事件当日警察署にて

事件当日警察署にて


「アイ。大丈夫か?」

 警察署の待合室で呆けていた私に社長が話しかけてきた。今日の仕事は全部キャンセルしちゃったからいろんなところに頭を下げてきたんだろう。でも、私はそんなことよりアクアのことが知りたかった。

「社長、アクアは大丈夫だった?」

 アクアは私の代わりにナイフを持った人から刺されてすごい血を流してた。刺した人はすぐに逃げちゃったから私は何も怪我していないし救急車も呼べた。社長たちは救急車が来る前くらいに到着して、ミヤコさんがルビーの様子をみてくれてたみたいだった。車が到着して隊員さんがアクアを確認しようと近づいてくると私はあの子から引き離されて触れていた手が、止血の仕方を伝えてもらってずっとアクアの足を押さえて血で真っ赤になった手だけが残された。

 担架に乗せられたアクアを運ぼうとする隊員さんの一人がこの子の保護者はどちらですか? と訊ねてくる。名乗り上げようとすると社長は私の口をふさいでミヤコさんに付いていくように言う。ルビーも一緒に連れて行くみたいで目を隠して連れて行けって言っていた。そうだった。私はあの子たちの親だと名乗れない。社長たちが身元引受人になっているただの所属アイドルだ。アクアたちを見送るしかなかった私は一応警察署まで連れていかれていろいろと話を聞かれた。だけどどういう風に答えたのか何も思い出せなかった。

「あー……まだ、集中治療室で目が覚めてないらしい」

「そっか、ルビーは?」

「しばらく泣きまくってたらしいが、今は泣き疲れて寝てるんだと」

 言いにくそうにしていたけどちゃんと教えてくれた。ルビーもひとまず大丈夫そうだった。すぐにでもアクアたちのところに行って抱きしめてあげたかったけどそれは無理そうだ。

「アイ。こんな時に言うのもなんだが、仕事はどうする?」

 そうだ。もうすぐドームの公演があるんだ。それに映画の仕事も残ってる。ここでやれないって言ったら社長やB小町のみんな、映画の関係者のみんなにも迷惑がかかるんだろうな。でも、私はアクアの傍に目が覚めるまでいて、起きたら抱きしめてあげたかった。こんな状態の私じゃ無理だって伝えようとしたとき、アクアとルビーを出産した宮崎の病院にいたセンセと屋上でした会話をなぜか思い出して本心とは逆の言葉が口に出た。

「大丈夫。ちゃんとやるよ」

「いや、無理にやれとは言わねえよ。アイだってあいつらのとこに行きたいだろ?」

 

 あの時、センセは私にアイドルをやめるのかって聞いてきて、それに続けるって答えたんだった。

「私はアイドル。アイドルは偶像。嘘って魔法で輝く存在」

――私はただの母親。

「そして、嘘はとびきりの愛」

――心の底から本心であの子たちを愛してるって言いたい。

「子供の一人や二人隠し通せる一流のアイドル」

――あの子たちをちゃんと私の子供だって言って親子として暮らしたい。

「嘘に嘘を重ねて辛い事があってもステージの上で幸せそうに歌う楽しい仕事」

――そんなの全部投げ捨ててあの子たちにみっともなくても泣きついて抱きしめたい。

 

「……わりいな俺のせいだ。恨んでくれて構わねえよ」

 いつも通りちゃんと笑って言えたと思う。それなのに社長はがっくりと肩を落として謝ってきた。やっぱり考えながら嘘をつくと駄目なんだなってわかった。ちゃんとやろう。嘘をつかない相手はアクア達だけでいい。

「大丈夫恨んだりしないよ。だって私は――本物の(トップ)嘘吐き(アイドル)B小町のアイだから」

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