主を待つもの
藤丸立香が経営する診療所の地下に、それはあった。
───そこは、「万が一」が起きた場合に備え、立香についていったサーヴァント達が科学と魔術を総動員して構築した地下工房。規模こそ小さいが、その設備の質は南極のカルデアに勝るとも劣らない。
その工房の極秘区画で、ある物が整備されている。
蒼と白に彩られた、鋭利なシルエットを持つ盾と鎧。腰から伸びる蒼いマントはマシュやギャラハッドのそれを思わせるが、彼らの物とは違い端々が千切れている。開発に関わったクロエ・フォン・藤丸が、「自分と色違いのお揃いになるように」と色気を出した結果の産物だった。
そんな物騒な見た目をした物の前に立つクロの後ろから、豊満な身体を白衣で包んだインドの愛神・カーマ改め藤丸華甘が近づいて声をかける。
「こんなところでなに油を売ってるんですか」
「…ちょっと、また来たの? あなたに任せた分の作業は既に終わってるはずでしょ?」
「気になる物を見に来るのに理由がいります?」
「気持ちは分かるけど、頻繁に席を開けてたらリツカお兄ちゃんが怪しむでしょ」
「流石に診察中を見計らってきましたよ。私、貴女が思う程どんくさくないので」
「どーだか」
軽口の応酬の後、二人の視線が主なきまま佇む鎧に向けられる。
「…それにしても、良くこんな物の開発に賛成しましたねクロエさん」
───カーマが言う“こんな物”の名は、霊基外骨骼。マシュ・キリエライトが纏ったオルテナウスと似た用途を持つそれは、日常に帰った立香には本来必要のない『戦うための力』である。
…霊基外骨骼とは言うが、厳密には少し違う。戦闘能力のほぼ全てをこの鎧に依存する設計である以上、これはアントニオ・サリエリの慟哭外装に近いものだ。
小型魔力炉と簡易召喚システムを内蔵したシールド型ウェポンプラットフォームと、身体能力を大幅に引き上げる強化ジャケットの組み合わせ。縁を繋いだ英霊の力をコピーして使用し、やろうと思えば簡易召喚した英霊のリソースを光帯及び3対6枚の翼で制御・仮想聖剣の極光として開放できる。
それは、ギャラハッドを模した鎧を纏うマシュのようでいて、何もかもが違う鎧だった。マシュが腰に纏うマントは端々が千切れていない。触れるもの皆傷つけるような刺々しさだってない。
ともかく……サーヴァント達の手でひっそりと組み上げられたそれは、立香にその存在を知られぬまま、来るかも分からない時のため眠り続けていた。
「あなたがそれを言うワケ? あんな刻印与えておいて」
「あれはクロエさんの痛覚共有と同じ保険ですー。話をはぐらかさないでくださーい」
「…はぁ…。───リツカお兄ちゃんが再び戦わざるを得なくなった時、どう動くかを考えたのよ。…彼はきっと、もう何も失いたくないと必死になるわ。かつて以上に自分を追い詰めて、死地に飛び込んで……最後にはきっと死んでしまう。…わたしは、怯えてるのよ。リツカお兄ちゃんの屍の上で、何も知らない人々が幸せを謳歌する日の到来を。それは、“イリヤ”としてのわたしが否定されるより耐え難い絶望だもの」
「だから過保護になる、と?」
「悪い? …たとえ世界と引き換えになったとしても、彼の心が少しでも守られるなら……わたしはそれで良い」
───「強いだけの世界に負けるな」。
…立香はかつて、そんな呪いをかけられた。そして戦い続ける中で、『力』がなければ『想い』が果たされることもないという現実を突きつけられ続けた。
人が負うには重すぎるその呪いは、今もなお立香を苦しめ続けている。それをクロは、隣でずっと見続けてきたのだ。
「…私だって、万が一に備えるのには賛成ですよ。だから計画に協力した訳ですし。…まあ、この装備が日の目を見ないことこそ平和の証。ここで埃を被って私達からも忘れ去られていくのが、彼にとっても一番良いんでしょうけどね」
「…そうね」
無数のコードで機械に繋がれた霊基外骨骼の姿は、まるで延命措置を受ける人間のよう。人間が着るための鎧だから、余計にそう見えるのかもしれないが……一度も使われたことがないのに延命措置とは、少し不思議な話だった。
「…そろそろ上の診療所が閉まる時間ね。リツカお兄ちゃんがわたし達の不在に気づけば、工房に探しに来るわよ」
「じゃあ、極秘区画が見つかる前にさっさとお暇しましょうか」
二人して踵を返し、重苦しい隔壁のような扉へと向かう。
極秘区画を出た二人の背後で、扉が重苦しい音を立てて閉まっていく。ズン、という音が鳴り響くと同時にクロがコンソール類を操作し、扉をロック。これで、この区画を知らない者がここに到達することはない。
(───この扉が、リツカお兄ちゃんの手で開けられることのないように)
去り際、クロはそう願った。
───だが、その願いは無残に踏みにじられることとなった。
───
───複数方向から攻められちゃ守るのにも限度があるわね。せめてあと一人戦闘要員がいれば……ああもう、なんでイリヤ達が出払ってる時に…!
───クロエさん、扉を開けましょう。
───っ!
───事ここに至っては是非もありませんよ。それとも、ここで大人しく殺されてやった方が良いと思いますか? 我が子達諸共、みんな纏めて。
───いや、でも…!
───ちょっと待ってくれ、何を…。…っ…! …まさか…?
───…お兄ちゃん…。
───…クロ…。……。…なら、オレが開けるよ。
───な……何言ってるのよ!?
───大丈夫。オレはもう大丈夫だから、クロ。今度は、オレもみんなと一緒に戦うよ。
───でも…。
───このまま、きみ達のことすら守れず……そんなことになる方が、ずっと辛い。だから…。
───お兄ちゃんっ…。
───
───解除用パスコードは入力しましたね?
───ああ。
───3、2、1!
───…このアーマーが…。
───…ええ。
───…行こう。
───…うん…!
───
───目標を探……ん? なんだあれは?
───サーヴァントと……盾を持つ敵!? デミ・サーヴァントとかいうやつか!?
───いや、違う!
───我々が一瞬で……こんな馬鹿な!
───
《…先日未明、■■■の■■■にて「診療所に強盗が侵入した」と経営する医師の男性から通報があり、現場に急行した警察が犯人グループと見られる男性数人を建造物侵入と器物損壊、傷害の容疑で現行犯逮捕しました。警察の調べでは、犯人は複数名で診療所に押し入り、室内を荒らして金品を奪おうとしたと見られています。犯人グループは取り調べに対し、「確かにやったのは自分達だが記憶の欠けがある。何かがおかしい」などと要領を得ない発言を繰り返しており、警察は犯人グループの身元を調査すると共に、精神鑑定による責任能力の有無を…》
───
【クラス】シールダー
【真名】藤丸立香
【属性】中立・善
【天地人属性】人
【ステータス】
筋力:D 耐久:B++ 敏捷:C+ 魔力:E++ 幸運:D 宝具:A
【クラス別スキル】
・対毒:EX
生命活動に支障をきたすレベルの毒にも耐えられる。原理としては完全な無効化ではなく、影響を抑えられる程に相殺しているらしいが詳細不明。
FGOでは「自身の毒耐性を大アップ」という効果のパッシブスキル。
・対魔力:D
魔術に対する抵抗力。一定ランクまでの魔術は無効化し、それ以上のランクのものは効果を削減する。サーヴァント自身の意思で弱め、有益な魔術を受けることも可能。
Dランクでは、一工程(シングルアクション)によるものを無効化する。魔力避けのアミュレット程度の対魔力。
・騎乗:C
乗り物を乗りこなす能力。騎乗の才能。「乗り物」という概念に対して発揮されるスキルであるため、生物・非生物を問わない。
Cランクでは正しい調教、調整がなされたものであれば万全に乗りこなせ、野獣ランクの獣は乗りこなすことが出来ない。
・自陣防御:C+++
味方、ないし味方の陣営を守護する際に発揮される力。
防御限界値以上のダメージを軽減するが、自分は対象に含まれない。
ランクが高いほど守護範囲は広がっていく。
FGOでは「自身がフィールドに出ている間、自分を除く味方全体の防御力をアップ」という効果のパッシブスキル。
・マスター:A
詳細不明。
FGOでは「自身のスキルをマスタースキルとしても扱う」という効果のパッシブスキル。
【保有スキル】
・融和のカリスマ:A
統率力ではなく、人と人を絆ぐ才能を示す特殊なカリスマ。麗しの姫君の亜種とも言える。
通常のカリスマスキル同様、Aランクともなれば人として最高位のカリスマ性。
FGOでは「味方全体の攻撃力アップ(3ターン)&回避状態付与(1ターン)&HP回復(最大2,000)」という効果のスキル。
・我が身を盾に:-
詳細不明。
FGOでは「自身の防御力アップ(3ターン)&自身にダメージカット状態を付与(3回・最大2,000・3ターン)&ターゲット集中状態を付与(1ターン)」という効果のスキル。
・悲壮なる奮起の盾:-
オルテナウス装備のマシュと同じ名称で異なる効果を持つスキル。
FGOでは「自身に無敵状態を付与(1ターン)&ターゲット集中状態を付与(1ターン)&HPが1,500減少【デメリット】」という効果のスキル。マシュよりHP減少量が多い代わりにCTが短い(向こうはHP500減少で9〜7、こちらはHP1,500減少で5〜3)
・真名看破(偽):B-
立香が多くのサーヴァントと接してきた証。遭遇したサーヴァントの真名・スキル・宝具などの情報を推測・把握する。
ただし、あくまで『主観の混じった推測』でしかないため、幻霊混じりのサーヴァントや異聞帯サーヴァントなどの情報を混同して看破に失敗することがある。
【宝具】
・疑似宝具/人理の盾(マスター・オブ・イクス)
ランク:C
種別:対人宝具
レンジ:1
最大捕捉:1人
立香の戦闘能力を支える第一宝具。全身を覆う刺々しい蒼と白のアーマーと、カイトシールド型ウェポンプラットフォームで構成される。
マシュ・キリエライトのオルテナウスとは同じ霊基外骨骼のカテゴリに属するが、あくまで『不足分を補強する外部補助装甲』であるあちらに対し、こちらは『戦闘能力ほぼ全てをアーマーとシールドに依存する』という点で一線を画しており、その点では『英雄としての外殻・外装を纏う』アントニオ・サリエリの慟哭外装にも似ていると言える。
オルテナウスを参考にしつつブラッシュアップを加えており、蒼と白のカラーに刺々しい外見、顔を覆う無機質な仮面でオルテナウスと似て非なる怜悧なシルエットを構築している。
シールドは英霊の力を召喚・記録・再現することが可能な『疑似円卓』であり、使用時は発光するコア・シールド上部の砲口・シールド尖端のエネルギー発振器を使い分ける形でそれらを発動する。
純粋なシールドとしての性能も高く、前方に強力な守護障壁を展開して対軍宝具クラスの宝具攻撃すら防御可能。ただし展開範囲はあまり広くなく、マシュのように大人数を守ることは不可能。
英霊を宿さない人間を可能な限り強化するというこの礼装は、ある意味ではデミ・サーヴァント計画の非人道性に対する精一杯の抗議とも言える。
・邪を祓う冀望の星(ストライク・スパーク)
ランク:B++
種別:対軍宝具
レンジ:1~50
最大捕捉:400人
「行くぞ…! 『邪を祓う冀望の星(ストライク・スパーク)』…! 喰らえ…! まだだ! 見切れるか!」
「迸れ…! 『邪を祓う冀望の星(ストライク・スパーク)』…! 斬り裂け! 打ち砕け! サンダー!!」
『疑似宝具/人理の盾』のエネルギー発振器から強力な雷撃を放つ。一度の真名開放で最大三連射可能だが、それ以上の高速連射は不可能。
前方に放射状に放つ以外にも、地面にシールドを突き立てて広範囲を攻撃し、周囲を一掃することも可能な応用性の高い宝具。
・理想遠き救世の翼(エクスカリバー・ルイン)
ランク:A++
種別:召喚宝具/対城宝具
レンジ:1〜99
最大捕捉:1000人
「我が身器に天へ羽ばたけ、熾天使の翼! 『理想遠き救世の翼(エクスカリバー・ルイン)』!! 光を、受け取れ!!」
「頼む、オレに力を貸してくれ…! 『理想遠き救世の翼(エクスカリバー・ルイン)』!! はあぁぁ…! オオォォッ!!」
立香自身を『英霊を集め、その要石となるもの』と定義することにより発動できる最後の切り札。七つの異聞と引き換えに世界を救い、救世と破滅の両方をもたらした立香の生き様を示すもの。
マシュのようにシールドを構えてから自身に縁深い英霊達の幻影を喚び出し、その力を借りて仮想聖剣を起動。熾天使を思わせる3対6枚の翼を得て飛翔し、極彩色の極光を放つ。光帯を用いて翼同士を接続するその様は、人類史の熱量を集めた魔神王の第三宝具にも似る。
また、立香の『ほぼ詰みの状態から無理・無茶・無謀を繰り返して逆転する』という生き様を反映したためか、彼が心身共に傷つけば傷つく程威力が爆発的に上昇する性質を持つ。聖剣としては贋作でしかないその翼は、時に真の聖剣にも届き得る極光の具現となるだろう。
総じて、その実態はマシュやギャラハッドの『いまは遙か理想の城(ロード・キャメロット)』とは似て非なる超攻撃型宝具。FGO版ベディヴィエールが持つ宝具『剣を摂れ、銀色の腕(スイッチオン・アガートラム)』の立香版と言える。カルデア召喚後のベディヴィエール同様仮想聖剣のため、魂を削る程のデメリットはないのが数少ない救い。
FGOでは「自身に〔人類の脅威〕特攻状態を付与(1ターン)&自身の攻撃力をアップ(1ターン)&Quickカード性能をアップ(1ターン)&Artsカード性能をアップ(1ターン)&Busterカード性能をアップ(1ターン)&宝具威力をアップ(1ターン)&敵全体に自身のHPが少ないほど威力の高い超強力な攻撃<オーバーチャージで威力アップ>」という効果のArts宝具。
【Weapon】
・疑似宝具/人理の盾(マスター・オブ・イクス)
カイトシールドに近い形状のウェポンプラットフォーム。盾以外にも武器として使用可能。
これひとつで攻防を賄うため、攻撃と防御を同時に行うには手間がかかるという欠点がある。
・永久に遥か黄金の剣(エクスカリバー・イマージュ)
本来はクロの投影宝具。クロから授かった、守るための“想い”と“力”。
シールドの収納スペース(マシュの盾を参考にした再現品)に格納して携行し、シールド上部から抜刀する形で使用する。投影品のため折れることもあるが、クロが補充してくれるため無問題(場合によってはその場ですぐ投げ渡すこともある)。
立香にとっては早々使えない切り札のひとつだが、同時に攻防を両立させてくれる貴重な追加武装でもある。
これとシールドを構えた立香の姿は、弱者のため立ち上がる騎士の如し。
・蒼炎装(アームドブルー)
令呪がある右手の甲の対となる左掌に刻まれた、カーマ(正確にはその分身体)の霊基情報。カーマから授かった、守るための“想い”と“力”。
開放すると、左腕から顔の左半分にかけて炎のような蒼い刻印が広がり、髪は銀、瞳は紅になる。これにより遠い異世界のマスター同様英霊憑依(ポゼッション)状態へと移行し、カーマの力を(立香に制御できる範囲で)扱えるようになる。
英霊との融合体という点ではデミ・サーヴァントと類似するが、こちらはカーマが愛神の神核の応用で自身を立香に合わせてから融合しているため、あちらのような非人道性を持たない点で決定的に異なる。
基本は第一宝具との連携運用が前提だが、緊急時などはこれだけでも十分戦えるだけのポテンシャルがある。
なお、カーマはイリヤや美遊の使うクラスカード(サーヴァントカード)からこれの着想を得たらしい。
・蒼炎装(アームドブルー)・オーバーロード
蒼炎装(アームドブルー)の強化形態。カーマの力を100%引き出した状態であり、蒼い炎の羽織を纏っている(霊基外骨骼併用時は霊基外骨骼の上から羽織る)。
疑似サーヴァントとはいえインド神話の神霊、それも第六天魔王かつ元ビーストをメインに融合する関係上、クラスカードによるものとは比較にならない凄まじい戦闘能力を発揮できる。また、カーマの弱点であった「高火力の範囲攻撃手段が限られる」という弱点も立香(というより装備側)の特性で補われているため隙がない。
さらに、カーマの愛炎が元はシヴァの炎であることを活かし、触れた相手を任意で物理的・概念的に破壊していくという攻防に優れた特殊能力まで備える。
が、いくら極限まで立香に合わせた蒼炎装(アームドブルー)とはいえ、立香が負う負担は相当なもの。制御可能域を越えればダメージを受け、ダメージを受けた状態で連続使用すれば命にも関わる。
絆礼装
旅路の果て
効果:藤丸立香(シールダー)装備時のみ、自身にガッツ状態(7回・HP1回復)を付与&自身がフィールドにいる間、毎ターン自身のスキルチャージを1進める
説明:
かつて、公には語られない戦いがあった。
それは、世界を救う戦い。その戦いに巻き込まれ、心を透明にし、多くの犠牲とあらゆる苦痛を乗り越えて世界ひとつを救った男の名を、藤丸立香という。
彼が取り戻した世界に待っていたのは、一寸先すら不明瞭な混迷の未来。日常を奪われ、心を壊され、変わらざるを得なかった立香への報酬としては、あまりにも不釣り合いなもの。
…それでも、そんな世界で立香は生きる。
他の何よりも立香を選び、ついてきてくれた者達がいる。変わってしまったなりに手に入れた、ささやかな幸せがある。
だから、立香は今も心を無くすことなく存在し続けていられる。
───だから。希望は、まだある。