亡き王女のためのパヴァーヌ

亡き王女のためのパヴァーヌ

Medúlla

オカルト系if時空長文。微グロ注意。





「ここはお前が大きくなったら通う学校になる」

造成中の広大な土地を展望台から見渡し、老いたCEOは幼子を抱き上げ遠くを指差した。

「見えるだろう?あの丘の辺りに、お前と仲間達の為に寮を作るのだ」

「何処よりも贅沢な寮にする。本社と同じ設えにしてロビーにシャンデリアを飾る。部屋から見える中庭には樹を植え、噴水を置く。広いトレーニングルームと訓練室に、大きな格納庫も作る。学生達が使うモビルスーツが沢山並ぶんだよ。勿論、お前には特製のモビルスーツを作ってやるぞ」

何も分からない幼子は大きな青い瞳で祖父の眉毛や指先、建設現場の重機を目で追っていた。

「グラスレーは寮に林檎を植えるらしい」とCEOはふと側近を見遣り、「我々はマルメロの樹にしよう」と呟くと、背後に控える側近達が「よろしいですな」と一斉に頷いた。

赤い重機がキャタピラーの轟音を出して眼下を通り、幼子はキャッキャと笑い手を振った。両親は微笑みながら幼子を見守っていた。

「そうだ。談話室にはピアノを置こう」

CEOは幼子の小さな手を撫でながら語り掛けた。

「ピアノは情操教育に良く、聴覚の訓練にもなる。指先の繊細な感覚も鍛えられるぞ」




A.D.2**年10月



「ひとつ、真夜中に独りでに鳴る第1寮の談話室のピアノ」

「ひとつ、黄昏時の森で『助っ人』と7回唱えると『薔薇の君』に逢える」

「ひとつ、研究所の実験棟で100年間眠り続ける『眠れる王子様』」

「ひとつ、高い所に登りたがる馬鹿は壊れたモビルスーツに乗った『空飛ぶホルダー』に突き落とされて死ぬ」

「ひとつ、一部のハロには本物の人間が入っている」

「ひとつ、運動場でマシュマロを落とすと『学籍番号MP444』の生徒が啜り泣いて現れる」

「ひとつ、理事長のババアは夜な夜なリプリチャイルドの生き血を吸っている」


真夜中の第1寮の4人部屋。俺達は噂を語り終えると手持ちのペンライトに息を吹き掛け、蝋燭を吹き消す仕草をして灯りを消した。

「で、どれにする?」Aが左の2段ベッドの上段から身を乗り出す。「理事長室突撃?どっかのハロ捕まえて解剖する?」

「俺は『空飛ぶホルダー』に会いたい」と下で寝転ぶBが呑気に言う。

「いや・・・最初は易しめのでいいでしょ・・・」と右の2段ベッド下段の僕は読みかけの小説を閉じて口ごもる。

「よっしゃ決まった!」と僕の上で寝ていたCが起き上がった。「談話室行こうぜ」

僕達はアスティカシア高等専門学園のメカニック科1年生。

創立100年を超えるこの学園は昔テロリスト襲撃で生徒が多数亡くなったらしく、様々なオカルトホラーな噂が囁かれていた。それでまぁ10月はハロウィンだし、怪談話の流れで肝試しする事にした。


寮監の見回り後を見計らって部屋を抜け出し、僕達はペンライトやタブレットを持ち階段を降りた。

談話室は「旧館」と呼ばれる棟の1階にある。第1寮が「ジェターク寮」と呼ばれていた頃の建物の一部らしく、古過ぎて今は使われてない。

僕達はマルメロ?とかいう樹がある中庭に面したガラス窓をこじ開け、部屋の中へ侵入した。

部屋は埃臭いが予想以上に豪華だった。天井にはシャンデリア、絨毯みたいに分厚いカーテンとレース刺繍のカーテンに金刺繍のタッセル。年季が入った豪華なテーブルと椅子。壁に掛かった古い写真。そして何故かピアノが置かれていた。

「なんで学生寮の天井にシャンデリアあんの」

「サスペンスドラマの殺人現場過ぎるだろ!やばい、空気感やばい」

AとBが騒はしゃぐ横でCは淡々と録画モードONにしたタブレットを設置した。そして測定アプリを起動して「パーメット濃度ちょい高め。いい感じ」と親指を立てた。

大気中のパーメット濃度が高まると幽霊が現れやすいそうだ。

後は各々カーテンの陰に隠れて息を潜めていた。



2時間半後。

さっき中断した小説の続きを読み終えてタブレットを閉じ、カーテンから外を覗く。

何も無い。

「・・・やっぱ部屋に帰る?」

床に座り続けて尻が痛くなった僕は皆に声を掛けた。ところが誰からも返事が来ない。

こいつら寝てやがる!と気づいて僕は焦った。なんでサスペンスドラマ部屋で平気で寝てるの?怖がりの僕には信じられなかった。

独りだと思うと急に震えが来て、やば、別の事に意識を逸らそうとした視線の先にピアノがあった。部屋に埃が舞う割にピアノは綺麗に掃除されてる様子で、蓋が開き鍵盤が見えていた。

誰か時々使ってんのかな。と思い楽譜とか辺りに無いか目で追っていたら、白く光る鍵盤に突然影が差した。

前髪、鼻筋から唇、顎から喉、胸へ至る起伏。人の影だ。

恐る恐る視線をそちらに向けた。

背の高い青年がガラス窓の傍に立っていた。


ひゃっ、と喉から声が出そうになるのをギリギリ抑えた。何時の間に。何処から。誰にも気づかれずにどうやって。

幽霊?本当に幽霊?

中庭の常夜灯の光がレースカーテン越しに青年を照らす。

ガラス窓の高さから推測すると身長190センチ程度。びっくりするくらいスタイルが良い。長い手足。胸元の生地がはち切れそうな大胸筋、鍛えて引き締まった腰。人間というより古代ギリシャ彫刻みたいな気がする。

前髪だけピンク?に染めた不思議な髪形で眉が独特だけど、全体的には彫りが深く整った美しい顔立ち。でも表情が虚ろで冷たく、ほのかな憂いを帯びているような・・・?青い瞳だけが異様に澄んだ光を放っている。

政財界のトップが着るようなデザインに仕立てた臙脂色のビジネススーツ姿。僕より4,5歳ほど上だろう歳で着るものではない。

どこかで見た記憶がある・・・どこで?

よく見ると耳の下から首筋、スーツの袖から除く手首と指、に血管の流れに添って青く光輝く痣が浮かんでいる。

明らかにこの世の者では無かった。


青年はピアノに視線を遣った。

口元が僅かに緩んだ。椅子を引き、高さを調整して座った。

まず指を鍵盤に添え、力を込めて1音鳴らした。次に両手を組み腕を伸ばし軽くストレッチして、それから弾き始めた。緩やかなテンポの美しい旋律が部屋に響いた。


幽霊が・・・ピアノ?


カーテンの端をギュッと握り悲鳴を必死で耐えていると、突然僕の近くのドアが開いた。

恰幅の良い男子とオレンジ色の髪の女子が部屋に入って来た。

「あれ、ピアノ弾いてる」


談話室は真夜中から一転、黄昏の光が差し込む部屋に変わった。現れた生徒達はセーラー服じゃない、袖が膨らんだ昔の制服を着ていた。

あれっと驚いてピアノを再び見ると、青年は制服の上着を肩に掛けた、羽を広げた孔雀みたいな長髪の男子生徒に変わっていた。

青年の・・・学生時代だろうか?


オレンジ色の髪の女子は「暗いよ」と部屋の照明を点けてピアノの傍に立ち、「久し振りに聞いた」と囁いた。

長髪の彼は「ああ」と弾く手を止めずに答える。褐色の長く美しい指が鍵盤の上を舞っている。

「これ何の曲?」と恰幅の良い男子生徒が尋ねた。

「亡き王女のためのパヴァーヌ」

「知らないけど綺麗な曲だな」

「ああ」

2人は壁にもたれて音を聴いていた。

暗闇で見た青年と違い、学生の彼は華やかなラテン系の顔立ちで、子供っぽい無邪気な傲慢さも垣間見える雰囲気を纏っていた。でも見た目と裏腹に指が紡ぐ音は繊細で美しい。時に高音が小さくきらきらと輝き、時に低音が仄暗く揺れる。

すると反対側のドアが開いて「先輩がピアノ弾いてるー!」と2人の生徒が駆け寄ってきた。

「すっごーい!ピアノ弾いてんの初めて見た!」

「あ、先輩いま音飛ばした」

少し意地悪な後輩に指摘されて「うるせぇな」と彼が眉間に皺を寄せて睨む。「次はお前に弾いてもらうぞペトラ」

肩をすくめて一歩引いた女子に替わり、相方の女子が「先輩のイメージと違いますね」っと身を乗り出した。

「何だイメージって」

「もっとジャジャジャジャーン!って鍵盤叩きつけると思ってました」

「フェルシーそれはピアノじゃない。『運命』」

そんな間にも1人、2人と生徒が入室する。ギャラリーはどんどん増えていく。

「おお、先輩のピアノだ」「ピアノ弾けるって本当なんだ」「意外と乙女な選曲ですね」「何の曲?」「ショパンじゃない?」「違うよ」「先輩、特技は操縦とマシュマロ焼くだけじゃなかったんですね」

周りでワイワイ騒がれた彼が手を止め、「お前ら黙って曲を聴け!」と怒鳴った。生徒達がワッと笑った。

「はあ、もう」

気を取り直して続きを弾き始めた彼に、「テンポ遅くないですか?」とペトラという生徒がまた少し意地悪を言う。

「こんなもんだろ」

「間違えないようゆっくり弾いてません?」

「ゆっくりじゃねえ!情緒があると言え!」

口喧嘩しつつも調子を取り戻した彼は、ドヤ顔で指を正確に運びながら「ピアノの訓練は良いぞ。指先の繊細な感覚が鍛えられる」と言った。

「へえー。初めて聞きました」

「俺も父さんから教えて貰ったんだ。お祖父様が若い頃パイロットだった時に・・・」と語る彼の声は「お祖父様ぁ!?」と素っ頓狂な叫び声で掻き消された。

「あ、チッ」

指が縺れた。

「グエル先輩、今お祖父様って言った!!」

さすがー!御曹司発言いただきました!と生徒達がまた笑ったので、彼は鍵盤に掌ごと叩きつけ「ああーうるせえフェルシー!お前が耳元で騒ぐから間違えただろうが!」と不貞腐れた。

最後に登場した生徒がクスッと笑って「兄さん。夕食の時間」と声を掛け、ピアノの会はお開きになった。

生徒達が騒ぎながら部屋から出て行き、オレンジ色の髪の女子が照明を消した。部屋がまた暗闇に包まれた。


暗闇に取り残された彼は短髪のビジネススーツ姿に戻っていた。

ピアノからそうっと掌を、指を離す。少し俯いて掌を見詰める。爪の先まですべて青く光る痣が浮かんでいる。

孔雀のような髪も、自慢気なドヤ顔も、不貞腐れた姿も消えていた。元の虚ろな表情の幽霊だった。

「青い血・・・」

彼は掌を見詰めながら小声で呟いた。

底知れない恐怖で僕はカーテンに縋りついていた。どうしよう腰が立たない。手も脚も震えが止まらない。


青年は再び鍵盤に指を落とした。二度目のパヴァーヌは旋律にならず、音の断片が鳴っては壊れていった。

「どうして、」

鍵盤を叩く音に紛れて時折彼の喉から苦悶の声が漏れる。後輩達とじゃれ合っていた時と違う、暗闇に仄暗く揺れる喘ぎ声のような音。

「お祖父様の、」

叩く度に指が壊れ、粉々になり、床に崩れ落ちる。指先から青く濁った光が流れ、鍵盤から滴り落ちる。

ピアノを叩く音はやがて金属音に変わり、黒鍵、白鍵がバラバラに跳ね上がり、ペダルや、脚と共に崩壊した。

「寮を、みんなを、父さん、ラウ、」

左腕の肘から先がバキッと折れて崩れた。剥き出しになった二の腕の肌に、発光した痣が次々と浮かび上った。

「俺は、守れ、」

彼は残った右腕の指先でスーツの襟に手を掛けた。臙脂色の繊維がパキ、パキ、と音を立てて崩れた。

盛り上がった胸元の中身は空っぽだった。

半分折れた肋骨と青い横隔膜にかしづかれるように、心臓があった部分に小さな陶器人形が安置されていた。豪奢なドレスを纏った幼き王女の人形だった。やがて陶器人形は傾き、床に落ちて割れた。

「なかったのか・・・」


指が、腕が、胸が壊れて、頭が崩れ落ちる数秒前、青年がこちらを振り向き僕と目が合った。

「新しい学園の生徒・・・?」

「え、えっ・・・?」

喉の奥から戦慄がこみ上げてきて僕は何も言えなかった。

青年は僕の顔と制服を眺めた。憂いを帯びた表情が綻んだ。

「そうか・・・」

彼は僅かに首を傾けて、ふ、と微笑んだ。

ほんの少し頬に赤みが差した。前髪がふわりと揺れた。薔薇のようだ、と思った。

次の瞬間彼の頬はすべて痣に覆われ、微笑みは肉と骨を剥がれる苦痛で失われた。

青い瞳から涙が一筋零れた。長い睫毛が瞬かれると、涙は眦の黒子から頬を伝い、青い焔となって空中を舞った。

「・・・」

ピアノと彼の身体がすべて崩れ落ちた瞬間、僕は耐えきれず悲鳴を上げた。


目を覚ました時、僕は二段ベッドの下段でAとBとCに心配そうに覗き込まれていた。

「マジやばかった」「お前失神してたんだよ」「3人掛かりでここまで運んだんだぜ」「キツかったー」とAとBは代わるがわる口にした。

Cは「パーメット濃度が規定値超えてたらしい」と慰めてくれた。「お前パーメット過敏症だったんだな。弱い奴は幻覚症状が起きて意識失うんだって。ほんと、すまん」

幻覚症状?

「こちらこそごめん。・・・ピアノは?」

「鳴らなかったし何も映ってなかった」

僕達はお互いに慰め合い、それぞれベッドに戻った。


タオルケットを頭から被るが全然眠れなかった。新しい小説を読んでも文字が頭に入らない。

割れた陶器人形が、崩れゆく時最後に見せた微笑みが、ピアノの旋律が耳にこびりついて離れない。


ふと思い出して僕は勉強机に置いたタブレットを手に取った。

『亡き王女のためのパヴァーヌ』を動画検索して聴いてみる。

あ、これ先週音楽の授業で習った。スペイン王女を題材にしたベラスケスの名画からイメージした曲、とかいう。

次に学園公式アプリを起動した。メニューから「アスティカシアの歴史≪1≫」をタップすると、学園設立当時の脚注付き画像が何枚か見れた。

造成中の土地に立つ総裁と各社のCEO達。建設中の校舎。マルメロの樹の下で臙脂色のビジネススーツを着た白髭の老人が子供を抱いている。『新設間もないジェターク寮の中庭にて』と脚注が付いている。談話室の壁に掛かったのと同じだ。

次は「アスティカシアの歴史≪2≫」。

教室で手を振る生徒達。大型モビルスーツの補修授業。学生時代の彼らしき人物がいる。パイロットスーツ姿で寮旗を振り回し、笑顔の生徒達に囲まれている。ピアノの周りに居た面々だ。『恒例行事、ランブルリングの優勝者』。

さらに読み進めて「アスティカシアの歴史≪3≫」。

建物が崩壊した学園。再建中の校舎。恰幅の良い男子とオレンジ色の髪の女子が作業着姿でピースサイン。『再建作業に参加する卒業生達』。

そうだった・・・入学式のクソ長い校長訓辞中、暇潰しにアプリを見てたんだ・・・

開校式の記念写真もあった。校舎を背景にして淡青色のビジネススーツを着た青年と女性、そして臙脂色のビジネススーツを着た青年が笑い合っている。『新生アスティカシア高等専門学園の出発。ジェターク社CEOが理事長に就任』

最後は職員の説明を聞きながら無機質な建物を歩く彼の写真。『仮学生寮を視察する理事長』

・・・これが昔の理事長?ジェターク社CEO?すげえ若っ!となって・・・今の理事長確かババアだったよな?と疑問に思ってプロフィールのリンクを開いたんだ、そしたら・・・

臙脂色のビジネススーツを着た青年が微笑んでいた。

呆然と画像を眺めていた僕は、また気が遠くなってベッドにタブレットを放り投げた。


『翌年10月、理事長は念願の第1寮完成を見届ける事無く急逝された。享年21歳』


(了)


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