今までの1
凍えるような寒さも落ち着いて、春の暖かさが出てき始めた春先の頃。小さな事務所に数人の男女が集まっていた
「それでは、これから不定期幹部会議を始めていきたいと思います!」
「はーい」
「……はぁ」
「あれぇ!?なんか元気なくない!?」
一人、大きな声を出している女の子とやる気が無いのか有るのか分からない返事をする男が二人。といっても男の片方は見た目だけなら女性にしか見えないのだが 「久しぶりの会議なんだからもっと元気出してこーよ!」
「つってもなぁ…この三人で何を話すことあるよ。ダダムガルの奴も出ちまってるのに」
男の一人、ボサボサ頭でボサボサのコートを着た方はもう片方の女装男、優梨の方に「お前もそう思うだろう」と言いたそうに顔を向ける
「えっと……世間話でもしますか?」
「しない!ほら、えっと、そうだ!最近の事件に関して話とか!」
「ここは、やはり一番ホットな話題である切り裂き事件について専門家らしく話し合いましょう!」
キメ顔でポーズを決めるグレンデル所長代理の紅蓮。いったい何の専門家なのか分からなかったが優梨はとりあえずそこは無視することにした
「切り裂き事件。確かこの辺りで起こったものでしたっけ。犯人の目撃証言もなく特定に繋がるような証拠も見つかってないとか」
「そう!もうとにかく怪しいでしょ!」
「ああ…その事件なら調べてみたぜ俺」
そう言うボサボサの男、赤本研吾の方に二人は首を向ける
「え、いつの間にそんなことしてたの」
「この前、狂気調査にいったついでにな。まぁ軽く"見に"行っただけだが――」
「結論から言うと、マジでなんも分からんかった。もう、さっぱり」
「「……」」
「「駄目じゃん!!」」
期待していた答えと違っていた二人は揃ってツッコミを入れる。赤本は小さな「仕方ねぇだろ…」と言うと火をつけたタバコを咥え話を続ける。
「素人目で証拠になりそうなものなんてとっくに警察が見つけてるし、現場に来てるやつ見ても能力者やら狂気やら色々来ててどれが怪しいんだか分からねぇしな」
「まぁそっかぁ…」
紅蓮は残念そうにしながらお茶を口に運ぶ。優梨は興味はあるものの、とりあえず黙って話を聞いていることにした
「能力者とか狂気が関係してないなら私たちの出番はないかなぁ…」
「まだ分からないがな。だれが怪しいか分からなかったってだけだし」
そう言うと、事務所の中は沈黙に包まれる。だが、それは三人が思っていたよりも早く破られた
ドンドンと扉を叩く音が鳴り出したからだ
「お客さんですかね?はーい、今開けます」
優梨はソファから立ち上がるとゆっくりと扉を開けた
扉を開けた先にいたのは、暑そうに汗をかいている若そうな男。春に近づいてきて暖かくなってきたとはいえ、ここまで汗をかく程だったか不思議に思った優梨だったが、まずは話を聞くことにした
「あそこのソファーに座ってください」
そう言って先ほどまで紅蓮が座っていた方のソファーへ手を向ける。紅蓮はいつ移動したのか奥の所長机に座っていた
男はソファーに座ったのを確認すると優梨は客に出すお茶の準備を始める。基本、依頼人から話を聞くのは赤本の仕事だ
「すみません…電話もせずいきなり来てしまって…」
「いえ、ウチはそういうの多いですから。お気になさらず」
(…能力者や狂気では無さそうだな)
赤本は自身の能力を使うため男に目を向けた。すると能力は反応せず目の前にいるのは普通の人間という結果が出たのだ
何もないかのように話を続ける赤本を見て、他の二人も男が異常な存在でないことを察する
「それで今日はどういったご依頼で?」
「ああ、はい。えっと…」
「ちょっと…死んでもらえないでしょうか…?」
「はい?」
男はそう言うと、ズボンのポケットから素早く何かを取り出し赤本へ腕を振るう
突然のことで反応が遅れた赤本だったが、素早く男の攻撃を避けると腕を叩いて男が持っていたものを落とすと、顔面を思い切り殴る
「ぐべっ…!?」
武器を奪われた男は逃げようと扉の方へと向かおうとするが、既に優梨と紅蓮によって逃げ道は塞がれていた
「はい、ストップ。もうあなたは何もできないよ」
「大丈夫ですか?赤本さん」
「ああ、…たく。俺は戦闘苦手だけどな、それでも修羅場はくぐってきてんだ。この程度じゃやられねぇよ」
男は壁を背にして黙っている
「それじゃ、何でこんなことしたか話してもらうよ」
「……?あれ?俺こんなところで何してるんだ?」
「は?頭大丈夫かお前」
暫く黙っていた男だったが、急にはっと目を覚ましたような反応をするとキョロキョロと周りを見回す
「な、何だアンタら。俺はどうしてこんなところにいるんだ…」
とぼけている訳でもなく現状に困惑している様子の男を見て三人は顔を見合わせて、とりあえずここに来るまでのことを聞くことにした
男の話を聞くと、数日前に仕事が終わって家へ帰っている途中からの記憶がないらしく何故ここに来たのかも分からないとのことだった
男が持っていたのは小さなナイフであり、グレンデルに来る前から血がついていたようだった。それを指紋がむかないよう気をつけて袋の中へと入れる
「とりあえず…警察行かないとだよね?この人のこともナイフのことも調べてもらわないと」
「それなら俺が警察に送ってきますよ」
優梨はそう言ってナイフの入った袋を持つ
「そう?それなら優梨さんにお願いしようかな」
「気をつけろよ。こいつの記憶がないのは能力によるものの可能性が高い。何でこんなことをさせたのか分かんねぇが……」
「ええ、十分気をつけます。それじゃあ行ってきますね」
ぎこちない運転で警察署を目指していく優梨
(頼むから誰も飛び出してくるなよ…!)
後ろの席には男が頭を抱えて座っている。小さな声で「俺はやってない」「俺じゃないんだ」と呟いており、 どうやら自身が人を刺した可能性があることがだいぶ心に来ているようだった
「…えっと、なんて言えば良いか分からないですけど仮にこれで貴方が人を指していたとしても、悪いのは貴方ではなく貴方を操っていた奴だと俺は思います」
「だから無罪になるかは…その…なんとも言えませんが」
「…ありがとう。優しいんだな男みたいな嬢ちゃん」
そんな事を話して警察署が近くなっていた時、歩道にこちらを見つめる筋肉質な男の姿が見えた
(なんだ…?変なやつ…)
そう思いつつ、真っ直ぐ通ろうとすると男は突然車の前に飛び出してくる
「!?ばっ――」
ブレーキは間に合わず、車は凄まじい速度で男に向かっていく。だが男はそれを避けることもせず、なんと受け止めて投げ飛ばしたのだ
「うぉぉぉぉ!?」
車は宙に舞って地面へぶつかる
「…はぁ!今日も俺の筋肉はグレートだぜ!!」
車を投げ飛ばした男は周りに見せびらかすようにポーズを決める。当然、観客などいるはずもなく風の通る音だけが聞こえていた
「げほっ…!なんだよお前…!」
逆さになった車の窓から這うようにして優梨が出てくる
「お、まだ生きてるか。良いねぇ〜見た目より頑丈そうで壊しがいありそうだ」
「後ろのやつはどうよ。まだ生きてる?」
男の言葉を聞いて優梨は後部座席の方を確認する。
後ろに座っていた男は大量の血を頭から流し、ぴくりとも動かない。あれでは生きていると判断するのは厳しいだろう
「あちゃ〜死んじゃったか。男ならもっと俺みたいに体を鍛えなきゃな」
今度は優梨に見せつけるように男はポーズを決める。人を殺して何も思わぬその姿に、優梨は嫌悪の目を男に向けた
「…お前何者だ?なんでこんなことした」
「おいおい、ヒーローインタビューは受け付けてないぜ?」
「俺のことが知りたきゃ力尽くでこいよ、シシーちゃん」
そう言いながら男は優梨へ向かっていく。どうやら戦いを止めるつもりはないようだった
「…上等だ。誰か知らないがその自慢の筋肉ごとぶっ飛ばしてやる」
優梨も立ち上がると、戦闘体制を整えた
(あいつは自分の筋肉に自信を持ってる。おそらく能力もそれに関係したものだろう…)
「何してくるか知らねぇけど、諦めた方が良いぜ〜?俺の肉体に傷をつけれるやつなんていないんだからな」
(俺の能力で出来ることは少ない…ここは力勝負するしかないな)
優梨は自身の能力を使って腕を巨大な異形腕へと変える。体がまるで無理やり押しつぶされているかのような激痛が走るが、必死に堪えて男へと向かっていく
異形化した腕を力任せに男に振るった。普通の人間ならば防御した部分ごと肉の塊にできる威力だ、加えて能力の影響で身体能力も上がっている
当たれば確実に男を倒す自信があった
「――弱ぇなぁ」
「なっ……」
だが男は攻撃を自慢の体で受けると無防備な優梨の体へ蹴りを入れる。優梨は凄まじい勢いで後ろへと吹き飛ばされた
「なるほどな…体を変化させて力を上げるそれがアンタの能力って訳か」
「おえっ…どうなってんだよその体。簡単に受けられるほど弱くはないつもりだったんだが…」
「ま、上には上がいるってことだ。それじゃとっととお寝んねしてな!」
男は腹を押さえている優梨にもう一度、今度は頭を狙って蹴りを放つ
優梨はなんとか避けようと急いで体を動か…そうとした
「!?」
突如、優梨の体の動きが止まる。そしてそのまま男の蹴りを食らった優梨は意識を失ってしまった
「…なんのつもりだ?」
男は誰もいない空間に問いかける。しかし返事は帰ってこず代わりに携帯の鳴る音が聞こえてきたのだった
夢を見た
子供の頃、自分と好きだったあの子が遊んでいる過去の夢。二人で鬼ごっこをしたり、お菓子を食べたり、とても楽しかったのを今でも覚えている
だけど、彼女の親が焦った様子でこちらに来た時すべてが変わった――
「彼女のお姉さんは死んで、好きだった子は狂気になったのよね」
「!」
優梨は女の声を聞いて目を覚ます。蹴られた部分がまだ痛むが辺りを見ると、どうやら自分は誰かの部屋の中にいるようだということが分かった
至って普通の生活感のある部屋だった
「ここは…」
「私の部屋よ。そんなに見られると恥ずかしいわ」
優梨は声のした方を向く。そこには室内だというのに傘を差している女性がいた。その女性を見て優梨は驚いていた、自身の知っている人物だったからだ
「…サウムさん?」
「久しぶりだね優梨君」
サウム
元獣医兼研究者であり、不思議な雰囲気の漂う女性。優梨も仕事の関係で何度か顔を合わせたことがあったが、最近はどこに行ったのかも分からず連絡も取れなかった
「さて、色々と聞きたいことがあるだろう。そうだな…まずは二つくらい君の質問に答えるよ。」
「その後は私の話を少し聞いてくれるかな」
「じゃあ…まず一つ。俺たちを襲ってきた男は何者ですか」
「ああ、彼かい?彼はね… 」
「私の友人だよ。とても頼りになる、ね」
サウムはお茶の準備をしながらそう答える
「友人って…じゃあアイツが俺たちを襲ったのはサウムさんが関係しているんですか?」
「それは二つ目の質問かい」
「……」
サウムは優梨の目の前にお茶の入ったコップを置く。氷の入ったお茶はとても冷たそうだった
「ふふっ、まぁその事は後で話すことに繋がっているから焦らなくてもいいよ」
「…二つ目です。切り裂き犯はどうなりましたか?」
「ん?ああ、彼か…。彼については残念だった。私も君以外にはやり過ぎないようにとは言ってあったんだがね」
「彼もそうですが、本当の犯人の方です」
"本当の犯人"それを聞いた時サウムはわざとらしく首を傾げた
「……さあ?そこまでは私も知らないよ」
本当かどうかは分からないがサウムからは「それ以上のことには答えない」と言うようなオーラを優梨は感じ取った
「さてこれで質問には答えたね」
(まだ聞きたいことはあるが…聞いてくれなそうだな)
二つ目の質問に答えた後、サウムは優梨の目の前に近づいてくる
「単刀直入に言おう。私の夢に協力してくれないか?」
「夢……?」
「実はとある物を作るために必要なものがあってね、それを君に集めてきて欲しいんだ」
「…なにを作るつもりなんですか」
「奇跡を何度でも起こせる宝石"賢者の石"私はそれが欲しいんだ」
賢者の石、聞いたことのない名前だったがサウムが欲しがるのだから余程のものなのだろうと優梨は思う
「その、賢者の石?を作るには何が必要なんですか」
「必要なものは二つ。一つは魂を作るための設計図」
「そしてもう一つは希望と絶望を物質化したもの。それも生半可なものじゃなく特大のね」
「?????」
優梨は何を言っているのかさっぱりわからなかった
「設計図の方はなんとかなりそうだが、希望と絶望の方を君に探して来てほしくてね」
「何故俺に?他の人に頼めば良いのでは」
「……まぁ君じゃなきゃいけない訳じゃないんだが。彼女が君を殺すなら協力しないと言うからね」
「それなら君にも協力してもらったほうが早く事は片付きそうだろう?」
彼女という言葉に優梨は反応する
誰のことだろうか?そこまで言うということは少なからず自分とは浅くない関わりがある人物のはずだが候補が思い当たらない
「優梨君には暫くその子と一緒に行動してほしいの」
「きっとその方が目的の物に早く辿り着くと思うから」
「あの、さっきから誰のことを…」
優梨が聞こうとする前に人差し指で唇を抑えられる
「焦らない。今、顔合わせしてもらうから」
「……入ってきていいわよ」
サウムがそう言うと部屋の扉が開かれる
そこにいたのは人間ではない人型の狂気。優梨はその姿に見覚えがあった。一度も忘れたことのない、好きだったあの子の姿
「霧子…!」
「芹子お姉ちゃん?」
四年前に狂気になってから行方が分からなくなった幼馴染の古里 霧子 (こりきりこ)がそこにいた
「……」
「……はぁ」
道路を走るタクシーの中で二人の間には重い空気が流れていた
サウムと別れてから、優梨は霧子と一度も話していない。何故、霧子がここにいるのかサウムに協力しているのかを聞いてもサウムには
「それは霧子ちゃんに聞いて欲しいな」と流されて当の霧子本人も口を聞いてくれないという優梨からしてみれば非常に困る状況であった
(とりあえず霧子のことは置いとくにしても…一気に色々なことを話されて頭がパンクしそうだ)
(これからのことは事務所に戻って皆と一緒に考えてもらおう)
窓の外を見ながら優梨は先ほどまでのことを思い出す。事務所に戻るまでの間に少しでも考えを纏めておきたかったのだ
(それにしても)
「……」
(沈黙が辛いな……)
「あのさ…今までどうしてたの?ずっと探してたのに」
沈黙に耐えきれなくなった優梨は霧子へと話しかける
「隠れてたの。…見つかったらきっと殺されるから」
霧子は顔にあたるであろう部分を優梨の方に向けるがすぐに窓の方へと顔を戻してしまう。だが、どうやら優梨の質問には答えてくれるようであった
「頼ってくれれば俺は君の力になったのに」
「…ごめん」
再び二人の間に沈黙が流れる。だがその後すぐに今度は霧子の方から口を開いた
「…私も聞きたかったんだけど、どうして芹子お姉ちゃんの格好をしてるの」
「えっと、それは――」
ぎこちないながら、事務所に着くまでの間二人は話を続けていた
「ただ今帰りました」
優梨は事務所の扉を開ける、中には幹部会議にもいた紅蓮と赤本そして霧子と同じく人型の狂気であるグレンデルのオペレーター、ダダムガルがいた
『オカエリナサイ、優梨サン』
「ダダさん!帰ってたんですね」
『エエ。先ホド、モドッテキマシタ。ゴハン出来テマスヨ。今日ノモ、ジシンサクデス』
ダダムガルは可愛らしいエプロンを着て台所の方に入っていく。そういえば朝から何も食べていなかったと思うと優梨は急に空腹感に襲われた
「さて…何があったか話してもらうよ優梨さん。そこの狂気のことも含めてね」
「……はい」
食事を待つ間、優梨は他のメンバーに先程までのことを説明した
「幼馴染の狂気、それに賢者の石か。ちょっと離れた間に大変なことになってんな」
ダダムガルの作った料理を食べながらメンバーに話をする。赤本とダダムガルは優梨の話を聞いて何か考えるように霧子の方を見ている。紅蓮は子供のようにはしゃぎながら霧子の体を触っていた
「凄い!この子ぶよぶよ!」
「やめてください…」
霧子も食事を食べて、顔にこそ出ないものの美味しそうに口の中に運んでいく
『ソレデ、優梨サンはドウスルツモリデスカ?』
「とりあえず…サウムさんに言われたものを集めてみようかと。希望と絶望を物質化したものだったかな」
「何だそりゃ…んなもん本当にあるのかよ?」
「分かりません。でも探してみないと分かりませんし…」
優梨は料理を食べながら霧子の方を向く
「それに賢者の石なら、霧子を人間の姿に戻せるかもしれない」
霧子はそれを聞くと食べるのを止め、優梨の顔を見る。しかし、すぐに何も言わず下を向いてしまった
「あー…その、賢者の石を作るのは良いんですけど、実は優梨さんに頼みたいことがありまして」
紅蓮は食後のデザートであるプリンを食べながら、メモ帳を取り出す
「頼みたいことですか?」
「うん。さっき依頼が入ったんだけど、それを優梨さんに頼みたくて。私も別の仕事が入ってるし、赤本さんとダダさんは仕事終わらせてきたばっかりだし…」
「ああ、それなら大丈夫ですよ。今日は俺なにもしてませんしね」
「疲れてるだろうけどごめんねー…」
紅蓮はプリンをどんどん食べていく。凄まじいスピードだ。優梨も食べ終えた食器を片付けると、仕事の準備を始める
「私も行くから」
「分かった。…サウムさんにも一緒にいてって言われてるしね」
事務所から出ていく優梨と霧子を他のメンバーはじっと見つめていた
優梨と霧子は駅前にある噴水の近くにやって来る
「報告のあった場所はここだけど」
優梨は辺りを見回す。そこにはなんの変わりもない光景が広がっており、何か事件が起こったような様子もない。強いて言えば人の数がいつもと違って全くないということくらいだろう
「…何か起こったようには見えないけど。あの女所長にでも騙されたんじゃないの」
霧子も特に異常は感じなかったようで、キョロキョロと顔を動かしながら冗談を言う
「紅蓮さんがそんなことする訳ないだろう。とはいえどうしたものか…」
困ったように優梨は噴水へと近寄る
そもそも依頼してきた人物は誰なのだろうか。それすら聞かず出てきてしまったせいで、何も情報がない
(一旦、事務所に連絡してみるか…?)
そう考えて、何気なく噴水を覗き込んだ時だった
困り顔で噴水を覗く優梨、そして優梨の首に向かって注射器のようなものを刺そうとする女がそこにはいた
「うおっ!?」
優梨は咄嗟に噴水から離れる
「どうかしたの?」
優梨が咄嗟に噴水から離れたのを見て、霧子は近づいて来る。どうやら優梨が襲われた場面は見ていないようだった
「いや、さっき何か持った女がいて―」
「女?人なんてどこにもいないけど」
霧子に言われて優梨は周りを見るが、確かに女どころか人すらそこにはいなかった
「本当だ…まさか今のが依頼されてた能力者か?」
おかしなことがあればだいたい能力者か狂気によるものだ
そう考えて、優梨と霧子は女を見つけた噴水の方を見る。すると二人は噴水から出ている水の中に光るものを見つけた
それは水の中で美しく光ると二人の方へと飛んできた
「痛っつ…!」
霧子は自身へ飛んできたものを能力を使って崩壊させる。しかし優梨は反応できずに飛んできたものが腕へ刺さってしまう
刺さったものを確認すると、それは解剖などで使うメスであった
「あの筋肉男の時にも思ったけど、優梨君、避けるの下手すぎない?」
「戦うのは苦手なんだ!」
優梨は腕に刺さったメスを抜くと、力任せに噴水の方へと投げる。それは水を通過して噴水にぶつかるだけであった
「残〜念♪大外れ〜」
メスが噴水に当たった直後、二人の後ろから女の声が聞こえてくる。それは優梨たちを馬鹿にするように楽しそうな声色をしていた
二人が振り返るとそこには白衣を着た長身の女性が立っていた。女性は笑顔で二人が振り向くと、ひらひらと手を振る
「お前がここで暴れてるっていう能力者か」
「んー?まぁ、そうじゃない?」
優梨からの質問に白衣の女は他人事のように答えた。暗くてよく見えないが、どうやらスマホを弄っているらしい
「私、依頼の内容とか聞かされてないからさーどんなこと言われてるか知らないんだよね。…あ、ごめん今の無し。ちょっと忘れて」
「何言ってるのかしら。一人で盛り上がってないで教えて欲しいのだけど」
霧子は殺気を込めて自身の指を女に向ける
「無駄だよ。その能力、私には効かないって知ってるから」
「!」
「こういう時、能力バレてると不利だよねー。あらよっと」
白衣の女は霧子の行動を気にもせず、二人に向かってスマホを構える。パシャっとシャッターを切る音が小さく聞こえたため、どうやら二人をカメラで撮ったようだ
「それじゃ、私はこれで」
そう言って白衣の女は何事も無かったかのように立ち去ろうとする
「はぁ!?待てよ!何しに来たんだお前!」
「んー、いや本当は貴方を殺しに来たんだよ?でもなんかオマケで気持ち悪いの着いてきてるし、とりあえず今日はもうお腹いっぱいかなって」
「君たちも今日は大変だったでしょ?今のうちに休んどくといいよ、どうせこれからもっと大変なことになるんだからさ」
女は優梨の方を向き、人差し指と親指で銃を作ると発砲のジェスチャーをする。その瞬間、女の姿は消え後に残されたのは二人だけであった