人類種の天敵

人類種の天敵


「ハズレだ。撤退するぞ」

仕事も終わり、なんか面白いもんないかなと敵船をうろついていたところに兄の声がかかる。今回のターゲットの実もおれたちが求めるものではなかったらしい。

それなら早く、家族のもとに帰らなければ。きらきら光る青い石をポケットにつっこんで、言いつけ通りできるだけ体の血を落として船に戻る。

おれはドンキホーテ・ロシナンテ。

兄、ドンキホーテ・ドフラミンゴの弟で、兄の海賊団の戦闘員をしている。

あと、ナギナギの実の能力者。趣味は狩り。特技も狩り。

好きなものは狩りと、おれたちの家族。


「おかえりなさいロシーさん!今日は何を拾ったの?」

アジトに戻るとベビー5がきゃらきゃら笑いながら駆け寄ってきた。ポケットから石を取り出して見せてやる。

「きれい!宝石かしら?」

「きっとまたガラス玉だすやん!」

アイス片手にやってきたバッファローの言葉に少し首を傾げる。たしかに前のはガラス玉だってピーカに言われたけれど、売り物にするわけでもないのだ。見た目がきれいならなんでもいいんじゃないだろうか。

子供たちの笑い声につられて、ちょっとだけ嬉しい気持ちになった。子供は好きだ。

小さくて、やわらかくて、ふわふわしている。きっとベビーが以前教えてくれた野良猫たちみたいな感じだ。気ままに、懸命に生きていて、命に容赦がなく、いつの間にか現れたりいなくなったりする。ほら、アジトに居る子供たちにそっくりだ。

「おい!先に血を洗い流してこい!またドフラミンゴに叱られるぞ!」

あ、あの子供だ。

「その前にまたローのお小言だすやん」

「ケチ!」

本を抱えて現れたローの非難を込めた目線を受けて、ベビーがおれの後ろに隠れる。最近家族の一員になった、海の匂いのする子供。もしかしてしょっぱい味がするのだろうかと思って捕まえてみたことがあるのだけれど、コラソンに取り上げられてしまって実際どうなのかは不明だ。

「お前らロシナンテに甘すぎるだろ…」

非難の眼差しが今度はおれを睨め上げた。このまま兄上に怒られてもちょっと困るので、さっさと流してしまおう。お揃いのファーコートは血汚れを落とすのが大変らしく、この間うっかり血がこびりついたまま羽織ってしまい洗濯係のベビーに迷惑をかけたところだ。

「若様!」

「お戻りだすやん!」

「ドフィ!!」

案外早く戻った兄の足止めは子供たちに任せて、近付いてくる香水の匂いから急いで逃げ出した。

本日もおれたちの家は平和である。


「またかロシナンテ!!」

今にもパンクしそうなグラディウスを前に、おれは自室の壁に開けた風穴に板を立てかけていた。

憤然として言葉を重ねる彼に返す言葉を、おれはとくに持っていない。兄の目線がふいに動いて、左の指先が何もないところを捕えるのを見たから。それで試しに蹴りを入れてみただけなのだ。"何者か"の手応えはあった。それから兄は指を動かすのをやめたから、きっとこれで良かったのだ。

おれの兄上には、ひとと違う世界が見えている。

そのことに気が付いたのは、おれたちがまだ天上に住んでいたころのことだった。

その道は通るな。変なものがいるから、鐘の音が聞こえるから。

近道をしていこう。行き止まりの先には夢みたいな隠し道があるから。おれたち兄弟だけの秘密のお庭があるから。

おれにはぜんぜん見えも聞こえも分かりもしなかったけれど、それらは確かに存在していて、おれたちにも何かしらの影響があるものだった。

今はもうそれを知っているのはおれと最高幹部たちくらいで、別にそれで十分だ。おれにモノを壊す癖があるとか、ちょっとどこか狂っているとか思われていたって、ぜんぜん構わない。普通なんてものをお互いに求めることがないからこそ、おれたちは家族でいられるのだから。

だから、あの海の子供がきれいな真っ白い卵だっていうことも、おれにとってはほんとうのことなのだ。兄がそれを養っていることも、宝物のように愛していることも、たくさん血が必要なことも、全部が全部ほんとうなのだ。

かつて父を狩った短銃を手入れしながら、これからのことを少しだけ考えてみる。

ひとつのことにひとつ以上の理由や結果をもたらすのは、兄上が得意としていることだ。おれはそれほどかしこくはないから、もっと簡単に生きていた。

兄の宝物ならおれも守る。たくさんの血が必要なら、敵を狩って集めてくる。

それで兄が笑うなら、おれにはそれだけでいいのだ。



血を流し、流させながら雪の降りしきる街だったものの間を駆ける。家族が選んでくれた服も最後だからと着て来た黒いファーコートも穴だらけであちこち破れたりしていたけれど、熱い血の流れるおれはちっとも寒くなんてなかった。

懐には、兄の宝物のための悪魔の実。

バレルズの所で武器を向けてこなかった子供に保管場所を教えてもらって、しっかり持ち出してきたのだ。もちろんちゃんとお礼も言った。

バケモノだ。撃ち殺せ。

たくさんのにんげんの声が聞こえる。バラバラの格好をして武器を構えたにんげん。雪みたいに真っ白なコートを羽織ったにんげん。彼らも敵同士みたいで、だけどおれにとってはみんな獲物で間違いない。凪をかけたまま狩場を見回し、丁寧に狩りを進めていく。

しばらくそんなことを続けていたら、遠くにおれたちの船が見えた。

こっそりアジトを抜け出したのがバレたようだ。

だって朝鏡を見たら、おれも兄上とおんなじ目になっていたから。きっとおれがそうなってしまったらもう、おしまいだから。

最近疲れた様子でいることが増えた兄の代わりに、あの実を獲ってこようと。

たくさん集めた血を、最期に兄に届けようと。それだけのことだった。

もう少し、もう少しだけ獲物を狩ったら、兄のところに悪魔とこの血を届けに行こう。そう思って、今しがた狩った男の両刃斧を拾い上げた。


「ロシナンテ!!」

珍しく焦ったような兄の声が聞こえる。目は、もうよく見えない。

「お前、なぜ、独りで」

きらきらと、瞼の裏で青い光がきらめいた。あの透明な青い石ころみたいな、血の臭いに塗れた雪を照らす月みたいな青い光が。

兄上、あにうえ。

家族皆が笑うくらいにはドジなおれだけど、ほらこれ、オペオペの実、とってきた。

ずっと探してただろ?ここにあるって聞いたからさ。

血だってたくさんあるんだ。これでしばらくしんどくないよな。

「ロシー、お前…」

ごめんな。おれ知ってたんだ。兄上おれのこと、怖いんだよな。

兄上の喉笛に父上の手がかかるのが見えたから、傍に転がってた銃で撃った。

そのころおれは、大抵のにんげんは脳天を撃ち抜かれたら死ぬってことも知らなかったから、万が一にも兄上の首がちぎられてしまわないように撃てるだけ弾を撃ち出して。そうして狩りと獣を知った。

そういや兄上がおれを殴ったのは、あの時のいっかいきりだったよな。

今は家族となった知人たちのもとにおれを引きずっていった兄のちいさな手は、思えばひどく震えていた。

ずっと気高くて、強くて、かしこくて、獣をひどく憎んでいた兄上。

きれいな蕩けた赤い瞳を持って産まれてきた、おれのあにうえ。

「あにうえ」

いきものすべての音が絶えた雪の中に、兄が息を吞む音だけが響いた。

おれはずっと獣だった。だからひとと言葉を交わす必要なんてなかったし、喋ったりなんかしなくても家族みんなと穏やかに暮らすことくらいできた。幸せだった。

だけど兄はそうじゃなかったから。ひとのかたちを誰よりも愛するひとだから。

だから最期に、おれも言葉を遺していくのだ。

呪われた血を、獣を憎み、それでもおれを愛してくれた兄に。

最初の狩りから共にあった、獣狩りの短銃をこめかみに押し当てる。おれが最後に狩る獣は、ずっと前から決めていた。

心が言葉に形を変えたことをしっかり確認して、ぬるくなった引き金に指をかける。


ああ、うつくしい獣たちの、うつくしい瞳の兄よ。

お揃いの瞳になったおれをいつか思い出してくれるなら、きっと、笑顔がいい。

ありがと。さよなら。あと、それから。


「愛してるぜ!!」







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