う『夢』を知っているのだろうか
「なぁ、霧子――」
「とにかく!私が調べれたのはそんなところ」
優梨の声は霧子によって遮られる
サウムのことについてこれ以上話したくないらしい
「……うん」
こうなるとどんな聞き方をしても彼女は答えない。昔からそうだったので何となく分かる
とりあえず今は次の行動について考えることにしよう
「とはいえ、今出来そうなのは遺物を探すことくらいか…?」
仮に霧子の持ってきた情報が本当だったとして、探している希望と絶望の物質がどうすれば手に入るのかは全く分からない
それならば、まだ可能性のある遺物捜索に力を入れた方が良いだろう
「あ」
そう考えていると、突然霧子が何かを思い出したように小さく声をあげる。頭の触手はぴんと立っていた
「どうかした?」
「一つ思い出したことがあるの、優梨君が病院行ってる時にあった事件の話。興味もなかったしすぐ忘れちゃってた」
事件なんてあったのかと優梨は思った
病院に行ってる間ということは、まだニュースにもなっていないのだろうか
「最近事件が多いな…死亡者とかはいたのか?」
「いなかったはずよ。男が倒れていたとは聞いたけど」
「あとは…」
霧子は話を続ける
「怪しい女二人組がいたって話よ」