人の紛い物
一人の子供の話をしよう。
神世紀286年とある少年が産まれた。
彼が産まれた家は大赦の名家。
初代勇者が大赦設立と共に過去の戒めを残し未来へ確実に繋ぐ為に作った家
それは未来以外の凡ゆる記録がされた大図書館、平時は中立の立場を取る正しき歴史を管理するための一族。
そんな名家であってしても持て余す程に彼は異常だった。
一つ産声一つ上げずに産まれ、首は座っており、
二つ生後三日には立つことを可能にし
三つ六日には物を持ち、
四つ九日が経つ頃には乳離れをした。
二歳になる頃には漢字の読み書きや計算を覚え三歳になる頃には知識で母を打ち負かした。
彼は生まれつき目から耳から鼻から皮膚から舌から情報を得て考える事が出来ていた、そして神樹に与えられた蒼い目は人の心を喜怒哀楽、害意か好意かそして人の考えを見抜く力が備わっていた。
彼はそれを両親を助ける為に使った、ある時は二人が不仲になった時の橋渡しとなるように本心を教えある時は困っている二人の原因を探りそれを解決に導くヒントを与えたり……子供には過ぎた役割であった。
だからであろうか
───両親は恐怖を覚えた。
確かに前もって神官や巫女により聞かされてはいた。
産まれてくる子はこの世界を救ってくださる神樹様の神子様だと。
知っていた、覚悟もしていた。
だが、
それでも、
これでは、
まるで、
「私たちは親ではないじゃないか」
それもそうだ、なんせ何も教えてない誰も手を出してないそれでも彼は育ったのだ手の掛からない子などという次元ではない。
そして極めつけは両親のどちらにも似ていない蒼い瞳と赫色の髪。
……神樹様に見定められた神子、確かに名誉だ。
だが彼らは恐怖した、まるで自分たちの理解が届かないものを相手にしているようで、それは畏怖の対象でしかなかったのだ。
そしてある日それを決定的なことにする事態が起こる。
彼が四歳になった頃に父は剣の稽古をつけさせた。
その時に父は魔が差した“今の息子になら剣でなら勝てるのではないか“と、
最愛の妻が得意分野で息子に負けたのが腹の底では癪だったのだろうか父は悪魔の囁きに頷いてしまった。
そして少年には普通の木刀を持たせ自身は鉄の芯を入れた木刀を持ち確実に自分が勝てるように仕向けた、四歳の少年にだ。
だがその結果は───少年の勝利に終わった。
少年は剣の振り方など知らない、父は手加減をしようとしない、そうなれば実力が上の父の方が勝つはずなのだ。
だがそんなちっぽけな常識など何の意味もなかった。
鉄芯が入った父の木刀は数回鍔迫り合いをすればへし折れ数撃で使い物にならなくされる。
対して少年の振るう木刀は歪に曲がってはいるが折れてはいない、最後には鍔迫り合いにすらならず力負けした父の手から弾き飛ばされた。
反動で地に尻込みした父に少年は手を伸ばし言った。
「父さま、鉄の芯ごとき足したところで意味などありません次からはちゃんと名のある鍛冶屋に打たれた刀でやるのが宜しいかと、あと父さまが弱いのではありません僕が強いだけですので気に病む必要はありません」
少年にとってそれは真意である、蟻が一匹で獅子に勝てないように父が自身に負けるのもまた仕方がない、そう感じた故の慰め。
少年には悪気は無い、故に残酷で無慈悲なのだ。
だがそれは小さな子どもがしていいような表情ではない、淡々とした顔で父を見下ろす。
だがそれは息子に完膚なきまでに叩きのめされ焦燥していた父からは、
─────怪物が嗤っているかのように写った。
それから父も母も少年に関わることはなくなった。
人と良く似た怪物、それが二人が息子に下した評価でありそれと関わらないように一族が管理する大図書館の最奥までの全ての知識を得ることを許可した、万が一にも自分たちに興味を持つことが無いように。
少年はなぜ恐れられたか理解をすることなく図書館と部屋を行き来したまに外に散歩する毎日を繰り返すようになった。
そしてその後まもなく運命の少女────結城友奈との出会いを経て四年後の八歳の誕生日に彼は家を出た。