人を裁つ
世界には不快な静寂というものがある。例えば、怒りの頂点を超えた両親がため息をついた後の無言の数秒だとか、空気を切り裂いて飛んできた砲弾が俺の目の前の人間にぶつかるほんの一瞬であるとか。
今目の前で起きているのは、そんな日常風景よりもさらに恐ろしい。どこかにいるかもしれない神とやらが、たかだか数年生きただけのガキを嘲笑うかのようだった。
誰しもが恐れ崇め奉るという天竜人。由来は知らずとも、逆らえばどうなるのかは全人類が知っている。何をされても目を逸らし、知らぬ存ぜぬを押し通すしかない自然災害の様な者たち。その1人である男が今、多くの群衆の見守る中で首を刎ね飛ばされたのである。
一瞬の静寂、それを切り裂いたのは、女の悲鳴。珍妙な格好をした女は、同じような格好をしている肉塊の横でへなへなとしゃがみ込んだ。その上に立ち、首を片手に抱えて酷くつまらなさそうな顔をしているのは。
「なんだ、天竜人は神様の末裔なのに、切れ味は人と変わらないのかな?それとも彼がとびきり不摂生だったのかな?」
兄だ。
先程まで、次に行く島は動物が沢山いるとか、特産品のフルーツを使った菓子が有名だとか、当たり障りのない会話をしながら微笑んでいた兄だ。兄の筈だった。
思わず手を伸ばそうとして、群衆に押し流される。海軍が来るぞ!と一目散に逃げ出した人々に突き飛ばされ、転び、蹴られて立ち上がればまた流されて、どんどん兄との距離は広がっていく。
人混みにかき消えていく兄は、最後までこちらを見なかった。