中盤 推敲例
言葉と共に差し出された手をおずおずと握り返す。病的なほどに薄くて小さいけれど、自信に満ち溢れた手だった。
***
かくして邂逅を果たしたあの日以降、 深山先輩は毎日文芸部に顔を出すようになった。
そうすると必然、私とも毎日顔を合わせる事になるわけで。
当初は自身の聖域が乱されたような気がして抵抗感があったけれど、それも徐々に薄れていった。
と言うのも先輩は思いの外お喋りで、しょっちゅう私に話題を振ってきたのである。
例えばある時は、
「カナ、この作者の本読んだことあるか?」
「え、あ、はい、えと何度かありますけど……」
「良かった、ならオススメのヤツ教えてくれないか?」
などと私に根掘り葉掘り訊ねてきたり。
またある時は、
「カナ、お前どんなジャンルの本が好きなんだ?」
「え、そうですね……取り立ててコレ、ってよりは物語そのものが好きな感じです。その、先輩はどうなんですか?」
「アタシ?アタシは……うーん、あんまり考えたことなかったけど、強いて言うならミステリとかかなぁ。トリックが巧妙に仕掛けられているタイプの」
といったように互いが好む物語の傾向について語り合ったりと。
先輩が毎日気さくに話しかけてくれるものだから、私も何だか毒気を抜かれてしまって、今ではすっかり打ち解けてしまったのだった。
「……それでその時先生ったら、……」
「へぇ、そりゃ傑作だな」
最近の話題は本に関することだけに留まらない。
今日の授業の話とか、ちょっとした噂話だとか。無言の間が生じても不思議と気まずくなるようなことはなく、寧ろその緩やかな静寂が心地良かった。