今は遠き問いへの答え

今は遠き問いへの答え


 それは幼少の記憶。

 まだ世界が残酷だと知らず、輝かしい日常が続くと、そう信じていた頃の話だ。


「むむむ……」

「なぁに、ルフィ? 悩み事?」


 東の海のゴア王国フーシャ村にある酒場『PARTYS BAR』。

 そのカウンター席でジュースを飲んでいたルフィが唸る。

 酒場の店主であるマキノは、珍しく何かを考え込む少年を覗き込んだ。


「あのさ! マキノ! フーフって好きな奴となるモンだよな!?」

「え? まあ、そうだと思うけど……?」

「おれってウタのこと好きなのか?」

「えぇっ!?」


 少年のことを良く知るマキノは思わず仰天した。

 あのルフィが、まさかの恋愛相談である。

 色気より食い気を地で行くルフィが‼


「どうしたのルフィ? ウタのこと、気になる?」

「いや、全然」


 しかし、それにしては妙にさっぱりとした態度だ。

 年ごろの子供ならば、こうした恋愛話をする時には初々しく照れを見せそうなものだが、ルフィは至って平常運転。

 次の瞬間には夕食のことを考えてそうである。


 これは単純に色恋に興味を持ったわけではないらしいぞ、とマキノは困惑の色を深めていく。


「昨日さ、ウタと勝負してたら、見ていた八百屋のおっちゃんが言ったんだ。まるでおれとウタがフーフみてぇだって」

「ああ、なるほど」


 ルフィはこの小さな村で育った子供だ。

 親がおらず、祖父も多忙であるため、フーシャ村全体が彼を我が子・あるいは孫のように可愛がっている。


 そんなルフィに幼馴染の女の子ができたのである。

 野次馬根性を覗かせて、そうした冗談を言ってもおかしくないだろう。

 ルフィとウタが微笑ましいほど仲良しなのは事実であるわけだし。


「なあ、おれってウタのこと好きなのか?」


 それを冗談ではなく、言葉通りに受け取ってしまったということだろう。

 まっすぐなルフィらしい話である。


 さて、これはどう答えるべきかとマキノは思案する。

 変則的な話ではあるが、ルフィが色恋に興味を示すのは珍しい。

 このままでは、そういったことに縁がないまま大人になるのではないかと村の大人達に危惧されているルフィがである。


(これを逃したら、一生恋人なんて持たなそうだしねぇ)


 慎重に答えを返した方が良いだろうか。

 まずはルフィがウタのことをどう思っているかを確かめねばなるまい。


「ルフィはウタと夫婦……家族になるのはイヤ?」

「分かんねぇ。今となんか違うのか?」


 物心ついた時から、両親がいないルフィには夫婦というものが分からないようだ。


「あ、でもケッコンは人生の墓場だって皆言ってた!」

「あはは……そういう人もいるわね」

「おれ、窮屈なのはイヤだ! 自由じゃねぇ!」


 大人たちの軽口のせいで、ルフィが結婚に凄まじい偏見を持ってしまっている。

 これはいけないとマキノは慌てて訂正した。


「それは照れ隠しみたいなものよ。だって本当にイヤなら夫婦を止めればいいでしょう? けど、その人たちは結婚したまま」

「あれ? そういやそうだな? なんでだ?」

「きっと、相手のことが大好きだからよ」

「あ! だからフーフは好きな奴らがなるのか!」


 納得したのかポン、と手を叩くルフィ。

 と、ここで首を傾げた。


「ん? でもヤソップは好きだけどフーフじゃ……」

「あの人は参考にしちゃダメ」

「そっか」


 好感の持てる人物ではあるが、家庭人としては落第の狙撃手は一旦忘れさせる。

 話に加えるとややこしくなる。

 幸い、ルフィもヤソップに関しては棚上げしてくれるようだった。


 何となく、夫婦というモノが理解できたルフィ。

 つまり、八百屋の店主はルフィとウタがお互いに好きだと思ったのだろうと。


「……結局おれってウタが好きなのか?」


 夫婦が嫌なモノではないと分かると、最初の疑問に戻る。

 まだこれくらいの頃だと、友愛としての好きと恋愛としての好きは別だろう。

 小難しく説明してもルフィは飽きてしまう。


「そうねぇ……ルフィ? ルフィはどんなことをしていると幸せ?」

「ん? んー……メシ食ってるとき!」

「ふふっ、そうだね。もし、ご飯を食べている時に、隣に大好きな人がいてくれれば……もっともっと、ご飯が美味しく感じられると思うわ」

「つまりオトクってことだな!」


 できるだけルフィに分かりやすく説明したつもりだったが、やはりピンとは来なかったようだ。

 既にルフィの意識は夕飯に持っていかれてしまっている。


「……お、もう来てたのかルフィ」

「いらっしゃい」

「あー、シャンクス~!!」


 そこにやってきたのはシャンクスたち。

 どうやらグランドラインでは名の知れた海賊らしいが、今はこの『PARTYS BAR』の常連であり、ルフィの友達だ。


「なあ! シャンクス! おれを今度の航海に連れてってくれよ!」

「おいおい、またか。駄目だって何度もいってるだろう」

「えーケチ—」


 お決まりのやりとりをしながらシャンクスがいつもの席に座る。


「もう、何度言っても無駄だって分かればいいのに」

「なんだと~!」


 そしていつも通り、茶々を入れるウタに突っかかるルフィ。

 傍から見て、今の二人の間に恋愛感情はなさそうだ。


 ただ、二人の距離はとても近い。

 男女の差がはっきりとしない時期だからこの調子だが、大きくなって色々と経験を積んでいけば、幼馴染以上の感情を抱くこともあるかもしれないと思えた。


「あらあら」

「ん? 今日は随分と機嫌がよさそうだな、マキノ」

「ええ、仲がいい二人が見れたので」


 この相談はシャンクスには内緒だ。

 きっと彼らはこの話を聞いた瞬間、それはもうルフィが拗ねる勢いで揶揄うだろうから。

 少年の純情は人知れず守られた。


「……よーしルフィ、そこまで言うならテストをしよう」

「おっ、お頭アレをやるつもりだな!」

「テスト!? 今度はなんだ? 絶対に成功してやる」


 シャンクスはそういうとおもむろに何かを取り出した。

 悪い顔をしている。


「肉?」

「ああそうだ……っと、まだ食うなよ? これから時間内にこいつを食べれたら、次の航海に連れてってやる」

「本当か! よーし、こんな小さな肉なんて十秒で食べてやる!」

「言ったな? なら十秒だ」


 ルフィに渡された干し肉は小ぶりだ。

 チキンレースなどをウタとやることもあるルフィは、かなり食べるんが早い。

 あの程度の大きさならば十秒もかからなそうだが……?


「行くぞ? 十、九、八……」

「いただきまーす!」


 ガブリ! と肉に噛みつくルフィ。

 そのままモグモグと咀嚼し、突然固まった。


「ぶぺぇえぇぇええっ!?」

「だっはっはっはっはっ!」


 奇声を上げて噴き出すルフィ。

 マキノは驚いたが、それは他の面々には予想済みだったらしい。

 シャンクスたちは大口を開けて笑った。


「ぺっ、ペっ……ま、マズー!? しょっぺー!?」

「ほらほら後三秒だぞ?」

「ううっ、コンニャロ……オエ~」

「二、一……失敗だな!」

「ううっ、畜生~~!」


 どうやらシャンクスが持ってきた干し肉は、保存性には優れているモノの味は最悪なモノだったらしい。

 つまり、十秒で食べるなど無理な代物だったのだ。


 卑怯だぞー! と叫ぶルフィを見てシャンクスたちは腹を抱えて笑った。

 大人げないことである。


「ぷぷ~、カッコわる~い」

「だああっ!? 笑うなー! ウター!」

「そうだぞ、これを食った時、ウタも大泣きしてたじゃないか」

「あー! ちょっとシャンクス~! 言わないでよ~っ」


 残念ながら次の出航にもい行けなかったルフィは頬を膨らませていたが、ふと何かを思いつきウタの横に駆け寄った。


「……? ルフィ?」


 急に近づいてきたルフィに戸惑うウタ。

 そんな彼女をよそに、ルフィはもう一度干し肉を食べた。


「むぐむぐ……」

「ちょっと、もう食べても船には乗せないわよ! もうルフィの負けなんだから!」


 ルフィの悪あがきだと思ったのか、ウタが眉を吊り上げる。

 だが、そうでないことにマキノは気が付いていた。


「むぐむぐ……ウ゛ッ!? マキノ、マジィままだぞ」

「はあ? 何言ってんのアンタ」


 ウタを指さすルフィ。

 指をさされたウタは話に付いて行けず、困惑するばかりだ。


「あらあら……いつか、美味しくなるかもよ?」


 それは幼少の記憶。

 まだ世界が残酷だと知らず、輝かしい日常が続くと、そう信じていた頃の話だ。










◇◆◇









 砂の大地をしっかりと踏み込む。

 吸い込むようにサンダルを履いた足は沈み込み、ぐらりと体が揺れた。


「っとと、ウタ? 平気か?」

「う、うん」


 防寒具に身を包む二人は現在、海軍の追手から逃れるために砂漠の道を進んでいた。

 砂漠と言えば熱いモノだと思いがちだが、太陽が届かない夜は凍えるように寒い。

 ウタを背負うルフィの口から白い息が吐き出された。


「ごめんね、私が背負って貰っちゃっているから……」

「気にすんな! お前は休んどけ!」


 砂漠を移動するのは体力を使う。

 追手の対処のためにウタウタの能力を使うため、ウタは体力切れを起こさないようにルフィに背負われて移動していた。


「にしてもひれーなー」

「砂漠だからね。これでもクロコダイルの件の時よりも時間は短いし」

「朝になる前に穴掘って寝てるからな。あっはっは! 全然進まねー」


 申し訳なさそうにするウタに、ルフィは豪快に笑い飛ばした。

 時々吹く砂風に顔を汚しながらも、白い歯を見せる。


「今日もそろそろ穴掘るか?」

「いや……確か地図が正しければ、この先にスラム街があるみたい。そこでちょっと休んでいこう!」

「おっしゃー! 肉あるといいなァ!」


 ウタを背負い直し、導かれた方角に進む。

 何も考えていないように見えるルフィだが、その歩みは極力振動を抑えていた。

 ウタに少しでも消耗させないためだ。


 ぎゅっと、肩に回した腕に力が入る。

 その手を優しく握ることで、ルフィはウタを勇気づけた。


 スラム街に入ると人はいなかった。

 縄張りに入るなと襲われると思っていたが、案外優しい人たちなのか。

 あるいは、こんな場所でも自分たちの顔が知られているのかもしれない。


「疲れたー! メシにしよう! メシ!」

「うん、ちょっと待ってね」


 ここまで動かなかった代わりということなのだろう。

 隣にいるウタが料理を用意してくれているようだ。

 大人しくそれを待つことにしたルフィは、料理ができるまで星を見ることにした。


 ルフィに星座は分からない。

 ただ、星々の輝きがいつかのコンサートでみた演出に似てるなーと思っただけ。


 焚火の音が小さく鳴る。

 その火で体が温まってきた頃合いでウタが口を開いた。


「ルフィ、できたよ」

「おっ! いっただきまーす!」

「その、あの干し肉を使ったからあんまり……」


 海軍に追われる身になってから、二人は今日の食べ物を手に入れるにも一苦労だ。

 この干し肉は、この街の港で廃棄されていたものだ。

 保存性が良いから積んだものの、美味しくないので船が着いたらすぐに捨ててしまったのだろう。


 シャンクスたちもこれを初めて買った時は、全員真顔になったものだ。

 すぐにフーシャ村に戻ったら、ルフィに食べさせようと思いついてニコニコになっていたが。


 そんなものと、このスラム街の廃棄場で捨てられていた、九割腐っている野菜で作ったスープだ。

 今は夜だからはっきりとは見えないが、酷い色合いに違いない。

 こんなものしか出せないことを恥じるウタ。


「……」


 ルフィはじっと自分の隣にいてくれる人を見つめた。

 そして、スープを木の枝で作った箸で掻き込むと、ウタに太陽のような笑みでニカッと笑って見せる。


「メシがウメェ!」

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