人生2周目の高家に生まれた直義妄想続き10?
2周目に何故か師直の長男として生まれてきた直義妄想内でIF
猫兄上と直義五歳
前半は嫁視点です。
後半はごちゃ混ぜ視点です。
快晴の空の下、師直の嫁は軽々と愛用のマサカリを振り下ろし薪を割っていた。
小気味良くカンカンと薪を割り続け、ひと息ついた嫁は、暖かな陽射しを浴びて昼寝をしている愛息子と、その息子がとても可愛がっている飼い猫の『あにうえ』を眺めた。
息子が、あのどこからともなく現れた黒猫を飼いたいと言った時、嫁は別に反対しなかったが、息子があの黒猫の名前を『あにうえ』にした時には、それはどうしたもんだろうと思ったものだった。
兄上が欲しかったからと言われ、まぁひとりっ子だから兄弟が欲しいのだろうと納得したが、(弟じゃないのかとちょっと安心した)、『あにうえ』と言う名前に聞き慣れるまで、嫁も師直も義弟達もなんとも言えない気持ちになったものだ。
取り敢えず、名付けのセンスを疑ったが、息子と『あにうえ』は大層仲が良い。
今も昼寝から先に目覚めた『あにうえ』が、いつも通りに息子の顔に頭を何度も擦り付けている。擽ったいのか、息子はむにゃむにゃとむずがりながらも、お昼寝から目を覚ます事なく眠っていた。
もう五歳にもなるが、ああして丸まって寝ている姿は赤ん坊の頃のままだ。可愛い。
あにうえはひたすら頭を擦り付けた後、満足したのか眠る息子を置いて、何かに気を惹かれたように庭に出て行った。
あにうえが息子のそばを離れるのは珍しい。
だいたい息子のそばに居て、すりすりと体を擦り付けて、喉を鳴らして甘えているばかりだからだ。
それでも時々は外に出かけて行く。
そういう時は、外で雌猫のさかりの声を聞きつけて誘われて出て行くか、厠くらいではないだろうか。
猫はネズミを獲ると言ったが、あにうえがネズミや虫を獲ってきたことは一度もない。
たが、あにうえを家で飼うようになってから、この邸にネズミや虫を見かけなくなった。知らないところで退治してるのかもしれない。食べてるのだろうか?
このあにうえの餌は、師直に変な物を食べさせるなと言われ、この邸の下人よりずっと良い物を用意されて毎日食べている、とても贅沢だ。
そのせいか、このあにうえはとても艶やかな毛並みと立派な体格をしている。
時々、師直や義弟達は『殿』とか呼んで慌てて言い直している。不敬だ、何やってんのさね高三兄弟は。
あにうえは庭に出て行くと、ご機嫌な足取りで庭の松の木に視線を定めて歩いて行った。
つられて嫁もそちらを見ると、松の枝の辺りに蝶が飛んでいた。
それに気が引かれたらしい。
身軽に松の木に登って行くと、あにうえは蝶を捕まえるのではなく、ただ眺め、時々チョイチョイと前脚を伸ばして気のないちょっかいを出すだけだった。
呑気な猫だなと思いながら、嫁は日課であり鍛練である薪割りを再開した。
しばらくして、直義が昼寝から目を覚ました。
そばで一緒に寝ていた黒猫の姿が無くて、直義は目を擦りながら
「あにうえ?」
と、猫の名を呼んで探した。
いつも直義が呼べばすぐに駆けつけてくる猫の姿がなく、直義はキョロキョロと辺りを見廻す。
そうして庭木の松の枝の上に黒猫のあにうえの姿を見つけて、ほっと安心した。
「あにうえ、なにしてるの?」
呼び掛けにあにうえは「にゃー」と返事を寄越して直義に応えるもの、松の枝から降りてくる事は無かった。
不思議に思い、直義は庭に降りて行った。
黒猫のあにうえは、松の木の高い枝の上から直義を見下ろしてまた鳴いたが、枝から降りてくる事はなかった。
「どうしたの?おりられなくなちゃったの?」
自分のところに駆けつけて来ない猫に、直義は高い所から降りられなくなってしまったのかと心配になった。
あんなに高い所に登ったから怖くなったのかも。
「まってて、むかえにいってあげるからね」
直義はそういうと、庭の松の木に足をかけ登り始めた。
木登りは初めてだが、よいしょよいしょと一生懸命に登って行く。
木登りを始めた直義を見下ろして、猫のあにうえは大丈夫だろうかというように、松の枝を這っていた毛虫から小さな直義に視線を移した。
昼寝をしていた直義に危険を感じなかったし、日向ぼっこと、毛虫の動きへの興味という猫の本能的な意識から、その場を直ぐに離れなかっただけで、別に高い所から降りられなくなったわけではないのだ。
でもこの松の木は太いし、それほど高い訳でもない。子供にも木登りがしやすい木だ。
頑張って直義が迎えに来てくれているのが嬉しくて、猫のあにうえは直義の木登りを見守った。
がんばれがんばれと応援していると、直義は猫のあにうえの居る1番高い枝の根元まで辿り着いて、達成感から、やったと明るい笑顔を見せた。
「あにうえ、もうだいじょうぶだぞ。だっこしておろしてあげるね」
頼もしくそう言って、直義はこっちにおいでと、猫のあにうえに両腕を広げた。
直義直義と、猫の兄上は足取り軽く直義の移動して、直義の胸に前脚を掛ける。
「あにうえ、いいこだぞ。さあおりようね」
頼もしくそう言って、直義は猫のあにうえを腕に抱くと、松の木を降りようと下を見た。
そうしてじっくり長々と、松の木の上から地面を眺め見ると、猫のあにうえを抱っこしたまま、ぷるぷると震え始めた。
「……たかい〜!」
ぴにゃあああと、子猫の絶叫で直義が泣き出した。
えええ⁈とビックリして猫のあにうえは直義を見る。
「こわい、たかいよあにうえ、おりられなくなってしまったよぉ」
みゃあみゃあと、直義が怖がり困り果てて大泣きしている。
猫のあにうえは、大丈夫だぞ、わしがついているぞと、泣いている直義の頬を伝う涙を舐めて慰めた。
どうしようか、直義を咥えて下に降りようかと猫のあにうえが悩んでいると、薪を片付ける為に庭から一時離れていた師直の嫁が
「おや!」
と、驚いて駆け寄ってきた。
「どうしたのさね、そんなとこに登って」
普段とてもおとなしい直義の意外な行動に、嫁は目を丸くすると、松の木の上で大泣きしている愛息に尋ねかけた。
「ははうえ」
駆け寄ってきた母の姿を見て、直義は安堵しつつも、泣きじゃくりながら応える。
「あにうえが、きのうえから、おりられなくなって、しまったので、むかえにいったの、です。そうしたら、わたしも、おりられなくなってしまったの、です」
つっかえつっかえ、泣きじゃくりながら、必死で応える直義に、嫁はおやまあと目をパチクリさせた。
猫のあにうえは表情豊かに、違うのだと言っている気がする。
いや、わし降りられるし、と。
「困ったね。その高さだと母さまの手が届きそうにないよ。飛び降りられるかい?受け止めてあげるよ」
ほら、と師直の嫁が両腕を広げたが、直義は怖い怖い、無理と首を振った。
「無理かい?じゃあ誰が背の高い人を呼んでくるから、それまで大人しく待ってておくれよ。動くんじゃないよ」
「…はい」
直義は、母が側を離れるのは不安だという表情を浮かべたが、素直に頷く。慰めるように、猫のあにうえが涙に濡れた頬を舐めた。
「いい子だね、待っとくれよ」
師直の嫁はそういうと、急いで駆け出して行く。
直義は頬を舐める猫のあにうえを、不安そうにぎゅっと抱きしめた。
「あにうえ、だいじょうぶだよ。ははうえがすぐに、どなたかつれてきてくださるからね。あにうえ、こわくないよ」
自分だけが怖いのでは無くて、ずっと木の上に居た猫のあにうえも怖いのだから安心させてやらねばと、直義は猫のあにうえに話しかける。
猫のあにうえは、怖がりだけど優しい子だと、よしよしと直義に頭を擦り付けた。
暫くして、直義は不安に彷徨わせた視線の先に父と母の姿を見つけて、大きな声を上げた。
「ちちうえ!ははうえ!」
安堵から、直義の収まっていた涙がまた溢れ出した。
それを見た師直は、急ぎ足で並んで歩いていた嫁を振り切り、物凄い勢いで直義の登っている松の木の下に走って来た。
嫁はこの野郎と後に続いて駆け出す。
「ちちうえぇ」
「大丈夫か」
尋ねられて、直義は涙を手の甲で拭ってこくんと頷くと、
「あにうえ、もうだいじょうぶだよ」
と、猫のあにうえに笑いかけた。
そうして
「はい、あにうえ」
と、ずっと木の上から降りられなくて怖かったはずの猫のあにうえを先に降ろしてあげようと、師直に向かって猫のあにうえを差し出す。
(…尊い!)
こんなに怖がって泣いていたと言うのに、自分よりも先に猫を降ろしてあげようとするなんて。
なんて、なんて思いやりに溢れた優しい子なのか!
尊い、余りに尊い。
師直は心の中で絶賛親バカ中だった。
薄らと優しい笑みを師直なりに浮かべながら、師直は黒猫のあにうえを受け取ると、あにうえをとなりに立つ嫁へと直ぐさま手渡した。
「ほら、お前も」
「ちちうえぇ」
両手を差し出して、直義の両脇に手を差し入れると、師直は直義を木の上から引き下ろし両腕に抱き抱えた。
ひしっと抱きついてきた直義を、役得とばかりに胸に抱いて、よしよしと軽く体を揺する。
「お前も男子だ。木登りをするなとは言わんが、後の大事は考えねばならんぞ」
「はい、もうしわけございません」
シュンとする直義に、よしと頷いた師直だったが、胸に猫のあにうえを抱きかかえた師直の嫁が、息子に甘すぎる父親の代わりに小言を呈した。
「それにね、いくら幼いと言っても、お前は立派なお父上の子、武家の子なのだから、怖かったからと言って、あんなに泣いてはいけないよ」
もっと強い子にならなきゃ、と続く言葉に、直義はますます落ち込んで
「はい、ははうえ」
と、小さくなり項垂れる。
普段可愛いからと言って甘やかしてしまっている自覚のある嫁としては、可哀想だとは思うが、息子にはちゃんと自覚と反省を促さねばならない。
自分でも恥ずかしいくらいに泣いてしまった自覚のある直義は、手の甲でぐしっと涙を拭い頷いた。
「だが、木の上から降りられなくなっていた『あにうえ』を助けようと情けをかけたのは立派な事だ。良い心掛けだ。誇って良い」
「はい!」
落ち込み反省している直義に、師直が優しく言葉をかける。
褒められて、直義は笑顔を見せた。
この野郎、いいとこ取りしやがって、と思ったと同時に、嫁は師直の抱っこしている直義に影響が出ない範囲の絶妙な力加減で、師直の足をダンッ!と踏みつけた。
ビクッと師直の体が少し震えたが、直義はそれに気づいた様子もない。
師直は横目で嫁を睨んだが、嫁の方が遥かに強くメンチを切っていた。
やんのかコラ。
師直は直ぐに目線を逸らした。
「お前は赤子の頃から高い所が苦手だった。仕方がない」
「そうなのですか?」
嫁のメンチから逃れた師直は、癒やしを求めて直義を見る。
高い所に上がった記憶のない直義は、不思議そうに首を傾げた。
「お前の母の高い高いには喜んでいたが,俺や師泰に高い高いをされた時には怖がって激しく泣いていた。だから俺はやらなくなった」
「…あかちゃんのときだから、もうなきません」
ちっちゃな頃(正しく赤ちゃんの頃)の話をされて、直義は恥ずかしいのと拗ねたのとで、むぅっと唇を尖らせる。とても可愛い、師直は直ぐに癒された。
「あんたらの加減が効いてないのが悪かったのさね。重茂の時は泣いてなかったよ」
嫁や重茂の高い高いと比べると、ただでさえ体格の良い師直の高い高いは本当に高過ぎ、師泰に関しては高い高いでは無く、アトラクションレベルだった。あれが駄目押しだった気がする。
ひきつけレベルでギャン泣きした直義を奪い返した嫁の剛腕グーパンが炸裂し、お前らの高い高いは禁止だゴラァ!と怒鳴りつけたのも懐かしい記憶だ。
巻き込まれた重茂(隠れてやらせようものなら兄達が怖いので出来なかった)が気の毒だったが、あれから高い高いは嫁以外禁止になった。
「…そうだったか?」
「そうだったね。でもそうさね、ちょっとずつ高い所に慣れてた良いんじゃないさね。母さまじゃ余り高くならないから、お父上に肩車でもしてもらってみたらどうだい?」
「かたぐるま?」
何を言うのだと言った視線の師直は無視して、それはなに?と言いたげな直義に笑いかけた。
「ほら、母さまの肩に時々乗せてあげてるだろ?それだよ。母さまよりお父上の肩車の方がずっと高いよ」
直義は思案げにじっと師直を見上げる。
師直はそんな羨ましい事をやっていたのかと、嫁に対する対抗意識が湧いた。
「…やってみるか」
「わっ!」
師直はひょいと直義を頭上に掲げ上げ、楽々と肩車をする。
急に父の腕の中から肩の上に担ぎ上げられて、直義は目を白黒させて師直の頭にしがみついた。
「わ、たかい!」
視点が変わり、びっくりした直義が感嘆の声を上げる。
「どうだ、怖くないか?」
即行動に移してしまったものの、さっきの今で怖がらせてしまったのではないかと、師直は心配になり尋ねかける。
「ちちうえにぎゅってできるからこわくないです!」
高くなった視点にご機嫌になった直義が、師直の頭にぎゅっとしがみついた。
「……そうか、そうか」
両目を覆う形で抱きつかれ、師直は幸福のあまり語彙が死んだ。
「楽しいかい、よかったねえ」
直義に優しく笑いかけながら、幸せに酔う師直の足を、嫁は全力で踏みつける。
「わっ!」
流石に滅茶苦茶痛かった師直の体が、ガクンと一度中腰に沈んだ。
驚いて声を上げた直義が、さらにぎゅっと師直にしがみつく。
何をするこの女と、嫁を睨みそうになった師直だったが、直義にしがみつかれてすぐにその怒りはおさまった。
幸せにしてやっただろと、嫁はしらっとした目で師直を見る。
その視線からそっと目を逸らし、師直は
「行くか」
と、直義を肩車したまま、嫁と猫と一緒に屋敷の中へと歩いて行った。
師直嫁は骨太で筋肉隆々ですが小柄という設定です。
師直は巨漢なので,嫁は師直の胸元に頭が届くくらいのイメージです。
なので師直が楽々届いた直義を抱っこ出来なかったのです。
でも落ちてきたら抱き留める自信がある逞しさ。
黒猫兄上はもう妖怪化しています。
師直邸にネズミや害虫が出ないのは、黒猫兄上が怖いので近寄らないのです。