人形歌姫(ドールディーヴァ)
"人形歌姫(ドールディーヴァ)"、だっけか。ウチの酒屋台に来たあの変なお嬢さんが海賊、それも四皇の大幹部だなんて思いもよらなかったさ。
真っ黒なゴスロリドレスにでっけェ顔の傷までこさえてて、オマケに不気味なピエロ人形まで抱いてるときた。
ホラー歌劇のヒロインか何かかと思ったよ。
「……」
「いらっしゃい、お嬢さん。買い出しかなにかかい?」
「……」
「おーい」
「……」
ま、それでも客は客だ。偉大なる航路の島で商売やってりゃ、訳アリの一人や二人くれェ毎日のようにやってくる。
何より、おれらの故郷が誇るブランデーに魚人も貴族も海賊も海兵も区別はねェ。どんな人間だって酒の前にはお得意様だ。
ウチの屋台の前でお嬢さんはずーーっと瓶とにらめっこしてたが「まァじっくり選ぶのも酒の醍醐味だろう」って、さして不思議には思わなかったな。
「えーと、お嬢さん、試飲でもしてみるかい?」
「……」
タダ酒呑みでもなさそうだったんで試飲をすすめてみたんだが、カラクリピエロ人形と一緒にコテンと首を傾げるだけでロクな反応がねェ。
売れそうな直感はあったってのに、口がきけなさそうな訳アリお嬢様ときた。どうしたもんかってなモンだ。
「喋れねェなら、せめて頷くか首振るかしてもらえるとありがてェんだが‥‥」
「はっ、しゃべるのわすれてた!!!」「ムー」
「って喋れるのかよ!!!」
腰からずっこけそうになっちまったよ。家の鍵かけんの忘れたぐれェのノリで言っちまうもんだからよ。
「ごめんね!おさけはノドをいためるからあんまりのみたくないの、においかぐのはいいかな?」
「あ、ああ、やってみな」
「ありがとー」
テキトーに見繕った酒を注いでやるとよ、犬みてェにクンクン嗅いでたな。
変な動く人形と一緒に。
「これはロビンがすきそうなの。これはサンジがおりょうりにつかいそうかなあ?でもサンジはじぶんでりょうりざけをかいにいってるよねー。なかなかないなあ、ルフィが好きそうなおさけ」「ムー」
「家族のためにお酒を買うのかい?」
「ううん、せんちょうとなかま。おにくがだいすきなせんちょうなんだよ」
「肉、肉ねえ。お人形さんみてェな格好してるが、旅芸人か何かかい?」
「!」
ちょっとした世間話ぐれえのつもりだったんだ。
大口の客になるかもしれねえ船なら情報を集めといて損はない、ってよ。
「お人形さん」って言ったとたんに、目の色が変わったんだ。
「ねえおじさん‥‥わたし、にんぎょうみたい?」
「え?あ?お前さん、なにを、」
「こたえて。わたし、おにんぎょう?」「ムー」
傷はこさえててもキレイな顔して酒の匂いにコロコロ表情変えてたお嬢ちゃんが、瞬きもしないで死人みてえなツラでおれの眼を覗き込んできたんだよ。
そんとき悟ったよ、こいつぁカタギじゃないって。荒事やってる連中でも怒らせちゃいけない、特別やべえ奴だと。
「さ、さあな…人形は、お嬢ちゃんが抱えてるソイツ、じゃねえか?お嬢ちゃんは人形みてェなカッコだが人間‥‥じゃねえかなあ?魚人でも巨人でも手長族でもないようだしよ…」
「にんぎょう"みたい"?そっか、よかった!うれしい、ありがとねおじさん!!おさけがいいにおい!めいしゅだね!!」「ムー」
「そ、そうかい、ありがとよ…」
今度は違法なクスリでもやってんのかってハイテンションになって、スラムの野良犬みたいな下品さで酒を嗅ぎまくるときた。
もう何がなんだか訳わかんなかったさ。とにかく買うもんだけは買ってくれそうだったから、そこんとこは良かったんだが……。
問題の"事件"はそんときに起きたんだ。
「跪くアマス下々民ども!!」
ドンドンドン!!
~~~♪
天竜人様が来られたんだ。
おれ、わたくしどもの酒を買、求め‥‥「普通に話していい」?んなこと言って後で逮捕するつもりなんじゃ…。
ほんとか?だったらホントに正直に話すぞ??
二日酔いが一気に覚めた。ほとんど条件反射で地面に膝をついたな。
30年前のことが一気にフラッシュバックしたよ‥‥酒場のアイドルだったドロシーは泣きながら連れ去られて、隣に住んでたマイケルはいきなり撃たれて死んじまった。
大勢の酒蔵が泣きながら「家族が無事なだけマシだ」ってヤケ酒してたよ。
今回だって、奴隷に股がりながらオモチャみてーに銃をブン回してた。もう片方の手で女奴隷‥‥元歌手か踊り子みてーなのを鎖で繋いで、目を塞いで歌わせてたんだ。
「お父様‥‥ロズワード聖のためにわたくしが下界へ降りてお前たちの酒をもらってやること、跪いて感謝するアマス」
~~~‥♪ゲボッゴホッ……!
「~~~っ!!この愚図!!ちゃんと歌って私の巡察を讃えるアマス!」
「申し訳ありまぜん、シャルリアざま……」
「喋るな!お前が口からだしていい音は歌だけアマス!!この歌人形!!」
まるでガキ大将のオママゴトだが、そんなんでもおれらにとっちゃ「災害」だ。逆らったら引き連れてる黒服どもに捕まって奴隷させられちまう。
どうにか過ぎ去ってほしい、あんなザマになるのは死んでも嫌だ……祈りながら跪いてたよ。
あの嬢ちゃん以外は。
「"テンリュービト"……さいあく、こんなとこにいるなんて」
「おい嬢ちゃん!なにぼーっと突っ立ってんだ!?とっとと地面に座れ!!」
「ごめんね、おじさん。ちょっとようじができちゃった」
「は?!用事?!んなもん命より大事なわけねェだろ!早く、」
無理やりにでも地面にへばりつかせたくて腕を引っ張ったんだが……フワッと、転んじまったんだ。シーツでも投げるみてぇにフワァって投げられた、ってわかったのは大の字に寝転がった直後だったな。
「五月蝿いアマスね‥‥ちょっと、なんでまだ跪いてない下々民がいるアマス!」
青天井を眺めてたってのに目の前が真っ暗になったよ。
ああ終わりだ、ってな。なんとか頭を上げずに身体を捻って地面に額を叩きつけたさ。おれは違う、このイカレ女と一緒にしないでくれってな。
だがよ……。
「ねえ天竜人‥‥奴隷遊び、やめなよ」
声に、聞き惚れてしまったんだ。
この天使みてェな歌声は絶対にあのお嬢ちゃんだ、それを確かめたくて頭を上げたらよ‥‥黒い童話のお姫様がいたんだ。
「な‥‥??ななっ、なんて態度っ!!」
「そんな無理矢理に歌わせて、いい歌が聞けると思ってるんだ?バッカみたい」
「~~~~~~ッ!!!!護衛ども!!!この生意気な女をッ」
ドシュブジュドジュッ!!!
「‥‥は?」
「あーあー、やっちゃった」
おれも何が起きてるかサッパリわかんなかったよ。
天竜人の護衛が、いきなり耳を指でブッ刺したんだ。
「なにしてる「オ逃げぐださ「あい幹づ四は海賊」の部、姫人の形!!!!」
「よ、お前たち「ぐぞ海、皇、"麦わら"の大幹部、ウタです!!」
耳が聞かねえ護衛どもが叫んでるのを何とか聞き取れたよ。
あの嬢ちゃんは、"四皇"の海賊だったんだ。
災害と怪獣の板挟みだ、もう笑うしかねえよ。
けど、そんなこともすぐに頭から吹っ飛んだ。
「ちゃあんと聴いてくれたら痛くしないで済んだのに。でも仕方ないよね、わたしの歌を聴いてくれないんだもん」
「「おにげアマ急いでスくだだから、早」く!!」
「ねえそこのあなた、あとでいっしょに歌いましょ♪」
「あ…え…?」
「ワンコーラスいくから、きいてみてね!」
ひとりぼっちで飽き飽きしてるの繋がっていたいの♪
純粋無垢な想いのまま♪Loud out♪
島中に響くかってくらいの声が、場を支配したんだ。
たったのひと声で目が離せなくなった。
Listen up baby 消えない染みのようなハピネス♪
キミの耳の奥へホーミング 逃げちゃダメよ浴びて♪
足でステップを踏んで、ホラー人形と歌い踊りながらあの外道どものほうへと近寄っていってたんだ。
銃弾もボールを避けるみてにスルスルすり抜けていってよ、さっきアンタらが海賊退治にやってたような、"紙絵"?みたいな動きだったか?
鮮やかとしか言い様がなかったさ。
誤魔化して強がらないでもう♪
誤魔化して強がらないでもう♪
ほら早くこっちおいで♪
全てが楽しいステージ上♪一緒に歌おうよ♪
"人形歌姫"の独壇場だった。
銃声はパーカッションに、殴りかればダンスの演出に、飛びかかっても「おさわり厳禁だよ♪」なんて言ってるみてえに片手でひねり投げやがる。
骨と筋を捻り折られた悲鳴が、バックコーラスになってた。
I wanna make your day,Do my thing 堂々と♪
ねえ教えて何がいけないの♪
この場は理想郷だって望みどおりでしょ♪
気付けば、皆が歌姫に夢中だった。誰も彼も、おれと同じように顔をあげて"人形歌姫"の路上ライブに取り込まれてたさ。
どうか終わらないで欲しい、ずっとこの歌を聴いていたい……全員が、同じ気持ちだったろうさ。
この時代は悲鳴を奏で救いを求めていたの♪
誰も気付いてあげられなかったから♪
わたしが♪やらなきゃ♪だから邪魔しないでお願い♪
もう戻れないの♪だから永遠に一緒に歌おうよ♪
けど、夢は覚める。歌には必ず終わりがある。ガキでも知ってる当たり前のことだ。
だから、真っ赤な酔っぱらい顔で銃をブン回してる天竜人のそばに"人形歌姫"が踊り寄ったときに悟ったさ……終わりだ、ってな。
欺きや洗脳お呼びじゃない♪
ただ信じて願い歌う私から耳を離さないで♪
それだけでいい Hear my true voice♪
「あなた達からもらった衝撃だよ、返してあげる♪」
「下々民ごときが―!」
「衝撃貝(インパクト)!!!!」
ドン!!って大砲が爆発するみてえな音が鳴ったんだ、"人形歌姫"が天竜人に掌底をブチ込んだときに。
血反吐を撒き散らしながら枕みてぇに飛んでいってよ……返り血を浴びてニタニタ笑いながらいってのけたんだ。
「痛い、って嬉しいでしょ?生きてる証だもの!!あなたにあげたのは空島の珍しい"痛み"なの!!!ねえ嬉しいでしょ?!!?!」
「うみに出たくせして自ぶんだけあん全なところにいるなんて!!!さいってーだよ!!!!」
「ヒトをにんぎょうあつかいするやつはゆるせないの!!!!あははははは!!!!!!!!」
「ムー」
恐ろしかった。
腰が抜けちまった。
一歩間違えてたら、血反吐撒き散らしてたのは自分かもしれねえって。
でも、美しかった。
また、あの歌ってる姿を観たいって思っちまったんだ。
「んー?カギはどこにあるんだろ??カギあけとかのざつようなんて、テンリュービトがじぶんでやりたがるはずないし」「ム-?」
「だとしても、よびはぜったいあるはずでしょ?わたしならそーするよ、れいぞうこのカギはサンジがいっぽんもたせてくれたもん」「ムー」
「あ、あの、たす、たすけ、て、くれる、ですか?」
「そだよー、ちょっとまっててね」「ム-」
だから"人形歌姫"が護衛の服漁って奴隷を解放しようとしてるのを止めやしなかったさ、全員がな。
あの奴隷を解放してくれたら、アンコール上映が観れるかもしれねェ…その期待感でドキドキワクワクしてたんだ。
現実に戻ったのは、海賊のお仲間が来たときだった。
空から、クズ鉄の竜が降りてきたんだ。
地震でも起きたみてえに地面が揺れて…護衛の何人かは、"潰れた"な…。
「おいウタ!!ちょっと目を話した隙にいなくなりやがって!!人形のときみてェにおれが案内できねェんだぞ!!」
「あ、ゾロ」
「歌姫ェ!!面白ェことやってんじゃねェか!!!」
「ファファファッ!!!おいキッド!!歌姫!!どういうつもりだ!!!www」
今度は一目でわかったさ。毛色の違う、当たり前に海賊らしい連中だったからな。
"海賊狩り"、"キャプテン"、"殺戮武人"。もうここまで来たら災害よりも怪獣を恐れるさ。
「きゃ、"キャプテン"キッドだあああああああ!!!!」
「逃げろ!!!"海賊狩り"もいるぞ!!!!!!!」
「ありえねえありえねえありえねえありえねえ!!!!!!」
「こ、ころされちまう!!!」
酔い冷ましにはちょうど良かったのかもな。
歌姫のことなんか忘れて、いや、歌姫も海賊ってことを思い出して、皆一目散に逃げ出してた。
おれか?こうして事情聞いてるくれえだから知ってんだろ、逃げなかったさ。
腰が抜けちまったのもあるが……やっぱり、魅了されちまったんだ。
「しかも天竜人に手ェ出しやがって‥‥面倒なことになるぞ」
「なんだ"海賊狩り"?ビビってんのか?大将ごときに。四皇の大幹部ともあろうモンが」
「あァ?!ナメたこと言ってくれんじゃねェか…まずはテメェから相手してやってもいいんだぞ?」
「やwめwろwww!!!ファファファファ!!!www」
「ごめんなさいゾロ…でもね、このテンリュービト、あのこにむりやり歌わせてたんだよ!!!"歌ニンギョウ"だなんていって!!」
「あー‥‥すまねェ、そりゃ仕方ねェな。よくやった、ウタ」
「うん!!!」「ムー」
「毎度思うがお前らのその謎地雷はなんなんだよ」
なんとかして"人形歌姫"のことを理解しようと思ったが…なにを考えてるかサッパリだ。なにもわかりゃしねえ。
かろうじてわかるのは、"麦わら"も"最悪の世代"も理解できねえイカレ野郎だってことと…。
「それと!いいおさけをうってくれるひともみつけたよ!」
「へェ」
「見つけたっつーか逃げられてねェだけだろありゃ。まァいい、おいそこのオッサン!!」
「!!!」
酒と歌の素晴らしさだけは、変わらないってこったな。
「ウチの船に酒樽を山ほど頼むぜ、景気付けに浴びるほど呑みてェ」
「ウタが先に見つけた酒屋だぞ!おれらが優先交渉権アリだ!!」
「いまならわたしのステージをアリーナせきでみせてあげるよー!いまならとくべつデュエットつき!」「え、あのっ、四皇のかいぞくさま、」
「それならこっちは"麦わら"どもより多く呑みつくしてやらァ!!おいそこの元海賊!!テメェに意地があるなら四皇への挑戦に加わりやがれ!!」「う、あ、はえ?!?」
「ファファファ!!!!もう勝手にしろ!!!!!www」
「と、とと、とりあえず…お代は歌で、頼めるかい?」
後悔?微塵もないさ。
あんな派手な宴とステージ、酒屋冥利に尽きるってもんよ。
……諜報員の旦那もかい?はいよ、音質が悪ィTDと売れ残りの酒だが、まあ一夜の晩酌には十分さ。
同僚に奢ってやんな。
追記:接収した音声記録および糧食に関してはCP0内における備品および消耗品として保管することとする。