世界最大の復讐劇

世界最大の復讐劇


「いやーもうすぐだね。ライブ。」

「うん。姉さんは体の方は大丈夫?」

 薄暗い場所。エレジアの地下深くにある図書室で1組の男女が話している。湿った地下の空気感に似合わない乾いた声。

「今日の為にここまで用意したんだ。」

「そうだね兄さん。もうすぐ全てが終わるんだ。」

 女性は男性を兄と呼び、男性は女性を姉と呼ぶ。2人は双子だった。お互いが年上であり年下。そんな、少し変わった関係。2人はまるで悪戯でもするかのように用意した物を確認する。

「配信用電伝虫」

「世界中に配った特大スピーカー」

「世界経済新聞への根回し」

「ネズキノコ」

「解毒薬」

「島中に仕掛けたトラップ」

「凶暴化させた野生動物」

「あちこちの島に配置させた狂信者と小型スピーカー」

 2人して楽しそうに上げていくそれはテロの準備と言っていい。きっと一般人が見ればその顔は恐怖に歪むだろう。2人の詳細をしってる人間が見れば白目を剥いて倒れるかも知れない。2人はただ楽しそうに準備を整えていく。時計の針は静かに時間を進める。

「じゃあ、始めようか。二代目歌姫"Heaven"のファースト、そしてラスト公開ライブを。」

 二代目歌姫"Heaven"。天国の名を持ってこの世界に現れたその女性は瞬く間に世界を魅了した。その歌声は凄まじいものがあり中には昔亡くなった歌姫を重ねる者もいた。その名前は2人で考えてつけた者。せっかくだから耳障りが良い言葉を。幸せな言葉を。そうやって深い憎しみを持ってつけた名前。今や彼女は世界中が注目する歌姫だ。男性は時計を確認し耳栓をしたのち1つの電伝虫を起動する。その電伝虫はツガイがおり、互いにしかかけられない代わりに距離無制限で届く特別品だ。如何なる者ですら障害にならない。2人にそっくりな電伝虫。それが繋がりエレジアから離れた島で起動する。

「〜〜〜♪♪」

歌姫の声が地下室に響く。公開ライブなのになんでここでやるのか。それはひとえに彼女の能力にある。"ウタウタの実"その力は万能の世界を作り出し自らの歌声を聴いた相手をその世界に閉じ込める物。2人の計画は単純だった。歌姫として世界的に有名になり一大ライブを開き出来るだけその世界に多くの人間を閉じ込める。本来なら穴だらけの計画だが2人はその穴を気にしない。何故なら、2人が生まれてから両親に貰った物の中で今なお残ってるのは、その才能のみなのだから。その才能を信用しているのだから。


『おれたちの邪魔はしないでもらえるかな?コビー中将…今は大将だっけ?父さん達の屍の上にある地位は居心地が良い?』

 2人の計画を止める為に各組織が奔走した。表にこそ出さないが海軍も革命軍も四皇までもが裏で手を組んだ。そして、その場所を突き止めた連合軍は今、エレジアを包囲している。突入し先鋒を切った海軍チームの第一部隊のリーダー。大将コビーは男性と対峙する。男性は覇気を巧みに使い、脳内に語りかけてくる。

『もうやめてください!!お二人はこんな事望んでなんかいません!!』

『知ってるよ。だから名前も捨てたんだ。ここまで大変だったんだよ?名前も見た目も全部捨てて。ただ、この時の為に生きてきたんだ。それを耳栓で防ぐってのは"歌姫"に失礼じゃない?』

コビーの呼びかけに男性は靡かない。彼が言う歌姫が一体誰の事なのかもコビーには予想が付かない。この世界において、歌姫は2人いる。1人は今、この恐るべき計画を実行しようとしてる歌姫。そしてもう1人は、この2人の母親たる歌姫"ウタ"。コビーは生きてた頃のウタを知っている。だからこそ止めなければと思った。2人の忘れ形見にこんなことをさせるわけにはいかないと。"新時代の英雄"ルフィと"歌姫"ウタ。天竜人に噛みつき、世界を追われ、この世を去った2人。その2人の子が、この世界を壊そうとしている。歌姫への扉の前で1つ、戦闘が起こる。


「はァ。ちょっと疲れたなぁ〜」

 ライブが始まって3時間が経った。幻想の世界ではもはやライブが終わっているが、2人に対しては問題はない。

「3時間で世界の9割。良い調子♪」

 女性はその瞳に現世をうつし、用意したネズキノコを食べてその味に顔を顰め、口直しにクッキーを食べる。側から見れば優雅なティータイムに見えるだろう。だが、女性の瞳がうつすもう1つの世界では地獄が広がっていた。

「準備の甲斐があったなァ〜♪あとは1割だしこれだけでも…いいや。もっと楽しみたいし♪」

幻想の世界で虐殺…いや、死者は出てないからこそ拷問とでも言えるものを楽しみながら彼女はお茶を楽しむ。残しの1割はきっと耳栓をしてたり元々音が聞こえない人間だろう。既に幻想の世界の中でマリージョアは陥落している。四皇や世界政府のお膝元に息がかかった者を忍ばせるのは本当に苦労した。だが、一度準備出来ればこんな物だ。改めて幻想の世界の人間を数える。おそらく、もう残っているのはこの島を取り囲んでる連合軍だけだろう。どうせ耳栓でもして対策した気になってるのだ。

「兄さんどんな調子かな。」

 女性はティータイムを終え兄の元に向かう。あとはこの島を取り囲んでる連合軍を夢の世界に取り込めば準備は終わるのだから。


 この事件は語り継ぐ者がいない為に語られない。世界最大規模のテロ。全世界の人間をウタウタの世界に取り込み地獄の責め苦を与えた上で自らの喉を掻き切らせる集団自殺計画。

その日、世界が終わった。

Report Page