今までの2

今までの2


白衣の女に襲われた翌日、優梨と霧子は仕事で狂気を退治するため行動していた

「お姉…優梨君、昨日の傷はもう大丈夫なの」

「ああ。元から深い傷じゃなかったし、能力のおかげなのか傷の治りは早いんだ」

二人は報告の受けた場所へと到着する

そこでは家などを繋ぐように蜘蛛の巣が張り巡らされており、巣にはライオンほどの蜘蛛が餌がかかるのをじっと待っていた

巣の下には男が一人倒れている

「気持ち悪い…虫ってどうして、ああも潰したくなるような見た目してるのかな」

「もう被害も出てるみたいだ、早く倒そう!」

敵意を向けられたのを蜘蛛は感じ取ったのか、二人に向かって糸を吐く。だが、それは二人に届く前に霧子の能力によって崩壊する

「本当に強いね…その能力」

「ありがとう。自分ではあんまりそう思わないけど」

そして二人は蜘蛛に向かっていく

その姿を物陰から一人の女が見ていた

「あれは狂宮さんの言っていた…ふふふ」

「くらえっ!」

優梨は異形化した腕で蜘蛛の頭を思い切りぶん殴る。ぐしゃっとした嫌な感覚と緑色の体液を残しながら蜘蛛の頭は潰れていった

「うえっ、気色悪…」

頭の潰れた蜘蛛の体は暫くピクピクと動いていたが、やがて煙のように消えていく

それと同時に蜘蛛の下で倒れていた男がゆっくりと起き上がってきた

「うっ…ここは…」

「気づいた?怪我は無さそうね」

「ひいっ!?き、狂気!?」

男は霧子を見て後ずさる。優梨は慌てて霧子と男の間に立って話を聞く

「彼女のことは気にしないでください。悪い狂気じゃないですから。それよりも体は大丈夫ですか?」

「あ、ああ……。何があったのか記憶にないが――」

男がそう言った瞬間、バァン!!と大きな音がなりその後すぐに男が頭から血を流して倒れる

男の頭には丸い穴が空いており、優梨は先ほどの音とこの傷から男が銃によって撃たれたのだと推理した

「銃…!?いったいどこから…」

優梨と霧子が音が鳴ったであろう方を向くと、そこには笑顔の女が一人立っていた

「…また白衣の女、最近そういうファッション流行ってるのかしらね」

女は手に持った拳銃を仕舞うと、子供のようにはしゃぎながら二人に近づいていく

いきなりのことで優梨と霧子は反応が遅れてしまった

「うわぁ!本当に狂気なんですねぇ!体は白くてぷよぷよ、声はどこから出してるんでしょうか!お、ここだけ硬い。…ちょっと!体隠さないでくださいよ!」

「貴方は男性なんですよね?何でそんな格好してるんですか?趣味?あそうだ、さっきの腕なんですか!?狂気の腕みたいでしたけど自由に変えれるんです?デメリットとかあるんですか?」

女は二人のことなどお構いなしに体を触ったり、質問を投げかけたりしている

「ちょっ、ちょっと待ってくれ!誰なんだ貴方は!」

「ん?私は如月 零です!好きなものは楽しいこと!よろしくお願いします!」

如月と名乗る女はぺこりと頭を下げる。敵だと思っていた優梨と霧子はどうしたものかと互いに顔を見合わせる

「…とりあえずあの人を撃った理由を聞かせてくれ」

「理由ですか?もう要らなくなったからですね、狂気は倒されちゃったし…つまんない人でした!」

如月は悪びれる様子もなく笑顔で答える

「そんな理由で…!?」

「?立派な理由でしょう。つまんないって大罪ですよ、死刑で結構」

如月の話を聞いて霧子は手を強く握った。そして如月の前に立つ

「じゃあ貴方も死ぬべきよ。…死ぬほどつまらない冗談を言うんだもの」

「あ、やっぱりそうなります?参ったなぁ…楽しそうな人とは仲良くしたいんだけど」

「まぁ仕方ないか」

そう言うと如月の目が赤く光った

「…何かしら」

霧子は素早く如月へと腕を振るう。しかしそれは如月が当たる前に後ろへ跳んだため空を切った

「うっそー…能力効かないんだ、狂気相手だと効き悪いのかなぁ……」

如月はうーんと首を傾げるがすぐに大きく息を吐いて二人の方を見る

「こうなったら割と全力でいきますから、せめて最後まで私を楽しませてくださいね!」

如月は指を鳴らす。すると如月の周りに様々な種類の狂気が現れる。その数は二十は軽く超えているだろう

「優梨君、あの女は私がやる。周りの狂気は任せて良い」

「分かった…だけど気をつけてくれ。いざとなったら死んでも君のことは逃してみせるから」

「…うん」

そうして二人は狂気の群れに突っ込んでいく。

作戦通り、優梨は無数の狂気を相手にしていく。一体一体は先ほど戦った蜘蛛狂気よりもはるかに弱いが、なにぶん数が多い。優梨は囲まれないよう動きながら狂気を処理していく

霧子の方は、如月へと近づこうとするが間に上手く狂気が入り込んできてなかなか攻撃できる範囲に入れないでいた

(全部を操ってるわけではないだろうけど…それでもここまで狂気を自在に動かせるなんて普通じゃないわよ)

「いやー怖いなぁ。近付かれたら終わるこの恐怖!狂宮さんなら楽しむんでしょうけど、私はそこまで変態じゃないので…」

霧子の相手を狂気に任せ、如月は優梨の方へと目を向けた。先ほどと同じく如月の目が赤く光る。すると、急に優梨の動きが止まりぴくりともしなくなってしまった

「こ、これは…」

体が動かなくなった優梨は心の中から途轍もないほどの破壊衝動が溢れてくるのを感じていた

周囲の家や狂気、そして遠くで戦っている幼馴染、全てを壊したくなっていく

やがて優梨の周りには黒い煙のようなものが漂い始める

「優梨君…!?」

優梨の異変に気づいた霧子は、優梨の元へ行こうとするも狂気に阻まれ近づくことができない

「駄目だよ。ここからが一番面白くなるんだから」

「ちっ!」

だんだん優梨の周りに漂う黒い煙の量が増えていく、それに合わせて優梨の目から光が消えていく

(くそ…頭が……)

優梨は意識を保てず、地面に倒れそうになる。その時だった

「危なーい!」

「うぐっ!?」

大きな声と共に紅蓮が上空から優梨の頭に落ちてくる。優梨は突然のことで反応できず踏まれるが、その衝撃で優梨の周りに漂っていた黒い煙は消えていた

「ぐ、紅蓮さん…?なんでここに…」

紅蓮は大きな黒い帽子を深く被り、日傘を差していた

「報告があった内容の割には帰りが遅いのが気になってね、赤本さんに事務所任せてきた」

「それに来たのは私だけじゃないよ」

紅蓮がそう言うと、辺りが暗くなる。何が起こったのか優梨たちが空を見上げるとそこには巨大なダダムガルの姿があった

『大丈夫デスカ?優梨サン、霧子サン』

ダダムガルは日の苦手な紅蓮が光に当たらないよう影になっていた

いきなりのことに驚いていた霧子だったが、ゆっくりと如月の方を向く

「…さて、まだやる?こうなったら私たちの方が圧倒的に有利だと思うけど」

「……んー」

如月はどうしたものかという風に顎に手を当て考えていたが、やがて両手を上にあげる


「こうさーん」


優梨の目の前には目隠しをされ、念の為にと手を縛られた如月が座っていた

「こんな趣味ないのにー」

「うるさい。貴方にはここで何をしていたのか聞かせてもらうから」

「何してたと言われましても……ただの暇つぶしですよ」

如月はあっさりとした感じで答える。話を聞くと、最近面白いことがなく、我慢の限界に達したため殺した男に能力を使い狂気を出して遊んでいたとのことだった

「そんな理由で人の命を奪ったの!?呆れた…」

紅蓮は如月に怒りを込めた目を向けるが、如月は特に気にしていないようで上機嫌そうに体を揺らしている

『トニカク、彼女ヲ警察に届ケナイトイケマセンネ』

「待って、もう一つ聞きたいことがある」

霧子は如月を連れて行こうとするダダムガルを手で制止すると、如月の方へと近づく

「狂宮さんって誰かしら?」

「!」

狂宮という名前を聞いた瞬間、如月の顔から笑顔が消える

「誰それ?」

「さぁ?戦ってる時、コイツが言ってたのよ。私も誰なのか気になってね」

如月は黙って真顔で暫く首を動かしていたが、やがて今までで一番の笑みを浮かべて口を開いた

「…知り合いですよ」

「……本当にそれだけ?」

優梨が聞くと、如月は首を縦に振った

「ええ。たまに会って話す程度の関係です」

「…そういえば、最近面白そうな二人組に会ったって聞きましたよ。誰かは知りませんがねー?」

如月はそう言った後に小さく笑うと、口を閉じる。これ以上は話す気は無いのだろう

「…そう。ならもう良いわ」

「この人は私とダダさんが連れていくからさ、二人は賢者の石…だっけ?のこと調べてきなよ」

紅蓮は如月の抱えて、巨大化していたダダムガルの手に乗った

「ありがとうございます。……行こう霧子」

優梨と霧子は紅蓮たちに頭を下げると、賢者の石を作るための材料を探しにいくのだった


紅蓮たちと別れた優梨と霧子は話をしながら町の中を歩いていた

「この前犬を抱えてウチの病院に来た子が可愛くてさ――」

「へぇ」

話を続けていくほど霧子は腕に力を入れていっているのだが優梨が気づくことはないだろう

そんな二人へ声を掛ける男の姿があった

「あー、すみません。そこのお二人さんちょっと良いですか?」

「?はい」

優梨が声のした方を向くと、そこには顔の至る所に古傷がついている男立っていた

男は優梨たちを見て一礼をする

「オレは嵐丘っていいます。一応探偵です。少し話を聞きたいんですが時間大丈夫ですか?」

「ええ、大丈夫ですよ。…何か事件でも?」

「まぁ、そうですね。失礼かもですが、お二人の関係を聞いても?」

嵐丘は懐からメモ帳とペンを取り出す。優梨と霧子は互いに顔を見合わせると同時に「「幼馴染」」と答えた

「幼馴染…?」

嵐丘はメモに何か書きながら不思議そうな顔をして二人を見る。それに対して優梨は「色々あるんです」と言っていた

「では、次に…この一週間なにをしていたか教えてもらえますか?」

優梨は嵐丘にグレンデルのことと、一週間はそこで働いていたことを説明する。嵐丘はスマホを取り出し、暫く画面を操作していたかと思うと何かに納得したように小さく首を縦に振ると小さく「外れか…」と呟いた

「ありがとうございました。どうやらオレの勘違いだったみたいです」

「勘違い?」

「はい。最近、各地で能力研究者が襲われているという事件知っていますか?」

優梨はそれを聞いて前にグレンデルにたまに協力してくれる人がそんなことを言っていたなということを思い出す

「それが先日この近くの大学で起こりまして、オレはそれの調査を依頼されたんです」

「……成る程。それで怪しい二人組を見つけたから犯人だと思って近づいたと」

「あはは…」

嵐丘は申し訳なさそうに頭をさする

「それにしても研究者が襲われるか…なんだか気になるな」

「それならこの近くの病院に襲われたって人が運ばれたらしいんで話を聞いてみたらどうです?まぁ、会えるかは知りませんが」

そう言って嵐丘は病院の名前とそこまでの地図が書いてあるメモを千切って優梨へと渡す

「それじゃあ、オレは調査を続けるのでこれで。何か分かったら教えてくださいねー!」

嵐丘は手を振って走り去っていく

「さて、どうするの優梨君。襲われた研究者さんのところに行っても賢者の石の情報は無さそうだけど」

「うん。でも、個人的に気になるから話だけでも聞きに行ってくるよ。霧子は…病院の中には入れてもらえるかな」

優梨は改めて霧子の姿を見る。人の形をしているとはいえどう見ても狂気な霧子が病院に入れてもらえるか不安があった

「私は別で賢者の石について調べてるからいいわよ。時間決めて後で会いましょう」


メモに書かれていた病院に到着した優梨は受付で事情を説明し、研究者がいる病室へと向かっていく

道中、何人かの患者とすれ違ったので様子を見てみると腕が無くなっているが代わりに触手を使って物を運ぶ者、体から植物が生えている者など様々な能力者患者を見て改めて能力というのは色々あるものだと優梨は子供のようなことを思った

そうして研究者が寝ているという部屋の前に来た優梨はゆっくりと扉を開ける

中には大きなベッドと治療器具(優梨に名前は分からなかった)が置かれており、ベッドには背の高い男が寝ていた。男は優梨の姿を見て驚いた顔をしている

(外国の人か…?)

「ダレだ……?」

男は警戒するようにナースコールのボタンへと手を伸ばす。優梨は慌てて、敵意がないことを伝えるためにとりあえず両手を上げてみる

「あー……いきなり来てしまってすみません。先日起こった事件について聞きたくて訪れました」

そう言って優梨は懐から名刺を取り出して男へ渡す。赤本に言われて作ったものだったが使ったのはこれが初めてだ

「グレンデル…君たちも事件の調査を?」

「まぁ、そんなところです」

本当はただの好奇心だったが黙っていることにした

「そうか……ワタシはジェイコブ・グレクソン。大学で教授をしながら能力者について研究している者だ」

「グレクソンさん、では事件のことをお話いただけますか」

「ああ。アレは大学内で遺物の研究をしている時だった…」

時間も遅くなり、そろそろ帰ろうかと準備をしていた時だ。どこからか視線を感じて、部屋の中に置いってあった鏡を見た。すると女が立っていたんだ、部屋にはワタシしか居なかったのに確かに鏡には女が写っていた

「!それは、白衣を着た女ですか!?」

「どうだったか…暗くてよく分からなかったが着ていたような気もする……。知り合いかい?」

「知り合いというほどでは…ないですが」

「その後のことはよく覚えていない。急に頭に衝撃があったかと思うと気絶していた。目を覚ますと遺物も消えていたよ」

そう話すグレクソンの手は強い力が込めて握られていた

「あの、遺物というのは?」

「最近見つかった大昔の能力者が使っていたとされるモノだよ。カタナ…というんだったかな」

優梨は刀という言葉を聞いて首を傾げる

「刀ですか…能力者なのにそんなものを使ってたんですね」

能力者が武器を使う。勿論それ自体は珍しいことでもなく、今でも銃やナイフを持ち歩いている能力者はそこら辺にいる。刀を持っている者は流石に少ないだろうが

優梨もそれは知っていたが、ただなんとなく気になったのだ

「うーん、なんて言おうかな戦闘には使ってなかったけど戦闘では使ったと言おうか…」

「はぁ…?」

見るからに言っている意味が分からなそうな顔をしている優梨にグレクソンは説明しにくそうに手をわちゃわちゃと動かしながら話す

「どうやらあの遺物は狂気から何かを得るために使われていたものだったらしいんだ。まだ研究が不十分で詳しいことは分からないがね」

「狂気から…」

それを聞いて優梨はサウムの言葉を言葉を思い出した


『そしてもう一つは希望と絶望を物質化したもの。それも生半可なものじゃなく特大のね』


(いや、まさかな…)

しかしすぐに優梨はそれを記憶の奥へと追いやる。可能性は0ではないが、その可能性に賭けるには情報が圧倒的に足りなかった

「ワタシが知っているのはこれくらいだ。…調べてくれるのはありがたいが、決して無理はしないでくれ」

「ええ、ありがとうございました」

優梨は立ち上がるとグレクソンに一礼し、部屋を出ていく。グレクソンは小さく顔に笑顔を浮かべると、「困ったことがあればいつでも来てくれ」と言って出ていく優梨を見ていた



優梨が病院で話を聞いている、同時刻

街中で二人の女が話していた

「…それで?今回はなにしろってさ」

片方は焼けた肌に髪を纏めている筋肉質な女性

「今回はうば――拾って遺物がどんなものか確認しろとのことですので協力お願いします」

そしてもう片方は優梨たちを襲った白衣を着た女性。細長いバックを持っている

「適当な嘘なんてつくんじゃないよ。…アンタ一人じゃ駄目なのかい」

「寂しいので」

白衣の女は無表情でそう答える。筋肉質な女はそれを聞くと大きなため息をついた

「今回だけだよ」

「ありがとうございます…鋼さん」

鋼と呼ばれた女と白衣の女……狂宮は人混みの中に入っていった


鋼と狂宮は人混みの中を片方を見失わないよう気をつけながら歩いていく

沢山の人がバラバラにそれぞれ行きたい方に動く姿はまるで蟻の大群のように思えてくる

(まぁ、アタシたちもその一員なんだけど) 

――アホくさ

こんなことを考えるなんて自分でも似合わないなと鋼は思う

鋼ははぐれていないか確認するために狂宮の方を向いた。狂宮は何やらキョロキョロと探し物でもするかのように首を横に後ろに動かしていた

「どうかした?」

「はい?…ああ、いえ別に何でもないですよ。ただの人間観察です。あるいは死体候補探しでしょうか」

「…………はぁ?」

鋼の反応に狂宮は可笑しなことでも言っただろうかと純粋な子供のように首を傾げた

(この人、アタシより年上だよな…)

これだからこの人は苦手なのだと鋼は思う

何を考えているのか分からないというのは、思ったより気持ちの悪いものだ。それが子供ではなく大人ならば特に

狂宮は話を続ける

「変なことしてると思います?でもやってると良いこともあるんですよ、ほらアレとか」

狂宮は人混みの中を指差す

鋼が指を差された方を見ると日傘をさしている人の姿が見えた。よく見ると、どこかで見たことがあるような気もする

日傘を刺しているのは女のようだった。器用に日傘が人に当たらないよう、すいすいと人の波を泳いでいく

「鋼さん、あの人から見えないように私を隠してください。……いえ、必要とは思いませんが一応」

鋼は言われた通り女から狂宮が見えないよう立つ

「……思い出した。アレ、グレンデルの所長だろう」

綺麗な黒髪に宝石のような赤い眼。グレンデル所長代理、紅蓮。彼女のことを鋼は前に写真でチラッと見たことを思い出す

「そうですね。こんなに人がいるのに傘を差しているなんて頭がおかしいんでしょうか」

お前が言うな

そう言いたくなるのを鋼は我慢して人混みの中を進んでいく

「とにかく、見つかる前にさっさと行くよ」

向こうもこちらに気づいていないらしく、どんどん鋼たちとは逆の方向に進んでいく

そもそも、狂宮みたいなのならともかくこの人混みの中で知っている人物を見つけることが出来るのか、まず鋼たちのことを知っているのかどうかすら分からないのだが

二人は紅蓮からどんどん離れていく

その姿を紅蓮は後ろから一瞥したのだった


紅蓮から離れるように移動した二人はその後も歩き続け、現在とあるアパートの前に立っていた

先ほどまでの人の大群がまるで夢のように思えてくるほどアパートの周りには人の気配はなく、周りの家から出てきた猫が、我が物顔で道路を横切っていた

「うーん、ここのはずなんですけど…」

狂宮はスマホを弄りながらアパートをジロジロと眺める。ボロボロとまではいかないが、所々が錆び付いており一階部分には自転車が雑に並べて置かれていた

「なぁ良い加減何しにきたか教えてくれないか。まさか泥棒でもしようってんじゃないだろう?」

「違いますよ。遺物の確認って言ったでしょう」

「…その確認ってどうするんだよ。奪ってきたの、刀だろう。人でも斬る気か」

「そうですけど」

狂宮は淡々と答える

それに対して何か声を出そうとする鋼の口を狂宮は手で押さえると、逆の手でアパートの一室を指差す

鋼が指を差している方を見ると、そこには外出でもするのか部屋に鍵をかけている男の姿があった

「見つけました」

「…あれが目的の人?」

「ええ」

狂宮はバックから刀を取り出しながら鋼に説明をする

平川 慎二

現在、街の染料メーカーに勤めている。能力者。昔は別の所で働いていたが仕事のトラブルから退職。その数年後、今の職場で働きはじめるが無職でいる間に妻と子供が行方不明に、だが本人は特に警察に届も出さず普通に生活している

「まぁ狂気が絡んでいるので遺物の試し斬りには丁度かもとのことで」

「……?狂気が絡んでるってなんで分かるのさ」

「ふふっこれでも知り合いは多いんですよ」

答えになってない

もう一度聞くのも面倒だった鋼は何か能力でも使ったのだろうと考え、平川の方をじっと見る

「それで?アタシにあの人を斬る手伝いしろってこと」

「どうせ人殺しだろうし良いんじゃないですか」

狂宮は斬る気満々のようで刀をぶんぶんと振り回している。もしかしたらこの辺りに気味の悪いほど人がいないのも狂宮がなにかしているのだろうか。確証などないが、コイツなら躊躇なくやりそうな危なさがあった

「危なっ…。はぁ…分かったよ」

鋼はため息をつきながらアパートから出ようとする平川の元へ向かっていく

気は進まない。だがここで断れば後で面倒なことになる

今は狂宮たちから離れるわけにはいかないのだ。そのためには、こんなことでも大人しく言うことを聞いておかなくては

「私ここじゃ能力使えないので、適当に死なない程度にボコしちゃってください」

狂宮は平川から見えない位置に移動する

鋼は買い物に出かけるため自転車の鍵を探している平川へ声をかけた

「ちょっとそこのアンタ」

「はい?……わたしになにか?」

平川は警戒した目を鋼に向けるが能力を使おうとする素振りはない

(どんな能力か知らないが…先にぶん殴ってすぐに終わせる)

「アンタには申し訳ないけど、ここで死んでもらうよ」

「はい?な、なにを、言って――」

平川は言葉を言い終わる前に顔に強い衝撃を受け、吹き飛ばされる。扉を破壊し、野球ボールのように真っ直ぐ飛んでいった平川は部屋の壁に激突し床に落ちる

顔を殴った鋼の手は人体の出来る範囲を超え回転を繰り返していた

(やったか…?)

鋼は平川の様子を見るため部屋の中に入る。部屋の中は綺麗に整理されており清潔感のある部屋をしていた

鋼には一つの違和感があった

拳は確かに顔に入ったはずだ。だが殴った瞬間、鋼の手には妙な感覚が伝わっていた

上手く言葉にできない、確かな違和感。それがなんなのかハッキリさせるため倒れた平川の姿を見る

「……気のせいだったか?」

平川の姿は酷いものだった

顔への衝撃からか首が一回転して曲がっており、とても生きているとは思えなかった

罪悪感と殺してしまったことを狂宮になんて言い訳しようかなどと考えながら部屋を出ようとすると、あるものが目に入る

何の変哲もない冷蔵庫、だと思われるもの

それに鋼はどうしても気になる部分があった

「あれは…髪の毛か?…冷蔵庫から?」

「それにあそこから漏れ出てる赤い液体、まケチャップってわけじゃなさそうだけど…」

鋼は冷蔵庫に近づく。正直言ってこの中にあるものが何なのか、それはなんとなく理解していた

確認する必要はない、どうせこの騒ぎを聞いて警察がくるだろう。そうすればこの冷蔵庫の中身もいずれ分かることだ

それでも見ようとしてしまうのは、ただの好奇心なのだろう

「妻と子供が行方不明って言ってたっけか?まさか、ね」

鋼は冷蔵庫を開ける

その中にはバラバラにされ押し込まれた人間の死体があった。今にでも叫びをあげそうな苦しみを浮かべた二つの顔はどれだけこれが悲惨なものだったか物語っていた

「想像してたけど…見なきゃ良かったかな」

鋼は吐きそうになるのを口で抑える。狂宮にでも見せたら跳ねて喜びそうだが、それはそれで気持ち悪いので止めることにした

「はぁ…これどうしたもんか」

放っておく訳にもいかないが、通報をして調査をされるのも面倒だ

鋼は死体も見て、じっと考えていた。完全に意識は死体に向いている

それがマズかった

「うぐっ!?」

とてつもない力で鋼の首を何者かが絞める。鋼の後ろから声が聞こえてくる

「見てしまいましたね…お前が来なければ…お前が見つけなければ、私たちは平穏な暮らしを続けれたのに…!」

「コロシテヤル!!ワタシガ、カゾクヲマモルノダ!!」

「かっ……くぁっ…!」

(コイツ、まだ生きて…!)

平川の力はどんどん増していく。鋼は腕を絞めている腕を外そうと力を入れるが全く敵わない

脳に酸素が行かず、視界が白くなってきたのと首の痛みからそう長くは保たないことを鋼は感じていた

(し、仕方ない…!)

今出せる力を全て腕に乗せ地面を抉るように殴る。すると部屋の床は下の地面ごとまるで"ショベル"を使ったように半球に削れる

「ナニ…!」

突然、削れた地面に驚いた平川は力を緩めてしまうその隙に鋼は腕から抜けると平川の腹を蹴り、部屋から抜け出す

周りを見ると、道路やアパートの外に二人ほど倒れているのが目に入る。狂宮がやったのだろうかと考える間も無く、平川が鋼の方へと突っ込んできた

平川は勢いのまま拳を振るう

(やっぱり速いな…!)

反応が少し遅れ、頬を拳が掠るがなんとか直撃は避け鋼はお返しにと蹴りを放つ。だがそれを平川は軽く受け止め、片手で鋼の体を持ち上げると地面に叩きつけようとする

「ムゥッ!?」

しかしそれは失敗に終わった。鋼の体が後ろから引っ張られたように抜けていったのだ

平川が後ろを振り向くと、アパートの2階フェンスにまで腕が伸び、某海賊漫画の主人公のように引っ張られていく鋼の姿があった

「まいったね…力じゃ完全に負けかい」

2階へと上がった鋼は平川を見下ろす

「クソ…!オリテコイ!」

「まぁ焦るんじゃないよ。アンタに勝つ方法くらい、ゆっくり考えさせてくれ」

鋼はチラッと道路の方へと目をやる。来た時と変わらず人のいない(何でか倒れてるやつはいるが)寂しい様子だった

唯一、変化があるとすれば手鏡が落ちていることくらい

(…手鏡?)

鋼が鏡に気を取られ隙を見せた瞬間、平川は近くに落ちていた手にちょうど収まる程度の石を拾う

腕を限界まで後ろに曲げるとそれを鋼に向かって思い切りぶん投げた

石は真っ直ぐ飛んでいくと鋼の顔に掠り後ろにあった扉を破壊する

「オマエガコナイナラ、コノママウチコロシテヤル!」

狂気が合体したことにより上がった身体能力と平川自身の能力により、投げられた石は拳銃などですら軽く超える威力となっていた

(アイツノノウリョク…キケンダ。ダガ、アレハイッタイドンナ…)

「死ぬかと思った…狂宮め…!」

鋼は破壊されたドアの部屋を見る。部屋の中に人の姿はなくピンク色の家具や小物が詰め込まれていた。恐らく女性の住人なのだろう

主人の居ない部屋を守る動物たちも、まさか部屋の扉が破壊されるなど考えてもいなかったはずだ

(……見つけた)

部屋の中のある物に目をつけた鋼は腕を伸ばす

その間にも石ころは絶え間なく飛んできていたがフェンスを盾にして何とか防いでいく

「ハハハ!!イツマデソウシテイルツモリダ!」

「煩いね…言われなくてもすぐ終わるよ」

鋼は伸ばした腕を戻すと掴んでいたものを平川へと向ける

それは鋼より少し小さいくらいの姿見鏡だった

「ナンダ…?」

突如、鏡を向けてきた鋼を訝しむ

鏡に映っているのは人間の姿をした自分

そして、こちらに銃を向けている謎の女

「!?」

鏡に映っていた女のいる方を見る。しかし、そこには何も存在せず静かな住宅街が広がっているだけだった

パァンッ!!

「……なに……?」

銃声が響いた。そのすぐ後に平川は体に撃たれた痕を残しながら倒れていく

鋼は向けていた鏡を離し、2階から下へと降りる

「……最初からこうすれば良かったんじゃないかい」

「鋼さんが動き回るからじゃないですか。ま、終わり良ければ全て良しで」

道路に落ちていた手鏡の中から狂宮が出てくる。手には拳銃を持っており、楽しそうに指でくるくると回していた

「それにしても分かってくれて良かったですよ、『鏡を平川に向けてくれ』って私の考え」

「別に分かった訳じゃないが…どうせ何かするんだろくらいのちっちゃい信頼さ」

「それはただの問題児扱いじゃないです?」

二人は話しながら倒れた平川へと近づいていく

「殺したのか?」

「いえ、まだ生きてますよ。これも試さないといけませんし」

そう言って狂宮は背負っていたバッグから刀を取りだし、平川に向ける

平川…というより平川の中にいる狂気は観念でもしたのか特に抵抗もせずじっとしている。狂宮としては命乞いの一つでもしてくれた方が面白いのだが、痛めつけるのも面倒なのでそのまま斬ることにした

「それじゃあ、狂気入刀いっちゃいまーす!」

狂宮は刀を振り上げる。鋼たちの戦いを見てテンションでも上がっているのか素の性格に若干戻りかけているようだった

「よーいしょ」

刀は一切の遠慮なく平川へと振るわれた

遺物とは思えないほど美しい輝きを放つそれは平川の体を容易く斬る

はずだった

「あら?」

狂宮の目の前には無傷の平川

刀は体を斬るどころか、自身の役割を忘れたかのようにすり抜けていった

「…どういうことだい、こりゃ」

「刀って人を斬れないんですね。初めて知りました」

これには二人も当惑して、平川と刀を交互に見る

――が何度見ても、体には傷一つついていないし血など一滴も出ていない

刀も見た感じは何の変哲もない刀だった

「……う、うう」

「ん?コイツ気絶してたのかい」

いつ気絶したのか、平川は呻き声を上げながら体を起こす

だが起きてすぐに、はっと何かに気づいたような反応をすると頭を抱えてうずくまる

「あ、ああ……!!わ、わたしはなんて事を…!」

「……?おい、アンタ大丈夫かい」

鋼が声を掛けるも聞こえていないらしく、小さな声で「すまない……すまない…」と言い続けている

(狂気が消えた…?でも何故…)

狂宮は顎に手をやり考える

能力者と合体した狂気が能力者を残して消滅するというのは聞いたことがない。大抵は狂気または能力者の死に伴って共に死んでいく

(関係してそうなのは、この刀…でも何かを斬った感覚はなかった…)

もう一度うずくまっている平川の方を見る

すると狂宮は平川の側に何か落ちていることに気づいた

「何でしょうこれ」

狂宮は落ちていたものを拾い上げる

鋼の方も狂宮が何かしていることに気づいて近づいた

「……石?」

「宝石ってやつじゃないですか」

それは黒色の宝石だった

「へーこれが……高く売れたりしないのかい」

「さぁ?それは知りませんけど。でも何だか気味悪いですよ、これ」

狂宮と鋼は持った宝石をまじまじと見る

黒く、光すら通らない闇。触れているだけで吸い込まれてしまいそうな不気味な黒だった

宝石というものには詳しくない二人だったが、それでもこんな色をした宝石などあっただろうかと不思議に思う

「うーん?何だろうなこれ。そもそもいつから落ちてたんでしょうか」

「少なくとも刀を使う前には無かったね。それ以降は…覚えてないけど」

二人が話している間にも平川はうずくまり続けていた

「出てきたとしたら刀で斬って以降…」

狂宮は先日、大学で見た資料のことについて思い出す

昔の能力者は遺物を使って狂気から何かを得ていた

「まさか…これは男の中にいた狂気から出たもの?」

「じゃあさっき斬れたように見えなかったのは…」

「男ではなく中にいた狂気の方を斬っていたのかもしれません」

ただの憶測ですが。と狂宮は付け加える

「ま、何にせよ持ち帰って調査ですかね。そもそも仮に狂気から出てきたものだという予想があってたとして、で?これは何なんだって話です」

そう言って宝石をポケットの中に入れる

「コイツはどうする」

鋼は平川の方へ目を向けた

狂気から解放されたというなら、とっくに精神が戻っても良さそうだが未だ誰に向けてか謝罪の言葉を言い続けている

(…誰に向けてか)

冷蔵庫に詰められていた二人の死体を思い出す

「放っておけばいいんじゃないですか…?狂気殺してあげたんだから良いでしょ」

「……そうかい」

二人は平川に背を向け歩き始めた

徐々に日は落ち始めており、周りは闇に包まれようとしていた

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