(人生2回目の闇オークションでカイザーと出会った冴)
2度あることは3度あると言うが、闇オークションに出品される経験の2度目を只今消化している自分は3度目も既に決まっているのだろうか。面倒臭いな。
ステージまで運搬しやすいようにという意図なのか、白百合で飾り付けられた車椅子という謎チョイスの乗り物に鎖で括り付けられた状態で冴は嘆息した。
前回の闇オークションは待機場所に自分1人しかいなかったが、今回はもう1人いる。彼とセットで目玉商品なのだろう。
年は冴と同じくらいに見える。金髪の毛先を青に染めたグラデーションヘアはよく手入れされているのかキューティクルに光沢があり、冴のそれよりもハッキリと青に寄ったブルーアイズは宝石だの深海だのに例えられ慣れていそうだ。
不機嫌さを隠そうともせず目を細めて虚空を睨みつけている姿はいかにも気が強そうである。そんな表情の似合う鋭い美貌の持ち主でもあった。そして青薔薇と茨をモチーフにしたタトゥーが首から手にかけて白い皮膚に彫られている。
着せられているのは冴と同じパンツスタイルのウエディングドレス。デザインは微妙に違いがあり、冴のパンツドレスがリボンやレースでフワフワしているのに対し、彼のパンツドレスはビジューやスワロフスキーでキラキラしていた。シルエットもこちらはエンパイアラインで、あちらはスレンダーラインだ。
共に頭から被らされている刺繍入りのウエディングベールと、立ち上がらせるつもりの無さそうなブライダルシューズの造形だけは一致していた。
どうやら今回の闇オークションはテーマが花嫁らしい。反吐が出そうだ。嫁くらい金で買わずに自力で口説け。
ひたぶるに心の中で悪態を吐いていると、真隣からジロジロ眺められていたのを遅まきに察知したブロンドの少年が視線をこちらに寄越した。人のことは言えないが、威圧感さえある眼差しだ。とても闇オークションで売り飛ばされる運命の悲劇的シチュエーションにいるとは思えない。
「……見世物じゃないぞ。クソ不快だ、不躾に鑑賞するな」
それだけ吐き捨てると少年はまた前を向き直す。棘のある花を肌に持つに相応しい態度だ。だが微かに、ほんの微かに声が震えている辺り、冴のように闇オークションが2回目ではないようだ。
「悪いな、前の闇オークションじゃ1人で暇だったもんで。まあ見張りの男はいたんだが……人のパンツ脱がせてポケットに収納してるような奴、キメェし話しかけたくねぇだろ」
「……一度どこかで買われてからまた売り飛ばされたのか?」
流石に興味を引かずにはいられない返答だったらしく、少年の視線が冴のほうに戻った。やはり闇オークションを商品サイドでリピートしている事実は話の掴みとして強い。下着をパクられていたネタはスルーされたが。
「いや、買われた後に相手のジジイを調教し返してその日の内に住んでる所まで送らせた。今また売られてるのは日常生活してたらもっぺん別のグループに捕まっただけだ」
「東洋人のジョークセンスはイかれてるのか?」
真面目に聞いて損した、と少年が再びそっぽを向く。荒唐無稽すぎて実話だと信じて貰えなかった。コミュニケーションをとるだけでも一筋縄ではいかない相手だ。
こんな場所でこんな格好をさせられて、どんな金持ちにどんな痛い目にあわされるかも分からない。ピリついて当然の場面だ。けれど冴はまだ高校生にもならない年齢の内から色んな出来事を体験しまくったため、もうこれくらいのイベントでは動じなくなってきた。一般的な感性との溝がそのまま少年との溝になっている。
それも元を辿れば冴に纏わりついてくるマゾ犬どもが悪いからだ、帰ったら真っ先に視界に入ったマゾ犬のケツを八つ当たりで蹴り飛ばそうと決めた。向こうも喜ぶからWin-Winだ。
脳内のマゾ犬がきゃうんと喜びに吠えるのを想像していると、閉じられた扉の向こうから足音が響いてきた。金髪の少年が息を呑む。冴も一応ちょっとだけ背筋は伸ばしておいた。とはいえチェーンで車椅子に体を固定されているから気休め程度である。
こつこつと革靴の鳴るのが重そうなドアの前でピタリと止んで、蝶番の軋みと共にゆっくり開かれた。中に入って来たのは男だ。それが私物だとしたら毎月わざわざ給料をドブに捨ててご苦労様と言いたくなるようなセンスのイかれた仮面で顔の上半分を覆い隠し、シルクハットとグローブも完備の燕尾服姿で胡散臭いコーデをまとめ上げている。バトル漫画ならトランプとか武器にしていそうな怪しい成りだ。続いて部下と思われるマッチョの男もスケキヨじみたマスクにシンプルなスーツ姿で2名入室してくる。
「もうお目覚めでしたか、麗しき今宵の花嫁たち」
いかがわしく気取ってはにかむ男の開口一番に、まず冴の脳内は「キッショ」の単語でぎゅうぎゅうに埋め尽くされた。うなじがゾワゾワするくらい気色悪い。
少年も同じなのか、見るからに眉間の皺の数が増えているし雰囲気も剣呑になっている。でも直に指摘することは憚られるが、闇オークション初回でもそのリアクションを主催者サイドの人間に返せる気の強さは顔に似合いすぎてて逆に危険だぞ、とも思った。野に咲く花ではなく大輪の薔薇を毟りたい性癖の変態どもに大受け不可避だからだ。
冴くらいになると多少のサディストは根っこから捻じ曲げてマゾヒストに生まれ変わらせてやれるが、少年の場合はプライドの高さによってむしろサディストのS性を煽り強めるだろう。サブカルにおける『女騎士陵辱モノは女騎士が誇り高ければ誇り高いほど堕ちた時が魅力的』というアレだ。オタクのマゾ犬のせいでインプットされてしまった変な知識は冴の脳味噌の端っこに無駄に引っ掛かったまま取れない。
「貴方達はこれから選ばれし方々に品定めされ、最も高値を付けた紳士の元に嫁ぐことになります。拒否権はありませんが、従順に可愛らしく振る舞っていれば命までは失わないでしょう。己を美しく産んだ母に感謝して厳かに初夜を迎えて下さい」
ねっとりとした言い回しと声質だ。掃いて捨てようにも地面やチリトリにねちゃねちゃへばり付いて簡単に剥がれてくれなさそうな。そういう粘液じみた厭らしさがある。後ろに控えている体格の良い部下は喋らないし動かない。ただラバーマスクから覗く目だけがこちらを監視している。
青薔薇タトゥーの少年が忌々しげに半分仮面を睥睨するものの、ウエディングベールに彩られた美貌からレース越しに睨まれたって怖がる男はいやしない。所持する嗜好によってはむしろ心地好いくらいだろう。
冴は己の独壇場がここではないと知っているから、早くステージに案内されないかと無表情のまま口を噤んでいる。それが傍目には諦めの境地と写り、主催者側の男は『運命に反抗する意志のある美少年』と『運命に心折れた大人しい美少年』なんてバランスのとれたセットを見てとても満足そうにしている。
「それでは参りましょうか。お前たち、今宵の花嫁をバージンロードまでエスコートなさい」
仮面男が部下の2人に指示を出し、車椅子の後ろにそいつらが回る。仮面男は馬車の中から降りてくるプリンセスを迎える御者の恭しさで扉を開けた。
ぎぃ、と車椅子が押されて控え室から出される。バージンロードと言いはしたが、通路は殺風景で赤い絨毯も敷かれていない。ステージ以外は装飾しない主義の闇オークション運営らしい。だが前の闇オークションは控え室も派手だった。同じ業界でも経営者によって趣味は異なるみたいだ。
「なぁ。俺らはセットで嫁に出されるらしいが、この場合はどっちが第一夫人でどっちが第二夫人になると思う?」
「クソ黙れ」
「俺は負けず嫌いだから、お前がどっちでも良いなら俺が第一夫人で良いか?」
「……俺も負けず嫌いだ」
「じゃあ俺とお前が同着で第一夫人だな。旦那は繰り下げで三番手の家庭内ヒエラルキーだ。毎朝のゴミ出しとかさせるか」
車椅子で運ばれる傍ら、虚勢で誤魔化している少年の緊張や恐怖を少しでも和らげてやろうと雑談を振った。
本当は「買い取った奴を犬にして俺もお前も無事に帰れるようにするから悲観するだけ無駄だぞ」と直球で伝えてやりたいところだが、背後にいる男達に聞かれて妙な勘繰りをされても困る。
だから絶望的な状況でもジョークを飛ばせるだけの精神力がある少年くらいの印象に留めておきたくて、ひとまずこんな軽口になった。
甲斐あって、少年の顔色も心なし僅かにはマシになった気もする。そもそも泣いて取り乱していないだけで偉い子だし強い子だ。勿論そんなことにはさせないが、彼ならば本当に売り飛ばされて絵に描いたような変態ジジイの慰み者にされたってそこから這い上がって見せただろう。そういう負けん気を感じさせる。
「……俺達のような美しい嫁を手に入れる幸せ者だ、便所掃除も毎日させるか」
ふっと笑って、少年は初めて柔らかな表情をベールの向こう側に浮かべた。
その目は既に覚悟を決めている。見知らぬ下衆野郎の嫁になる覚悟ではない。そんな屈辱を味わった上でなお耐え抜いて打ち砕いてそこから抜け出してやろうという覚悟だ。
遠き昔、吉原の門を「いつか花魁になって身請けされてここを出てやる」と誓いながら潜り抜ける売られた娘もこういう目をしていたに違いない。
~~補足作者レス~~
ここでぶつ切り
カイザーは極限状況下で冴の強かさを認めて「こいつとならクソ野郎の嫁なんて暮らしでも多少はマシかもしれない」「体は奪われても心は渡してたまるか」「何があっても最後まで折れずに必ず自由を勝ち取ってみせる」系のことを頭の中で考えてる
けどその覚悟を持って買い取り先のジジイの屋敷で夜ベッドに呼ばれて扉を開けたら、そこで目に飛び込んで来たのは既にマゾ犬と化した旦那様()とそいつの×××を足で踏み潰している第一夫人仲間()だったりする
もちろんこの後バージンのまま帰った