二人が恋に気づくころ
過去スレ「恋を自覚したポケモントレーナーの反応」レス102番と118番を参考にした恋を自覚するペパアオの話
マフィティフとミラコラ(どっちかはぼかしてます)の視点で描いているので解釈違い等あるかもしれませんご注意ください
楽しく両片想いしててほしい!!!
「マフィティフ、聞いてくれ」
静かな、しかし力強い声に、自室で今まさに目の前の男から丁寧なブラッシングを受けていたマフィティフはぴくりと耳を動かした。
明日の休みはピクニックだから早く寝なきゃなと先程までは上機嫌に鼻歌など歌っていたのに、どうしたことだろう。
普段の元気で機嫌が良さそうな声でも、あるいは一人と一匹で留守番をしていたときの訥々と沈んだ声でもない。一番近いのは──将来への夢を語った、あのときのものであろうか。
マフィティフはゆっくりとその顔を見る。聞いているぞ、と態度で示してやる。
はたして、幾分かの躊躇いの末にその口は再び開かれた。
「オレ、好きな子ができたんだ」
その言葉に込められているのは、少しの迷いと、喜び。あとは決意か。
やや緊張気味な一言を告げ終えて、ペパーはへへへと照れたように笑う。
「って改めて言うのもなんだかな。オマエもよぉ〜く知ってるやつだぜ」
言って、その名が続けられた。アオイ、と。箱から取り出した宝物を愛おしむように。
……さて。わかりきったといえばわかりきった名前の登場にマフィティフはふんすと鼻を鳴らす。
ずっと共に生きてきたからか自分はおそらくペパーが思っている以上にその機微に敏い。
彼の口から親友と呼ぶ彼女の名前ばかり出てくるのにも、その視線が他の誰に対するものでもない柔らかさをもってふとした時に彼女に注がれているのにも、マフィティフはとっくに気付いていた。
本人が自覚するまでにはそれなりの時間を要したようだが。
やれやれとでも言いたげなその様子にペパーはムッと眉を上げる。
「なんだよそのお見通しちゃんって感じ!これでも言うのにかなり勇気出したんだぜ!」
そしてフッと力を抜き、俯いた。部屋の照明が逆光になり、髪の動きも相まって表情が見えにくくなる。
止まってしまったブラッシングの手もわずかに震えているのかもしれなかった。
「フラれるにしても──上手くいくにしても。オマエにはたぶん何かしらの迷惑をかけると思う」
これが本題であるらしい。やや姿勢を正して、マフィティフはポケモンなりに頭を絞って考える。
フラれたら何も手につかなくなって迷惑がかかる、というのはわかる。上手くいってかかる迷惑というのはなんだろう。
「フラれたら……まあ親友として仲良くしてはくれるかもしんないけど、オレはたぶん帰ったらすげー泣くかもな。で、上手く行ったらすげーのぼせ上がるかも」
ふむ。要は仕事に忙しく子供を構わなかった親に、良かれ悪しかれ恋愛で心乱される未来の自分像を重ねているわけなのだ、この男は。
マフィティフを自分のいちばんにできなくなることを恐れているということでもある。
それは杞憂と言っていいだろう。本来は学年も異なり交わるはずもなかった彼女と紡がれた絆こそがマフィティフへの想いの証なのだから。
……などと考えていようとも、本人に伝わるはずもなく。というか一連のことをペパー自身は言語化できていない可能性の方が高く。
とりあえずマフィティフはぺろりとその頬を舐めることにした。
「わ、とと……心配するなって?」
まあ大筋としては合っている。頷いてやると、オマエは本当によくできたヤツだよ、とがっしり抱きつかれた。
抱きしめる相手は自分じゃないだろうとこっそり嘆息するマフィティフである。いや似たような調子で以前彼女にも抱きついてたような。ならいいか。
「いや実際問題な?告白とか付き合うとかほとんど見たこともねーし、好きだっつっても何すればいいかサッパリちゃんなの!だからオレもちょっと……その、混乱してて。しばらく挙動不審になると思うけど気にしなくていいぜ」
パッと声のトーンを明るくしてペパーは立ち上がる。
まあ、急ぐことでもない。自分の見立てでは何か悪いようになる関係性ではないし、ゆっくり整理してくれればいいのだろう。
「うし!じゃアイツらにも言っとかなきゃな!……一気に出すと床抜けるかな」
手持ちの入ったボールを弄りながら思案するペパーを横目に、すっかりサラサラになった毛並みを満足気に眺めたマフィティフはくるりと丸くなるのだった。
「ねえ、わたしペパーのこと好きになっちゃったみたい!」
突然の告白は空の上。唯一の聞き手となった少女の守護竜はきょとんと目を瞬かせた。
「これって初恋!初恋ってやつかな!?」
滑空する竜にしっかりしがみつきながら、うきうきとした声は続く。
はつこい。意味はあまりわからないけど、好きって言ってたしとりあえず嬉しいものなんだろう。よかったなぁ。そんな気持ちを込めてグオオと一声鳴いてみる。
「最近ペパーのこと考えてたらドキドキしたり、楽しくなったり、今どうしてるのかな会いたいなって思っちゃったりして!」
滑空中に自然と下がった高度から着地点を見定め、竜は主にわずかな衝撃も与えず地に降り立った。
そのまま走り出す竜の背をちいさな手が労るようにいいこいいこと撫でる。
「それであぁ好きなのかなぁと思ったらもうペパーの全部かっこよく見えてきちゃって!」
語りに熱が入ると共にその撫でが徐々に速さを増していく。
「みんなにも言いたい!この気持ちを誰かと共有したーい!」
なでなでなでなで。
アギャギャギャ。
きゃあきゃあと楽しそうなアオイの加速する撫でを甘んじて受けていると、不意に「あ!」とサンドウィッチから具をこぼしてしまったときのような声がした。
「共有しちゃ駄目じゃん!わたしだけが好きじゃないと昼ドラになっちゃうよ昼ドラ!」
ていうか初恋は叶わないって言わない!?やだやだ!と竜には馴染みのない言葉で慌てだすアオイ。
「キュ……?」
「あーごめん!わかんないよね!……えーと、つまり、ペパーともっとずっと一緒にいたいなってこと!」
「アギャ!」
それならわかる。一緒にいた時間はそこまで長くなかったとはいえ、ペパーは自分にとっても家族だ。一緒にいたらうれしい!
「わかってくれるー?ペパーさんをわたしにください!なんて、へへ、それはマフィティフにも言わなきゃ駄目かな」
デレデレと竜の頭を撫で回す少女に迷いはない。
やりたいことには一直線で突っ込めるのがアオイの強みでもあった。
「ペパーもわたしのこと好きだけど、それは親友の好きだし。たぶん、いやぜったいニブいし!これからちょっとずつアピールしていくしかないよね!」
「ギャッス」
さて、約束の場所はどこらへんだったかな。見回したところで、ぶんぶんと手を振る見慣れたシルエットが目に入った。
「アオイ!」
呼ばれた名前に背中の少女がぴょんと跳ねる。
本日の目的地に到着。アオイの好きな人がアオイを今か今かと待ちかねていた。
いつも通りの晴れた日、いつも通りに広げられたテーブル。いつもと違うのは奇しくも同時期に自覚されてしまった二人の恋心だけ。
そんな長閑な席で、るんるんと昼食の準備は進められていた。
「ペパー、何かいいことあった?嬉しそうだね」
「そりゃこんないい天気でピクニックできるからな!オマエこそ顔へにゃへにゃちゃんだけどなんかあったか?」
「えへへ……うん、わたしもピクニックできて嬉しいからかな」
アオイと、ペパーと、一緒だから、なんて核心部分だけをそっと背中に隠して、二人は心から笑い合う。
二匹の相棒はそれをじいっと見つめていた。
お互いのことが大好きなのを二人だけがわかっていない。
すぐに言ってしまえばいいのにと竜はのんびりとした日差しの中で欠伸をひとつ。
まあ今の状態も楽しいんじゃないのかとマフィティフは伸びで応えた。
本気で背中を押したければ、アオイが数多連れているポケモンのうち意思疎通が得意な誰かの力を借りればそのささやかな秘密をお互いに伝えることはできるかもしれない。
それでも、抜けるような青空の下で、お互いなんだかとても幸せそうにいつも通りのやりとりをするものだから。
もう少しだけ見守ってやろうと二匹は顔を見合わせるのだった。
この後、お互いに一歩踏み出した結果二歩分の距離が縮まってしまった二人が内心目を回すことになるのだが、それはまた別の話である。