事変

事変



『花嫁』を守る為に設けられた休息日

今日はその日である


何もやる事が無い為、玲王は箱庭の中を散歩していた

地球のデータに基づき完璧に再現された、草木花、日光に風

蓋をするように降ろされた巨大な檻が無ければ、この場所は外と寸分違わない景観を保っている


まだ呼ばれていない苗床達は、各々束の間の休息を享受している。誰かと会話をしている者もいるが、大抵は一人でぼーっとしていた。


ふと上を見上げると、相変わらずの壮大な宇宙。


(どうして旦那様は子作りする時以外は逢ってくれねぇんだろう)


いや別に逢う必要も無いのだが。

広大な宇宙の中に居ると思うと、なんだか自分が一人ぼっちになってしまった様な心地がするのだ。

こんな時、世界で一番愛しい旦那様に逢えたなら、こんな気持ちは味わわずに済んだのに。

というか、あんなにたくさん居るのに誰一人として逢いに来ないというのはどうなんだ


(つまんね。寝床に帰ろ)


うじうじと考える自分が情けなくて、玲王は思考を打ち切る。

分かっているのだ、逢ってしまったら衝動を抑えられない。確実に、あの太く長く大きな、快楽を与えてくれる棒に縋り付いてしまう


それはきっと向こうも同じで、だから仕方ない


(あーあ、早く終わんねぇかな。休息日)




苗床の為の施設へと足を踏み入れる。

廊下をペタペタと歩いていると、不意に、白色が目の前を横切った


「あ」

「お」


驚き、互いに一文字だけ言葉を発する


「なぎじゃん!よぉ!元気?」

「···············レオ」


見知った顔に出会えて、玲王の気分は急速に上がる。逆に凪の方は、うげ、と気まずそうな顔をした


「何だその目は、俺と会えて嬉しいだろ」

「うん、嬉しいよ。だけど·····今はちょっと、会いたくなかったかも」


暗い顔をして、なぎは瞼を下ろす。

そこで気付いたのだが、なぎの腹は大きくなっていた。今にも子が産まれそうな程に


「ああそっか!最近見ねぇと思ってたら、おめでただったのな」

「·····なにもめでたくないよ、こんなの」


テンションを上げる玲王と違って、なぎは落ち込んでいくばかり。

何がそんなに悲しいのかと、玲王は不思議で仕方なかった


「つかヤベェじゃんこのサイズ!もう産まれるって!早く寝床に戻れよ、俺付き添うから!」

「いや、いい。自分で戻る。レオは付いてこないで」

「やだ俺も行く!この前手伝って貰った礼、まだ何も返してねぇもん」







結局、強引にコトを進めた玲王は、最初から最後までなぎの出産を甲斐甲斐しく手伝った。

産まれ落ちた小さな命は、玲王の子とは少し違って、色素が薄く、あまり泣かない大人しい子だ


「なぎ、見てみろ。可愛いぞ」


痛みに顔を歪め、ぐったりしているなぎに、玲王はそっと赤ん坊を差し出した

玲王は、どんなに腹を痛めても、股が裂けても、骨盤が開いても、子どもの顔を見る瞬間はそれら全てが吹っ飛んで喜びに満たされる事を知っていた

当然、なぎもそうだと思っていたのだ


けれど、なぎは忌々しそうに子を一瞥した後、手を振って子どもを抱く事を拒否した


「要らない。見たくない。抱かない」

「··········は?」


あんまりな態度に、玲王の頭に一瞬、血が上る。だけど今は、産後すぐのなぎの身体が大切だ。丁寧に赤ん坊をカプセルに入れて送り出した後、なぎの身体の修復まで見届けた






「お疲れ様、頑張ったな」

「·····うん」


すっかり元通りになったなぎに笑顔を向ける。だが、やはりなぎの顔は暗く、落ち込んだままだった。

いくら痛かったとはいえ、あんなに愛しい子を無事に産み落としたというのに、何故喜ばないのか。何故暗い顔をするのか。それが玲王にはさっぱり分からない


「あの子、抱いてやれば良かったのに。もう二度と会えないかも知れないんだぞ」

「別にいいし。会えなくても」


やはり、なぎは子どもに素っ気ない。

こんな苗床も居るんだと、玲王は青天霹靂だった

ふむ、と考え込む玲王に、なぎは、ねぇと声を掛ける


「それよりさ、レオはなんで俺を気にかけんの。俺の事知らないんでしょ」

「え?だってお前優しいじゃん」


そう答えた玲王は、続けて言う


「ずーっと俺のコト見てるし、気になってはいたんだよな、お前のこと。そんで話してみりゃ良いやつだし、助けてくれたし。友達になりたいって思ったんだ」

「·····優しいかな、俺」

「おう、優しいぞ」


なぎは、笑顔なのか無表情なのか分からない曖昧な顔をして、「そっか」と呟いた

玲王は何だか、なぎとの距離が縮まった気がして嬉しかった


「でも、あの子に対する態度に俺は文句がある!」

「またそれ?いいよもう」

「だってお前の子だぞ!?お前から産まれた大切な子供なんだぞ!!」


そう、なぎは優しいのだ。優しいのに何故、子供に対してはあそこまで非情なのか

玲王の文句になぎは顔を顰める。本当に嫌がってる顔だ。


「つか、おかしいのはレオの方だからね。ここに居るヤツらで·····マトモな頭してるヤツらで、あのミニ青鬼好きな奴なんて居ないから」

「そんな事ない!きっと皆も、自分の子供は可愛いはずだ!」

「違う。レオがおかしい」


なぎの強情さに、玲王も段々とムキになってくる


「なんで自分の子どもに、俺にしてくれたみたいに優しく出来ないんだよ!」

「あの気持ち悪いのとレオを同列に扱えって?無理。有り得ない」

「気持ち悪いとか言うな!」

「ああもう、うるさいなぁ」


しつこく子どもを庇う玲王に、とうとうなぎの堪忍袋の緒が切れたようだ。

すっと冷めた目が、玲王を見据える


「いい加減にしてよ。お前だけ一方的に忘れてさ。俺がどんな気持ちかなんて知らない癖に」

「なっ·····!?」

「お前、自分の両親の顔覚えてる?お前を知ってる皆の名前は?俺の事は?覚えてないだろ」


ピリ、と、気圧される程の怒り

玲王は何も言えなかった

恐怖もあるが、それよりも、なぎの言っていることは全部図星を付いていたから


「お·····俺は」

「もういいよ。出てって」


視線を逸らし、なぎは黙る。

もう何も話して貰えないと悟った玲王は、大人しく部屋から出ていった







「あーうぜ。レオのバカアホおたんこなす。旦那様とか子供がーとか。ちったぁ思い出す努力しろっての」


ごろんとベッドに寝転がった凪は、イライラとモヤモヤを独り言で発散していた。

玲王のパートナーに返り咲かなければならないのに、今日の玲王があまりにもしつこ過ぎてつい怒ってしまった


··········いや、本当はしつこかった事に怒っているんじゃない

玲王の興味や好意が全て、あの異星人達に向けられている事に腹が立ったのだ

別にそれは玲王の意思じゃないのに。アイツらがそうなるように玲王をイジくっただけなのに。


「あーもぉ、マジだせぇ」


ごろんと寝返りをうって、凪は目を閉じる

寝よう、寝たら大抵どうにかなる。こんな状況以外は。

出産の痛みは修復ですっかり消え去っている。こういう機能だけは本当に便利なのだ。忌々しい


明日、朝起きたら玲王に挨拶してみよう

そしたら多分、玲王は今日のケンカなんて忘れてくれる。


いつか二人で逃げ出す為に、凪は行動しなければならない








部屋から出た玲王は、なぎの言葉を反芻していた


確かにそうだ。俺だけあまりにも物事を知らな過ぎる。多分、なぎが怒ったのもそのせいだ


では何故、玲王の記憶が足りない?

原因を突き止めて、記憶を戻してみよう


「そしたら、なぎともっと仲良くなれるかな」


うし、と気合を入れて拳を作る。

休息日が終わったら、旦那様に相談してみよう。彼らは何でも知ってて、何でもできる凄い人達なのだ


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