人形劇(前篇)

人形劇(前篇)


※作者のレスでこの作品は「トゥルールートの続き」と発言しておりますが、正しくは「アポピスを打倒、砂漠もオアシスとなった正史とよく似た世界線」ということに修正します。ご了承ください。


学園都市キヴォトス。その一角にたたずむビルの一室で、一人の大人が窓からその街並みを望んでいた。

 

「先生、お茶をお持ちしました」

 

“ああ、ありがとう。いただくよ”

 

「今日は随分と窓を気にしていますが、何かありましたか」

 

“いや、今年もそろそろかなって”

 

「?……年度末ですし、色々と行事はあるかと思いますが何のお話でしょう」

 

“…うん。そうだね、君にも話しておこう。”

 

“ねえ、君はキヴォトスに伝わるこんな噂を知っているかな。”

 

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ある日の深夜、トリニティの校舎に扉を叩く音が低く響いた。

返答を待ち、少女が入室するとそこには予想通りの人物が佇んでいた。

現ティーパーティーのホストの先輩。中性的な容姿と分け隔てなく接する態度は皆に人気があり、派閥違いの少女も目をかけてもらっていた。

しかし、アンティーク調のランプに照らされるその顔は、普段通りの快活な笑顔をどこか仮面のように浮かび上がらせる。

 

「し、失礼します。シスターフッド所属、○○○○。参りました」

 

「お、来た来た。こんな夜遅くに呼び出してすまないね、それも他派閥なのに」

 

「いえ、構いません。それで、こんな深夜に派閥の代表にも内密にとは……やはり、私が次期ホストであることと何か関係があるのでしょうか」

 

「流石、察しが良いね。そう、これはティーパーティーホストの最後にして最初の仕事。たとえ他の代表にも漏らすことは禁じられている、ホストからホストへの直接の引継ぎさ」

 

「それはそれは……なんとも物騒な話ではありませんか。もしやティーパーティーは戦略兵器でも隠し持っているのですか?」

 

「ハハ!良い線いってるじゃないか!────まあ、ある意味でもっと悍ましいものだよ」

 

「はぁ?」

 

「それではついてきてくれ、君を秘密の『お茶会』に招待しよう。ああ、それと」

 

普段通りの口調もどこか皮肉げに思えて、返答が否応なしに硬くなる。それでも煙をまくような言葉に素っ頓狂な声を上げてしまうが、先輩は気にも留めずに立ち上がる。

そうしてランプ片手に振り返った彼女の問い掛けに、思わず抗議の声を上げようとした口が閉じる。

 

 

「────君、トリニティの『魔女』って、知っているかい?」

 

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二人の少女が魔女の幽閉された塔に歩みだした同刻、ゲヘナ生徒会室より続く隠し通路にて、ライトに照らされた二人の影が踊る。

少女にとって、一歩前を歩く先輩は返しきれない恩人で、気の置けない友人で、わざわざ妙な口調で喋る変人で、見てて飽きない狂人で、敬愛すべき一人の人間だった。それこそいろいろと抜けている彼女の大望を、高校生活を棒に振ってまで手助けしようと思える程度には。真夜中に急に連れ出されても文句を言いつつ着いていく程度には。

 

「ゲヘナの悪魔、っすか?」

「いや、そりゃこんな学校なんですから悪鬼だ怪物だなんて徒名いくらでも……あれ?そういや悪魔は聞いたことないっすね、いや、違うな。聞いたことはあるけどすぐに聞かなくなってる…?」

 

「デ~モデモデモ!流石は吾輩の懐刀にして次期生徒会長!良い勘してるデモねぇ」

 

「なんか訳ありなんすね。もしかして今歩かされてるこの地下通路と関係あったり?」

 

「そういうことデモ。このゲヘナにおいて『悪魔』とは、たった一人。あるお方を示す蔑称にして敬称。それ以外の輩が名乗ろうものなら我が万魔殿と風紀委員会が総出で潰してきた」

 

「デモとれてるっすよ。つーか、犬猿の仲の風紀委員会と共同で?しかも聞いてる感じここ数年ってレベルじゃないっすよねそれ」

 

「おっと、いかんいかんデモ。まあ、吾輩も詳しくは知らんが、5年10年の話ではなさそうデモ。それこそ、いや、おそらくはxxx年前からであろうな」

 

「xxx年前?って言うとあの『砂漠戦争』の頃ですか。そりゃまた何とも大層な話で」

 

「おいおい、何を他人事みたいに言ってるデモ。お前とて今からその大層な歴史に携わる一人となるデモ」

 

自分の人生を灰色だと思っていた少女は、振り向いた極彩色の少女の目に宿る憧憬と畏怖と嫌悪と目を合わせ、初めて自分が手遅れだということに気が付いた。

 

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二人の少女が悪魔の巣食う地下墳墓にたどり着いた同じころ、ミレニアムのとあるホールの暗闇をチープな音楽と人工の光が切り取っていく。

横柄で才覚溢れる先輩から連日呼び出されている少女は、遥か昔のレトロどころではない規格の同人ゲームに務めていた。大画面なせいで理不尽さも増した気がする大作クソゲー相手の気を紛らわせるために、隣で踏ん反りかえっている先輩と雑談をしながら。

 

「『アドビス騒乱』については、まぁ、人並み以上には詳しいと思いますよ。案シュガーのアップデートにもアタシ関わってますし。とはいっても……」ピコピコ

 

「おや?何か気になる点でも?」ピコピコ

 

「いや、いくらゲームとして脚色する必要があったとはいえツッコミどころ満載じゃないですか。当時のミレニアムが味方ごとミサイルぶち込もうとしてたとか、トリニティやゲヘナの内ゲバとか、あとは一部の生徒のスペックヤバすぎるでしょう。アドビスカルテルの幹部とかミレニアムの──」ピコピコブッブー

 

「『勇者』、ですか?」ピコピコ

 

「え、ええ。古代遺跡から目を覚ましたアンドロイドで、たまたまゲーム開発部からゲームで常識を学んで勇者になって、しかもアンドロイドだから砂糖に耐性があって、おまけに砂を置換して解決するためのピースだったっていくら何でも盛り過ぎでしょう。そんな人いるわけないです」ピコピコパンパカパーン

「────っと、終わったぁ!何ですかこのクソゲー!というかなんでこんな深夜にクソゲーやらされてるんですかアタシ!」

 

「仕方ありません。僕も先人が何を思ってこのような仕組みにしたかは知りませんが、こうすることでしか絶対に開かないのですよ、この扉は」

 

エンドロールが終わるとともに、意味もなく響くカギが回る音。

大げさな噴煙とホールの外に決して漏れない荘厳な地響きと共に、モニターの備わる壁が左右に分かれていく。永きにわたり数多の才覚溢れるミレニアム生を騙してきた無駄に洗練された超技術の一端が少女の前に開陳される。

 

「なっ、壁が……隠し部屋!?こんなの聞いたことない。…このミレニアムでこれだけの規模の施設を隠し通してきたっていうんですか!?何のために!」

 

「嘘のような真実を隠すため、ですかね。他はここまで厳重ではないでしょうが」

 

「真実……いったい何の、いや、『アドビス騒乱』、『ミレニアムを超える技術』……『ゲーム開発部』………………」

 

「…勇、者?」

 

 

 

「パンパカパーン! 新しい仲間がパーティに加わった!」

 

 

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二人の少女が勇者の眠る機械仕掛けの神殿の封印を解いた丁度その時。

少女はアビドスの片隅で廃校舎に佇む魔神と邂逅した。

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