京都結界決戦①

京都結界決戦①


※このSSはあくまで個人による三次創作です。本スレにこのSSに登場するオリジナルキャラクターの話題を持ち込むのは周囲の混乱を避けるためにも極力控えてくださると助かります




京都結界(コロニー)。呪術界においても霊地或いは要地とも言える場所で行われていたのは激戦───ではなく蹂躙であった。


受肉した過去の強者達、術式に覚醒し急成長することで猛者達と渡り合っていた泳者。その何方もが最初の数日間は戦火を交え蠱毒もかくやという様を繰り広げていたのは事実。


だが───たった一人の受肉体によってゲーム盤面は跡形もなく破壊されてしまう。






「周辺の避難民はこれで全員ですか?」

「はい、御当主」


結界入場から凡そ三十時間以上を費やし、五条類は実家である五条家分家に当主代行として命を下すことで各所の術師達と連携。敵対的な泳者の駆逐と覚醒した上で非好戦的な泳者の保護、そして逃げ遅れた民間人の保護を並行して行いながら京都結界の平定に向けて不眠不休の活動を行っていた。


その努力の甲斐もあり、京都各地に設置された避難所に分家から選出した術師や覚醒した協力的な泳者による防衛網が築かれ非術師達の保護がほぼ完了した。悪質な泳者についても類が主導することで殆ど狩り終えたため混乱の収束はそう遠くないだろう。


"ある一点"だけを除けば。


「監視対象の様子に変化は」

「未だに沈黙を続けていますが、少しずつ活動範囲を広げています。放っておけば此処にも魔の手が伸びるのは時間の問題でしょう」

「…………」


件の人物───この京都結界においてほぼ点を独占している泳者は徐々に縄張りを広げるようにして活動を行っている。


分家が派遣した偵察隊や一度入って命からがら帰還できた泳者からの情報を統合した限りでは──その目的は術師・非術師問わない殺戮。確認できた限りでは既に百人を超える犠牲者が出ている。


……ただ不自然なことに、その泳者は獲得した得点を全く消費していない。そもそもルールの追加など興味がないとでも言うかのように。


「高専所属の1級術師も既にやられています。恐らく特級相当の脅威と見ていいでしょうね……面倒な……」

「持ち帰った情報によれば詳細不明の特級相当と推定される剣状の呪具を保有しているようです。此方の用いた防御用の呪具を一撃で斬り裂いてみせた、と」

「一体何処からそんなものを持ってきたのやら……ともあれ早急に止めなければならない。聞いた限りでは話が通じるような相手ではないでしょうしね」

「では討伐隊の編成を───」

「いえ、貴方達は民間人の保護を優先してください。オレに何かあった場合この結界から退去する準備も」

「お待ち下さい!それでは!」


類は側使いの言葉を視線で遮る。五条家は今の今まで五条悟のワンマン体制。逆に言えばそれは五条悟以外に特筆すべき戦力が存在していないという事実に他ならない(近年頭角を表し始めた類を除いての話だが)。


無論御三家として最低限他家に誇示するだけの戦力はあるが、1級術師相当の戦力は極僅かだ。ハッキリ言ってこれから想定される戦闘においては自分の邪魔にしかならないと類は断定する。


何よりただでさえ戦力が乏しい分家。どうにか人員を絞り出し、忌庫に保管していたなけなしの呪具をありったけ引っ張り出して配備したことでどうにか防衛網を成り立たせているのだ。万が一を考えればこれを崩すわけにはいかない。


「もしオレが一日経っても戻らなかった場合死んだと判断して避難行動を開始してください。無論何かしらの異常事態が発生した時も同様の対処を」

「……承りました。ご武運を、類様」

「はい。後は頼みます」


昔馴染みの側使いが浮かべる寂しそうな顔に見送られながら類は戦場となる場所へと向かおうとした。しかし彼の前に幼い少女が姿を見せたことで、不意に足が止まる。


「お兄ちゃん!」

「君は……」


その少女がつい数時間前に避難誘導を行いこの場所まで護衛した時に見かけた顔であったことに気付いた類は膝を付いてしゃがみ、少女と視線を合わせる。


「どうしたんだい?お腹が空いたならあっちの人に言ってもらえば……」

「これ!あげる!」


少女が類に差し出したのは小さな飴玉だった。恐らく少女からの『感謝』の形なのだろう。それを見た類はクスリと柔らかく微笑み、飴玉を受け取って少女の頭を優しく撫でた。


「ありがとう。大切に食べるよ」

「うん!お兄ちゃんも頑張って!」


そう言いながら少女は笑顔で両親のいる所へと帰っていった。その姿を見れただけで類は苦労が報われたと感じれる。


自分は生まれた時から特別な存在であると言われ続けた。曰く次の最強、曰く次の当主筆頭候補、曰く、曰く、曰く───自身を褒め称える言葉が幾つも並べられても、自分の中にあったのは家の中で毅然とした振る舞いと態度で自身と接し続けた両親の姿だ。



「類、確かに貴方は特別な存在です。それは俯瞰した視点から見ても間違いはないでしょう」


「ですが驕ってはなりません。どれだけ特別な力があろうと、立場であろうと」


「貴方は『人』です」




父や母からの何度も言われ続けた言葉を反芻する。


(そうだ。オレたちはどう振る舞っても結局は人間なんだ。ならば───人らしく、喜びと悲しみを理解し感受しよう)


類は拳を握り、小さな喜びを噛み締めながら飛び上がった。






正体不明の敵が徘徊しているであろう縄張りに侵入した類は建物の屋上を飛び移りながら領域の中心部へと移動していく。


予想通り言うべきか人の気配は全く感じられない。京都の白昼の往来。何時もならば人集りで溢れている筈の日常が消え去り、ゴーストタウンにでも足を踏み入れたような不気味な静寂が満ちている。


「……くそっ」


類の中に渦巻くのは幾度も繰り返される後悔であった。あの時、請け負っていた任務など放りだして渋谷に急行していれば、もっと早く駆けつけていれば渋谷事変における死者は格段に少なくなり、そして運が良ければ黒幕である羂索の目論見御破算に出来ていただろう、と。


無論確たる事は言えない。所詮はたらればの話だ。自分がいたとしても何も変わらなかった可能性もある。それでも一番肝心な時に現場にいなかったの何よりも悔やむべき事だった。


何よりあの日の最後に、羂索を仕留め残った。あと一歩、自分が義兄を封印された獄門疆を領域展開で消し飛ばす可能性を許容出来ていたのならば最悪の事態は避けられていたかもしれないのに───。


「……すー……はぁ、よし、切り替えよう。何時までも後悔ばかりしていたら駄目だ。気を取り直して───」


次の建物の屋根へと飛び移ろうとした刹那、類は間一髪で自らのものではない呪力を感知。振り向きざまに手を突き出し、遥か遠くから放たれた石柱の如く太い光線状の水流を拒絶障壁で弾き飛ばした。


弾かれた水流は拡散しながら周辺の建造物を容易く破壊。その絶大な威力に思わず類は戦慄しながら、攻撃を放ってきたであろう人物に視線を投げる。


「───ほう、今のを真正面から防いだか。一体何処の時代の者だ?平安か?それとも鎌倉辺りか?」

「……オレは現代人ですよ」


傲慢さの全く隠せていない眼差しをしながら、受肉前の肉体の持ち主のものであろう現代風の衣装を身に着けた、まだ幼さを残す風貌の女性が空中に形成された水の足場から類を見下ろしている。


恐らくは彼女こそがこの京都結界の頂点に君臨している泳者。……しかし前情報とは異なり、その身体には呪具らしきものは見えない。何処かに置いてきたのだろうか。


「現代人?時間が経つにつれて呪術の質は劣化の一途を辿っていたと思っていたが、成る程、案外光る石ころもまだ残っているようだな」

「……その口ぶりからして呪術全盛の時代……平安出身ですか」

「如何にも。私の名は……依吹(いぶき)とも呼べばいい。少なくとも私を知る者はそう呼んでいた」


依吹と名乗った女性は依然として強い態度と恐ろしいものを感じる氷のような無表情を崩さないまま類を見下ろし続ける。類は何をされてもすぐに対応できるよう構えるが、まだ呪力の起こりは見えない。


そしてすぐに静寂を破るように依吹は告げる。


「一分やろう。その間に疾く自害するか私に殺されるかを選べ。私としては自害されるのはつまらんが、折角だ。死に方くらいは選ばせてやろう」

「…………」


その言葉にもしかすると話し合いの余地があるのかもしれないと心の何処かで思っていたかもしれない類の甘い考えは消し飛んだ。


会話はできるが話は通じない。この女はそういう類の人種だと理解したがゆえ。


「質問いいですか?」

「命乞いなら聞かんぞ」

「ああ、はい。……依吹さん、でしたか。貴方の目的を聞かせてくれませんか?何故術師や非術師を見境なく殺し回っているのか、そして何故得点を消費していないのか。勿論話さなくても結構ですが」

「……目的?」


類の予想とは裏腹に依吹は呆れたような顔で口を開いた。とはいえ、どんな内容であれ類は交戦は避けられないだろうと確信していたが───


「そんなものはない。ただの老後の余興、暇潰しだ」


あまりにもあんまりな簡潔な答えに類は思わず頭を抱えた。大義も目的もなく、ただ殺したいから殺しているだけに過ぎない。ここまで極めて自己中心的かつ傲慢な物言いに賛同するのはそれこそ両面宿儺くらいだろう。


「私は人里離れた場所で人や呪霊を好きに殺しながら穏やかに生きていたところを羂索という男に誘われ、その目論見とやらに気まぐれに付き合ってやっているだけに過ぎない。もしや貴様は誰かを殺すのに一々理由を探す類の人間か?」

「……亡霊は亡霊らしく大人しく成仏しててくださいよ、傍迷惑な……」

「生き長らえる機会があれば飛びつくのが人間だろうよ。……さて、そろそろ答えは決まったか?」

「答えは『クソ食らえ』だ怨霊」

「意気やよし」


交渉決裂と同時に依吹は空へと手を伸ばす。すると晴天が曇天へと変貌し、渦巻く雲から一条の稲妻が地上へ突き刺さった。


一瞬だけ場が光で包まれ……正常な視界が戻った頃には、依吹の手には一本の両刃の剣が握られている。遠目でもわかるほどに正と負の呪力に満ち溢れた呪具。恐らく1級未満の呪霊ならば近付くだけで勝手に爆散しかねない程の気迫。


間違いない、あれは───




「仮想招聘(かそうしょうへい)・天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)」

「神剣……!術式でそんな物まで……!!」




神剣・天叢雲剣。伝承において八岐大蛇の尾から取り出された神物。三種の神器の一つ。


当然あれは本物ではない。あくまでも術式の効果により構築された仮初のものでしかないのだろう。


だが紛い物であっても神剣。その霊格は破格のものに他ならない。


「往くぞ童」

「ッ────!!!」


呪力で強化された身体能力の踏み込み。まるで霞のように姿を消し、一瞬で類に肉薄した依吹は剣を一閃。類の頸を断とうとする。


───が、剣は不可視の壁に阻まれるようにして停止した。類の展開する事象拒絶の防壁により攻撃そのものが停められたのだ。物理と概念、両方に高い防御性能を誇るこの護りを突破するのは容易ではないだろう。


不可能ではない、が。


「───適応、完了」

「!?!?」


空中で静止していた天叢雲剣の切っ先がぬるりと不可視の防壁へ押し込まれた。そして阻まれていた軌道上を高速で通過し、類の喉を豆腐を斬り裂くようにして掻っ切ったではないか。


「───ォォォオオオオオッ!!!」

「む、これは……反転阻害の呪いか!」


斬り裂かれた喉を抑え、即座に傷を修復しながら類はカウンターの一撃を放ち依吹がガードに出した左腕を破壊。骨や血管が露出するほどのダメージを与えながら後ろに跳び引きすぐさま距離を取った。


そして思い返す。あの一瞬、確かに攻撃は防いだはずなのに何が起こったのか。微かな違和感から答えを導こうとする。


(呪具の効果?天逆鉾と同じ術式を無効化する効果か?いや、それなら最初から防壁を突破できる筈。まさか呪力を変質させて術式を中和した……?)

「天叢雲剣は死した八岐大蛇の尾から出てきた剣。それ即ち八岐大蛇の力を宿していることに他ならない。童よ、かの者の力は知っているか?」

(八岐大蛇……?仮想特級怨霊……だが高専に記録は残っていない。その能力……大蛇信仰による水神なら水流操作じゃないのか……?)

「水を操る力……と思うだろうが、それは八岐大蛇の呪力特性による副産物に過ぎん。答えは『七度までの死因への適応』だ。八岐大蛇は最後の一本を除いた首の数だけ命の残基が存在し、首を一つ消費することで蘇生し死因となった攻撃に対し無敵となる。そしてその力の断片が、この剣には込められている」

「───七度までの事象への適応能力か!!」


あらゆる事象への適応。十種影法術における最終手段、八握剣異戒神将魔虚羅の保有する特殊能力とほぼ同じものがあの剣には込められている。成る程確かにそれなら自分の防壁を斬り裂ける筈だと、神剣の名に違わぬインチキじみた力に類は唇を噛んだ。


その言葉を証明するように、依吹は剣を千切れかけた左腕に宛てる。すると剣が仄かに発光すると同時に凄惨な傷跡は瞬く間に元通りになってしまった。『碧』によって付けられた修復不可である筈の損傷さえその呪力に適応し、治せるように変化したのだろう。


……無論、依吹が持っているのは紛い物。だからこその回数制限だろう。しかしそれがなんの慰めにもならないくらいにはその力は強力無比な物であるとしか言えない。


「その通り。招聘してから七回、この剣は性質を事象に応じて変化させる。紛い物であるコイツの場合は適応すればするほど段階的に消費する呪力が増していくのが欠点ではあるが……───さて、今ので二回目。お前は何処まで持つ?童よ……」

「勘弁しろよ……!!」


恐らく自分が相対してきた中で最強最悪の敵だろうことを確信しながら類は全身から呪力を漲らせた。自分が引けば無辜の民間人への虐殺が止められないし、何よりここで仕留めねばこの化け物が結界の外に離脱して被害が拡大しかねない。


であれば、逃げるという選択肢は最初から用意されていない。五条悟が封印された以上、この場でアレを止められるのは自分だけ。


そう自分に言い聞かせながら類は今一度覚悟を決め───京都結界における最後の決戦が、始まった。

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