二人の六眼
「ねえ、君僕の弟にならない?」
「は?」
冒頭の少し前、上質な着物を着た一人の少年が人気のない森に佇んでいた。
「ここは一体……?オレは何をしていた……?」
何故直前まで何をしていたか覚えていないのか。独り言ちながら、今自分が置かれた状況を把握しようと周囲を警戒していたそのとき。
ギャアアーーーーー!!!!
耳をつんざくような不愉快な声を上げて襲いかかってくる突如現れた呪霊。思考を邪魔してきた呪霊に対し、類は若干不機嫌に迎撃する。
「今は暇じゃないんだ……!術式順転紅」
否定の力が編み込まれた呪力を生成し、呪霊へと放つ。見知らぬ場所で警戒していたのもあって少し呪力を過剰に込めていたのか、呪霊は一撃で爆散する。
「呆気ないな」
小さく呟いたとき、パチパチと場違いな拍手が響く。
「いや〜お見事!」
手を叩きながらどこからか姿を見せる、黒い目隠しをつけた銀髪の男。類は一瞬で相手が強いことを見抜くと同時に、六眼によってその術式に気付く。
「その術式……何者だ!」
すぐさま隣接体勢をとる類に、相手の男は口角を上げながら手で制する。
「へえ、僕の術式がわかるってことは……やっぱりその眼は本物みたいだね」
自分が知っている限りでは、一族に無下限呪術を扱う者でこのような男はいなかった筈だ。それに……目隠しをつけていようとわかる。———相手も六眼を持っていることが。
六眼は同時に存在しない。歴史上、存在した記録はない。であれば、今この状況は明確に異常事態である。
「まあまあ落ち着いてよ。僕としても知りたいことは山程あるし」
一つ思い浮かんでいることがある。まさかとは思うものの、この状況を踏まえれば一番しっくりくる仮説だ。
相手に敵意がないのを感じ取り、取り敢えず警戒を解く。
「先ずは君、名前は?」
「名を訊くなら先に自分が名乗るべきです」
「それもそうだね…じゃあ僕が名乗るよ」
コホンと咳をすると、男はいえーいとピースをしながら笑みを浮かべた。
「僕は五条悟。特級呪術師で呪術界御三家、五条家の当主だよ〜!」
「五条家の当主?」
これはもう確定だろう。
「君は?」
「……五条類。五条家の当主です」
「予想はしてたけどやっぱり?」
う〜んどうしようかな〜と呟く男——五条悟。
「一応聞きますが、今の元号は?」
「今?令和だよ」
……聞いたことのない元号だ。元号自体はよく変わるが、令和なんてあった覚えはない。
「まあ取り敢えず、君——類は僕が連れて帰るね」
「は?」
「名前で確信したけど、君平安時代の五条家当主でしょ?帰る場所とかないし、これからどうするのかとか色々決めないと」
……正論だった。悔しいが反論できない。
口ぶりからして予想通りここは遠い未来なのだろう。であれば自分の知り合いなど一人もいないに違いない。………平安時代とは平安京からとったのだろうか、などと現実逃避をするが、現実は無常だった。
「上には……報告したら面倒なことになりそうだな……」
よし、と手を叩いた五条悟に目を向ければ両手首を掴まれた。
「ねえ、君僕の弟にならない?」
「は?」
そして冒頭に至るのである。
「この時代で生きていく上で先ず社会的に身分が必要でしょ?」
「それはわからなくはないですが、どうしてそこに繋がるんですか?」
「僕が面倒を見るにあたって、その眼と術式で五条家と関係がないとは言えない。となれば必然的に五条家の人間として接することになるけど、御三家は大体腐ってるから君を取り込もうとする」
「それで?」
「呪術界最強であり当主である僕の弟になれば、要らぬちょっかいとか上からの干渉を受けにくくなる」
すごく納得できる理由だ。今のところ反論材料が見つからない。
「一応聞いておくけど、今いくつ?」
「16です」
「じゃあ高専通えるね。1年生か」
高専とは何か尋ねたところ、ざっくりと勉学する場所と教えられた。
「教養は既に身に着いています」
「青春するのも大事だよ?それに、昔と今じゃ常識も作法も色々違うしね」
それもそうだ。とすると、もしやこの時代は漢文や和歌を使わないのか?
「じゃ、これからよろしくねブラザー」
「ぶらざー?よろしくお願いします」