五文字の伝言

五文字の伝言

UA2

※注意事項※

 時系列は無色透明ifローさんが捕まって1周年、まだ透明じゃないifローさん。モツとかえぐめの描写が出てきます。医学知識のない人間が書いてるので、すべてはファンタジーってことで流してください。

 誤字脱字はお友達。





 長い、長い廊下を、ドフラミンゴに鎖を引かれながら歩く。傷付いた足でふらつきながらそれでも必死に歩くのは、目覚めてすぐに男から告げられた「お前が喜ぶプレゼント」に嫌な予感を覚えたからだ。

 戯れに引っ張られて体勢を崩す。足早な男は震える俺を嘲笑った。


「ロー、そんなにちんたらしてると無くなっちまうぞ」

「……知った、ことか」

「フッフッフッ。一目見れば、泣いて喜ぶ筈なんだがなァ」


 そら、おまちかねだと背中を押され、倒れ込むように部屋へと入った。ぎゅっと目を瞑って衝撃に備えたが、床一面に毛足の短い赤色のカーペットが敷かれていたおかげか痛みは少ない。恐る恐る瞼を開いた先、絨毯とは違う赤色と、見覚えのあるつなぎを着た人達がいた。

 あの頃の半数ほどに減ったクルー達は、程度は違えど怪我だらけだった。痣だらけの者、腕や足がおかしな方向へと曲がった者、内臓が露出している者もいる。ドフラミンゴが、彼らをここまで痛めつけたのだろう。


「ベポ、シャチ、ペンギン……お前ら……」

「大事にしていただろう?せっかく生き残ったのに、わざわざ反抗したもんだから随分と痛めつけちまったが……マァ、死に際に会えねぇのは寂しいからなァ」

「こんな……!」


 俺の声に反応したハクガンが小さな声で俺を呼んだ。呻き声、身じろぎ。僅かな反応によって、皆かろうじて生きていることを確認してゆく。

 俺を見下ろしたドフラミンゴが嗤う。


「長く見積もっても一時間、ってところか」


 言われなくともわかっていた。このまま放置すればすぐに死んでしまうだろう。それだけは、耐えられなかった。


「ドフラミンゴ、……あいつらを、治療させろ」

「オイオイ、勘違いするなよロー。俺はお前に、こいつらの無様な死に様を見せてやるだけのつもりなんだ」

「こいつらは、関係ない!!」

「俺の知ったことじゃねェなァ……」

「ッ……!頼む……、ドフィ」


 プライドなんて、仲間の命に比べたら安い物だった。震える体を引き摺ってドフラミンゴの足元に蹲り、甲にキスを落とす。つま先が俺の顎を持ち上げた。


「……ドフィ。お願い、します。あいつらを、……治療させて、ください。もう、逃げたり、しないから……」

「__フ、フフフフ!」


 男の目から殺意が消える。


「いいだろう。俺の元に帰ってきてから初めてのオネダリだ。叶えてやるさ。必要な道具も持ってこさせよう」


 あぁ、それからと言葉を続けた男が、指を広げた。


「その腕も、な」

「!」


 細い糸の群れが、俺の肘から下のない右腕に群がってゆく。糸は、一年かけて塞がった傷を無理やりこじ開けて入り込んできた。それと神経が結びついた瞬間、とてつもない激痛に襲われて体が跳ねる。


「ぐ、ッゔゔ……!」


 肉をこねるような音と共に糸が形を成してゆく。程なくして出来上がったのは、懐かしさを覚えるタトゥーの入った右腕。左手でそっと触れると、かつてあったものと同じように熱や触覚を伝えた。痛みと奇妙な感覚を与えながらも、俺の意思で動く右腕。


「どんなに素晴らしい器具があったとしても、それを使う医者が隻腕じゃどうしようもねェもんなァ」


少し離れた場所で、玉座に腰を下ろしたドフラミンゴがワインを傾けながら足を組む。


「安心しろよ、ロー。俺はここから見ているだけだ」

「……ッ、」

「はやく大事なクルーを治してやれ。__死んじまうぞ?」


 弾かれたようにクルーに駆け寄り、トリアージしてゆく。


「キャプ、テン……」

「喋るな。必ず治してやる」


 痛む体を押して、ただひたすらに手を動かした。裂傷を止血し、足りない血を補い、こぼれ落ちかけた内臓から慎重に木片や石片を取り除いて洗浄し、傷を縫い合わせて元に戻す。

 激痛と疲労に霞む視界で一人、また一人と処置を済ませていった。最後の一人、最も軽傷であるベポの傷も酷かった。切り傷だらけの体。頭部に殴られた痕跡。腕の骨も複雑骨折していた。


「キャプテン、ごめんね……。俺たち……キャプテンを、助けたかったんだけど……うまくできなくて」

「ベポ……」

「……ジャンパールがね、みんな庇ってくれて……俺も頑張ったんだけど……あいつに一発も入れられなくて……みんな、みんなが……」

「今は、回復することだけに専念しろ」


 ぐずぐずと泣くベポを宥めながら手を動かし続ける。

 ベポの手当が終わったら、彼らはどうなるのだろう。俺は、どうなるのだろうか。俺のすべてを差し出せばこいつらだけは見逃してくれるだろうか。最悪、自殺を仄めかすしかないが。


「いッ……」


 不意に、ゾワゾワとした感覚に襲われる。その直後、一番初めに処置を終わらせた筈のウニが大きな悲鳴を上げて背中をのけぞらせた。びくんびくんと大きく痙攣し、血液混じりの泡を吹いている。慌てて駆け寄るも、すんでのところで彼の全身から力が抜けていく。


「ウニ!ウニ……ッ!!」


 口の端からだらだらと血を流しながら絶命しているウニの名前を必死に呼んだ。反応がない。口内の血液を掻き出し気道を確保したのち、心臓マッサージと人工呼吸を繰り返す。一分、二分、三分。

 五分を過ぎても、脈は戻らなかった。


「どうして……」


 処置は完璧だったはずだ。内臓だって限りなく正常な状態に戻したはずなのに。


「ねぇ、……キャプテン……」


 ウニの横で倒れていたクルーが、唖然とする俺の袖を引いた。


「右腕、……なに、か……」

「う、で……?」


 見下ろした先、右腕から糸が何本もウニへと伸びてピンと張っていた。注視してようやく見えるほどに細くてしなやかな無色透明の糸が、血色(ちいろ)に染まっている。透明な糸に触れると右腕から走る寒気。


「おぉ、しまった。お前の腕の作りが甘かったみたいだ。緩んでほつれちまってる」


 背後から響く、微塵もそうは思ってなさげな声音。


「すまねェなぁ、ロー。あとで作り直してやるよ」

「……は?」


 なぜ、こいつは今、俺にそれを伝えた?

 そっと、右腕を自身の胸元に引き寄せる。ウニの口からごぽりと溢れる血液。答えに辿り着くのに、時間はかからなかった。


「さっきのは、この糸が……!」


 処置中、 気付かないうちにほつれた糸がウニの内蔵に絡み、俺の動きに引っ張られて、内側から締め付けて切り刻んでいる。

 端から救わせるつもりなんてなかったのだ、この男は。


「卑怯者……!」

「卑怯?いやいや、これは事故さ。たしかに義手の作りが甘かったのは俺の非だ。謝ろう。だが、その糸を引いて殺したのはお前だ」


 男がニヤリと笑う。


「俺はお前に義手を作ってやってからクルーには指一つ触れていないし、イトイトの能力を使っちゃいない。そうだろう?」

「それ、は……」

「人殺しに使われたナイフに罪があるってのか?これは、お前がもっとはやくに気付いていれば止められた事故。殺人というなら、その犯人はお前ってことになる」


 心臓が早鐘を打ち、冷や汗が頬を伝った。何も言い返せない。焦りと疲労で半ば思考停止して、この男の作った腕を信用したのは俺自身だ。何か裏があるかもと疑うべきだった。不備があるのではと調べるべきだった。

 怯えの滲んだ視線がいくつも刺さる。クルーの死の原因に気付いたところで、どうしようもなかった。俺が動けば他のクルーが死ぬ。しかし、ベポの傷も放置できない。

 誰にどのように糸が入り込んでいるのか、どう動くと引っ張られるのか。なにもわからないのに、『俺の動作がクルーを傷付ける』という事実だけがくっきりと見えている。


「フッフッフッ。ロー、どうした?そいつの怪我を治してやらねェのか」

「……」

「しょうがねェな。手伝ってやるよ」

「ッ!やめ……!」


 ドフラミンゴがくいと指を動かした。ゆるりと俺の四肢に絡んだ糸が操り、道化のような大袈裟な身振りでベポの治療を再開する。右手を動かすたびに、患部を内側から締め付けられた仲間達の悲痛な声が響く。


「その熊の大切なクルーなんだろう?治療してやらねェとかわいそうじゃないか。なァ!」

「やめろ!やめてくれ!!」


 楽しそうに笑った男が仕上げとばかりに中指を曲げた。抵抗虚しく後ろに引かれる右腕。また神経に響く、あの感覚。


「い、__だぁあ゛ああ!!」


 クリオネの絶叫と共に、閉じたばかりの傷が裂けて細切れになった内臓がクラッカーのように飛び出すのが見えた。怯えたイッカクが助けを求めて手を伸ばす。答えようと左手を伸ばした瞬間、彼女の体も爆ぜた。

 悲鳴と赤色が脳の奥に嫌というほどこびりついてゆく。


「あ……あ……?」


 唖然とする俺の肩を、ドフラミンゴの糸が柔く抱く。


「あーあー、かわいそうになァ。あいつら、お前が余計なこと言わなきゃ、もう少し生きられたろうに」


 男の冷笑、仲間の呻き声と啜り泣きが脳裏を揺さぶる。


「くる、しい……」

「して……」

「ころして……、キャプテン……」


 辛うじて動ける者達が助けを求めて手を伸ばす。

 ああ、そうだろうとも。内臓が切り刻まれ、流れ出した血液があちこちを圧迫する。呼吸だってままならない。その状態で生きているなど苦痛以外のなにものでもないだろう。


「どうするんだ、ロー」


 玉座に座った男が問う。この瞬間だけは操られていた体の自由が戻ってきた。

 それならば、するべきことなど一つだった。


 そばにいたクルーの枕元に膝をつき、メスを握りしめた左腕を振り翳す。切るべき場所はわかっている。一撃で、楽にしてやれる。

 俺が巻き込んでしまったのだから。せめて、最後の願いくらいは。

 でも、でも。


 縋るような手が俺の服を掴んだ。

 まだ、こんなにもあたたかくて。生きているのに。

 



ぽたり。

   ぽたり。



「殺せない……殺したくない……!」


 ぽろぽろと涙が溢れてくる。苦しみ抜いて死ぬよりは、俺が終わらせてやるべきなのだとわかってる。それでも、手が震えて振り下ろすことは出来なかった。

 お前達を救えない医者でごめん。ダメな船長でごめんなさい。謝り続ける俺の体を、クルーの一人が取れかけの腕で労わるように撫でた。

 男がつまらなさげに鼻を鳴らす。体の自由が失われてゆく。


「……ッ!やめろドフラミンゴ!!もう、こいつらを傷付けたくない!!」

「それを決めるのはお前じゃねェ!この俺だ!!」


 操られたこの手がクルーの体を傷付けてゆく。惨たらしい死に方をしてゆくのをただ見ているしか出来ない。

 殺意はドフラミンゴのもの。けれど、俺の手には首を掻き切る感触が、目を抉る音が、腑を握りつぶす感覚がこびりついて離れない。抵抗すればするだけ、俺の体は彼らを苛烈に甚振った。俺の体が動く度に、ミンチのようになった内臓が辺りに散乱する。


「そんな顔、じない゛で……」

「キャプテン!!生ぎで!!」

「お願い、生ぎる、こと、を……諦め゛ないで!!」


 たくさんの悲鳴の中で、あいつらは命が尽きるその瞬間まで叫び続けた。

 そうして、最後に残されたのは、あの日船出を共にした幼馴染たち。


「やめろ……やめてくれ……たのむから……」

「__ローさん、」


 ペンギンが、シャチが、ベポが、満面の笑みで笑う。血だらけで、みちみちと肉が締め上げられる音が俺にも聞こえるくらいなのに、いつもと同じ馬鹿みたいな顔で。


「"     " 。どうか……しなないで」


 形容し難い音と共に、三人が一塊の肉塊へと変わる。辺りにはさまざまな形の肉片が転がった。

 あれはペンギンの右腕。

 あれはシャチの腸。

 あれはベポの心臓。


 視界に入る場所全てが血の海だった。ぐちゃぐちゃになった中に、知っているものがいくつも転がって、その中からしろい骨が覗いている。

 ぬるりとした液体が頬を伝って、落ちた。辿るように動いた視線。真っ赤に染まった足元に転がっているものと目が合った。


「あ____、」


 見覚えのある、黒い虹彩。ベポの、


(俺が、殺した)

(ウニを、クリオネを、イッカクを、ペンギンを、シャチを、ベポを。みんなを……)

(この手で、ころした。みごろしに、した)




「あぁああぁあああッ!!!」


 どうしようもない虚無感に襲われて、体から力が抜ける。俺の体を抱きとめた男が何か話しかけているようだが、上手く聞き取れない。何もかもに薄い膜がかかったようだった。

 音が、感覚が、世界が遠い。


「しにたい」


 こぼれた言葉に男の口元が歪んだのも、壊れ物のように運ばれるのも全てどうでもよかった。

 死にたい。終わりたい。こんなにも苦しい。だから、


『いきて』


『生きていて』


『死なないで』


 死んだ彼らの声を思い出す。


(____そうか)


 彼らの望みはそうじゃない。

 望まれたのは生きていること。ならば、どんな手を使っても生きなくてはならない。何もかも最悪の選択肢を選んだ俺が、あいつらと同じ場所に行くことは許されない。

 生きる。

 彼らの命を奪い、最期の願いさえ叶え損なった俺がしてやれる、唯一のこと。


「ロー」


 血みどろの体がバスタブに入れられ、服のボタンを一つづつ外されてゆく。これまで払い除けていたそれに、何の感情も浮かばない。

 節くれだった大きな手が頬を撫でた。男を見上げて、その手に擦り寄る。ここで生き残るには、この男の望むようにさせればいいのだと知っていた。


(はじめから、こうしていれば……)


 仲間は死ななかったのかもしれない。すべては過ぎたこと。後悔してもあいつら戻ってはこない。


「いい子だ。俺の可愛い人形」


 目を閉じて、体を這い回る男の執着に身を委ねた。ジクジクと痛み、泣き叫ぶ己を心の中に閉じ込めて、ただ生きる為に呼吸する。


 大丈夫、俺はあいつらを殺せたんだ。

 自分の想いだって、ころしてみせる。





「ッ!!……ハァ……」


 飛び起き、辺りを見回す。薄暗い室内は、夢に見たような豪奢な部屋ではなく、見慣れた自室であった。椅子に座っていたことにほっと胸を撫で下ろす。末端は恐ろしく冷え、感覚を失っていた。ぶるぶると震える体を抱きしめて荒い息を吐きながら、この恐怖の波が落ち着くのを待つ。


 麦わらの一味から並行世界の己の話を聞いて三日。合流まであと半日はかかる。その間、こうして夢として別の俺の記憶を見た。おかげで、連日寝不足である。ほんの少し、うたた寝するだけで見てしまうのか。頭が痛くなった。

 これまで見た夢は三度。


 麦わら屋達が目の前で殺される夢。

 ドフラミンゴに虐げられる日々の夢。

 逃げ出そうとしては嘲笑われて絶望する夢。

 そして、今日。四度目の夢は、


「俺の……最も心を抉られた記憶か」


 別世界の俺があの男の人形になった日は、奇しくも麦わら屋達の命日だった。一年。ありとあらゆる苦痛を耐えて耐えて、耐え続けた末の発狂。忘却や白痴でなかっただけまだマシだと思った。あの男に再教育させる隙を与えなかったのだから。

 肉体を傷付ける暴力も、屈辱的な仕打ちも夢にみれば恐ろしいくらいに恐怖や怒りを与えた。それでも、今日ほど夢で良かったと切に願ったものはない。


 己を抱く腕(かいな)を緩めて、掌をじっと見つめる。骨の硬さや肉の手触り、あいつらの命を断つ感触が鮮明に残っているその手に、ベッタリとついた血液を幻視した。匂いやぬめりまで思い出してしまって思わずえずく。情けない。首を振って幻を振り払う。

 そうしている間も、俺の胸中では、ぐるぐると他人の感情が巡っていた。死んでいった麦わら達への懺悔、ドフラミンゴへの嫌悪感と怒り、己への仕打ちへの不安と恐怖。最も大きな感情、クルーへの罪悪感と後悔。その他のものも混ざって極彩色になったそれが外へ出せと暴れ回っている。


(今、あいつらに会いたくねェな……合流まで部屋に籠っていようか)

 

 夢がフラッシュバックしてひどい醜態を晒してしまいそうだと、床に転がるペンを拾いながら考え込む。

 俺の仲間は生きている。俺のせいで死んでもいないし、ましてや俺の手で殺してなんかいない。全て、別世界の俺の記憶なのだと頭ではわかっていても動悸がおさまらない。あれを、実際に目の前で体験して、彼らを失ったのだ。向こうの俺は。その絶望と号哭は、夢というフィルター越しで見た俺には想像もつかない。


「……それにしたって、馬鹿だな俺は」


 今のあいつを縛る根幹となったクルーの言葉。でもそれは、どちらかというと俺を慰め励ます言葉で、間違っても俺に対する恨み言ではなかった。だから、あいつの心を縛っているのは自分自身なのだ。クルーを救えなかった自分。最期の願いを叶えてやれなかったのに、ドフラミンゴに操られて殺した自分。そんな俺は許されるはずがないと決めつけて、自分を罰することへ逃げた。現状を打開することを諦め、許容を超えた感情だけを大事に抱えて生きる為に生きた。そうして抱えたものもいつの間にか歪んで、正しく認識出来なくなったのだ。もう一人の俺は。

 全くもって腹立たしい。


「はやく会って、一発ぶん殴らねェと」


"     "の言葉と共に。

 彼らが伝えたかった想いを届けてやろう。







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