人間の条件:下

人間の条件:下


おれは実のところ、かなり腕っぷしが強い部類だったらしい。

それを知ったのは、少しの療養期間のあと、海兵となってからのことだった。当時教官を務めておられたゼファー先生に指摘され、おれを推薦してくれたヴェルゴさん共々呼び出された時には肝が冷えたものだ。その時になって、実は同僚から苦情めいたものが出ていたということも知った。曰く、力が強すぎて訓練にならない、らしい。

しかし、悪魔の実が溢れ海賊の跋扈する大海賊時代にあって、それはおれの先行きを照らすものでもあった。この時代にあって、上官に求められるのはまず個の戦闘力。偉大なる航路のデタラメな海賊連中を取り締まるには、何よりも力というものが必要だった。

もしも今、父とおれを殺さなかったあの男の前に立ったならば、おれは彼に敵うのだろうか。

程なくして王下七武海、そして加盟国の王にまでなった男の背を時折思い返しながら、おれはかなりの速さで階級を上げていった。

「その出世の速さ、ロシナンテを思い出すよ」

ロシナンテ。それは、おれを引き取ってくれたセンゴクさんの養子、だった人だ。

単独任務が多く、おれと入れ替わるようにして姿を消した海兵。

いい奴だったよ、おれなんかよりずっと。そう、彼の同僚だったという海兵は笑っていた。

ロシナンテという人間の痕跡は至る所にあった。

軍学校の逸話に、マリンフォードの自室の隣の部屋に、懐かしむような、惜しむような先輩海兵の話に、センゴクさんのふとした態度にも。

そこで知り得たロシナンテさんの総評は、とんでもなくドジだけれど人一倍正義感が強く、けれど愛嬌のある優しい人というものだ。アルバムに見つけたへらりと笑った写真は、なるほどと納得させられる朗らかなものだった。

ぼんやりと像を結んだそれに亀裂が生じたのは、あの人の部下であったというスモーカーさんに話を聞いたときだった。わざわざ話を持ちかけた理由は一つ。他の多くの海兵と違い、スモーカーさんが自分からあの人の話をすることは一度もなかったから。それだけだった。

「あの人は誰よりも、正しくあろうとした人だった」

正しくあろうと生きるのは、己の正しさを最初から信じるよりよほど苦しいことだ。そう言ったスモーカーさんは、当時から昇進を蹴っては前線に立ち続けていた。佐官というものは、そういう立場だ。

その理由の一つをおれは、葉巻派であるはずのその人のデスクにぽつりと置かれた、安物の紙巻きタバコの箱に見た。それは誕生日を知らないロシナンテさんがセンゴクさんと出会った記念日の、マリンフォードを強い日差しが照りつける昼下がりのことだった。

おれも、正しさを選び取る苦しく絶え間ない努力から逃げることはしたくない。

そう強く思った。

それを忘れ果てた時におれはおれを掬い上げてくれた全ての人を、そして何よりあの日の自分を裏切ることになるのだから。

「……その在り方は、ロシナンテさんの単独任務と関係があることですか」


ほどなくおれは、センゴク元帥直属の"特殊"部隊、SWORDの一員となった。時に世界政府すらも欺き任務にあたるその部隊の一期生にロシナンテさんの名を見つけても、もう驚きはしなかった。

志願兵で構成された部隊への入隊試験は、驚くほど厳しいものだった。同期からあれこれと言われてきたおれでも、苦しいと感じる訓練がいくつもあった。敵地のただ中にありたった一人で全てを決断し選択する有様には、一般的な海兵とはまた異なった精神性が要求される。

だが、おれはその選択を後悔はしなかった。海軍という組織が正義のヒーローではないことくらい、おれもすぐに気が付いた。それは養父の、智将と呼ばれるセンゴク元帥の背中から学んだことでもある。けれど剣の名を持つその部隊で、おれ達は土壇場で正しさを選び取る権利を与えられていた。たとえ全てから裏切られたとしても、正しい選択から手を離さない自由が。

だからきっと、これで良かったのだ。

古い資料に、ロシナンテさんが消えた任務を見つけたとしても。潜入先に選ばれていた海賊団の名が、かつておれを救った男の名を示していたとしても。

あの日の選択を、奇跡の医療の街に生きるあの男の魂を見極めるための全てを、今のおれは手にしたのだから。

スモーカー中将の報告でようやく支部からやって来た軍艦に乗り込み、あらゆる秘匿と噂の渦巻く街へと向かう。

おれの兄になるはずだったあの人の影を色濃く落とす、凪の海のその先へと。






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