予期せぬ遭遇
「……よし、これで召喚陣は書き終えましたね。あとはこの土地そのものを触媒の代わりにして願えば来る……筈」
そう言いながら私は目の前の召喚陣に手を伸ばし、この地一帯へ向けて“呼び掛ける”。
「私は人理と相容れない、人理に仇なす立場の死徒の身。それでも、こんな私の声に応えてくれる者がいるのなら、どうかこの場へと降りて来てください」
こうなるに至った切っ掛けは何者かの手で私がこの地に連れて来られた事だ。
どうやらここは特異点と呼ばれる外の世界と隔絶された領域らしく、黒幕と思われる者の説明曰く脱出する為には聖杯という物を賭けて他の連れて来られた人間たちと戦って最終的に優勝しなければならないらしい。
でもその為にはまず英霊召喚なる儀式を行って英霊という使い魔を呼ばなければいけないらしいけど、私の場合は人類を食い物にし人理に仇なす死徒故に普通に呼ぼうとしても召喚自体が成立しないので土地を触媒にしないと呼ぶのは不可能らしい。
(……それにしても律儀に色々と説明してくれましたね。あの者はあくまで公平な戦いにしたいのでしょうか)
自分をここへと連れ込んだ黒幕に対して軽く考察していると――目の前の召喚陣が唐突に強い光を放った。
「っ!――これは……来る!」
その光景に誰に言われずとも、何かが私の声に応えてこの場に降臨する事を確信する。
やがて光は集束し、誰かがその場へと立っていた。果たしてその姿は――。
「…………へ????」
「…………驚いたぞ。こんな会合もありえるものなのだな」
顕れたそれの顔を認識し――思考が停止した。
待って、ちょっと待って。何で??どうして??私の目が腐ってなかったら、今、目の前にいるこの英霊は……
「まぁよい。これも縁が成した一つの奇跡。であるならば、せいぜい仲良く付き合っていこうではないか。シ―――」
そこまで言い掛けると突然ソレが光に包まれて――次の瞬間には別の姿に変わっていた。
「うええシエル!?ナンデ!?貴女召喚術なんかも扱えたの!?いや、ていうか……何で死徒になっちゃってんの!?」
いや、取り乱したいのは此方の方だ。あと私はそのシエルという人じゃない。
「……ふむ。どうやらこの者は貴女の知っている代行者シエルではない様ですよ、アルクェイド?如何なる経緯を辿ったのか、この世界では死徒として存在している様です」
何て思っているとまた姿が変わった。今度は……思わず見惚れてしまいそうな程に美しく可憐なドレスと端正な顔つきをした真祖の姫だった。
「その様ね、過去の私。これは……まず色々と事情を聞いて把握する必要があるわね」
つい先ほどの明るくお転婆な少女の姿に戻った真祖は、私に事情を問い質す必要があると判断した様だ。
正直あまりの非現実的な光景に理解が追い付いていないけど……取り敢えず私はこの現状について、そして私のこれまでの経緯をかいつまんで話した。
「…………なるほど、そういう過去があって貴女は自らを死徒に堕としたロアに報復する事を生きる目的にしているのですね」
「そして奴めを殺し、血祭りに上げるべく代行者共の目から逃れる日々を送っていたところを突如としてこの様なつまらぬ場所へ連れて来られた、と」
可憐な姫と荘厳な真祖の言葉にコクリと頷く。するとまたさっきのお転婆なお姫様の姿になった。
「本っっっ当に他者から恨みを買う事だけは清々しいくらいに得意ねあの恥まみれの道化はっ!!流石に私もそんな過去を聞かされれば貴女に同情せざるを得ないわ、シエ……じゃなくてエレイシア」
此方に悲哀の視線と言葉を送る真祖の姫だが、正直“あの時”殺されてから恐怖を覚えている相手に同情されたところで慰みにならない。寧ろ余計に気まずくなる。
「……哀れむのは結構です。それより、今しがた説明した通りこのままだと私はこの領域から脱出する事が出来ません。……協力、してくれますか?」
僅かに声が震える。仮にもし、断られたらどうしよう。同情はするけどそれはそれとして協力はしない、なんて返答もあり得るし最悪『死徒だから』という理由でまた“あの時”みたいに殺されるかもしれない。
「ええ、そういう事情なら喜んで力を貸してあげるわ。私だってロアは虫酸が走るほど大嫌いだし、そんなロアに報復しこの世から消滅させる事を目的にしてる貴女になら協力を承ってやろうじゃない」
……良かった。どうやらそんな懸念はただの杞憂に終わった様だ。これでこの特異点での戦いに必要な前提条件は整った。
「もっとも、奴を消滅させるのであればその過程で必ずその世界の私と相対する事になるだろうがな。せいぜい殺されぬ様に生き足掻くといい」
「ふっ……どうやらこの者はそれも覚悟の上でいる様ですよ、原型の私。私に勝つ事は無理でも先にロアを殺す程度は成し得るやもしれませんね」
可憐な姫と荘厳な真祖がそれぞれ姿を変えながら好き勝手に言っているが、そんな事は百も承知だ。だからその為にも今はこの特異点を脱け出すべくその力を貸してもらおう。
「ふーん、過去の私はそう思うんだ。でもさっきの話から察するにどうやら志貴と同じ眼を持ってるみたいだし、それくらいならホントに出来るかもしれないわね。―――それじゃ、改めてよろしく!エレイシア!」
そう勝手に評しながらも朗らかな笑顔で手を差し伸べて握手を求める真祖の姫。
……少し気になったがその志貴という人もこの死の線が視えるのだろうか。仮にそうだとして、どうして真祖の姫の口からその志貴という人が出てきたのだろう?
「ええ、せいぜいよろしくお願いしますね。真祖―――アルクェイド・ブリュンスタッド」
いや、今はそんな事は関係ない。目の前にこうして顕れた以上はこの真祖と手を組み、そしてここから何とかして脱け出す。それだけに専念すればいい。
――――少しだけ。その志貴という人がどんな人間なのかが気になったものの、私はすぐにそう切り替えて真祖と共にこの特異点での戦いに身を投じた。