人と影

人と影


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「坊ちゃま。五条家の地下には呪霊が封印されているんですよ」        「へぇ。で、そいつ強いの?どうせ雑魚だろうけど」


いつも通り退屈だった昼過ぎ、急に俺の世話係の婆がそんな事を言ってきた    

何でも、五条家のお偉いさんだけが封印の事を知っているらしい。江戸時代に禪院家と協力して封印された呪霊の等級は特級。容姿や術式の詳細は記録が残されていない為不詳。だけど、知能があって人と会話が可能という記録だけは残っていたらしい

俺からすれば知能がーとか対話がーとか、心底どうでも良かった          そいつが強いかどうか。俺が興味を惹かれるのはそこだ

六眼と無下限術式を持って生まれた俺は小さいながらも一級までの呪霊なら簡単に祓えた。フィジカルはそりゃ大人には劣るけれど


「特級呪霊、とだけですからね。実際の強さを知る者は居りませぬ。」       「というか、俺が生まれる前の特級とか今の一級レベルだろ!どうせ表に出てきても俺が捻り潰すし」                             


そう俺が言ったら婆はほほほ、と癖の強い笑い声を上げた。何だか俺の主張をからかっているようで腹が立った

婆を睨みつけると、婆は咳払いをして皺だらけの顔を俺に向けて真っ直ぐに俺を見た。目は皺や垂れてきた肉に埋もれているけど、それでも俺の方を見ている、という事ぐらいは分かる


「…明日は私達、使用人が昼にお家を出ます。封印されているのは地下」      「?」                                   「どうするかは、坊っちゃま次第ですよ」




コツ、コツと音が木霊するそこはやけに湿っぽくて暗い。壁には蝋燭が掛かっており、心許ない光が俺の足元を照らしていた

自分の家に自分の知らない、行った事が無い場所があるのは随分気色悪い感覚であった。離れの祠の後ろに抜け道があり、そこから下に抜けれるなど日々の生活で考えもしない


暫く階段を下っていくと、いかにもな扉が見えてきた。年季の入ったオンボロの木製の扉である。封印の為に造られたのに何故石で造らなかったとか、そもそも封印の効果を底上げする御札がほぼ貼られてないのかとかツッコミたい事は山ほどあったが、とりあえずは扉の前に立って中の呪力を探った


途端、寒気が身体中に走り、握っていた手に汗が流れる              自身じゃ制御しきれない生理現象に思わず呪力を探るのを中断してしまう。落ち着かせる為に深呼吸を数回して、手を開いたり閉じたりを繰り返す

その間も、目は扉から離れなかった。離せなかった


『どうするかは、坊っちゃま次第ですよ』

そう言った婆の姿を思い出す。表情迄は思い出せないけど、何となく微笑んでいた気がする


もう一度深呼吸をして、自身を落ち着かせる。どうにも心臓のドキドキだけは抑えられなくて、胸に手を当てる。心臓がこうなったのは初めてだ


自分の小さな手に少しの呪力を乗せて、そっと扉を押す

ガタ、と音を鳴らして開いた扉の中は真っ黒な暗闇。地面を照らしていた蝋燭の光は即座に飲み込まれて闇に咀嚼される。何も見えなくて、でもそこにはナニカが居る気配だけはある。本日何度目か分からない気色悪さに怯えながらも、目を懲らす


闇しかないそこに、少しずつ輪郭が浮かび出す                 最初はぐちゃぐちゃと、幼児の描いたラクガキのような線が形を保っていき、立体を作っていく。


「わ…」


鴉の様な羽根に、蚕の様な触角。自身の二倍はある背丈と体格            顔に当たる部分なのだろうか、そこには横に線の様なものが走っており、今にも開かせそうで不気味であった

体の形成が終わったのか、呪霊は目と見られる部分で此方をじっと見つめてきた  腹の底を見られているような感覚に蝕まれた体は言う事を聞かない。無下限も張れず、まともに呪力が練れない


そんな絶望な状況の中、俺は恐怖と同じ位、興奮していた


「___かっけぇーー!!!」                         


口から飛び出した言葉は、狭い地下に響いた

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