世界を揺るがす初恋

世界を揺るがす初恋


 東の海には【恋はいつでもハリケーン】という諺がある。勿論、幼かった自分は色恋もそれに発展する相手も居なかった訳だが、村の大人達はよく色んな諺の語源となった話をしてくれていた。1人の女性が国を巻き込んだ大恋愛をするお話。その物語で度々言われてた恋という感情も、その物語から作られた諺の意味も、ずっと理解出来なかったけれど、今ならば出来る。きっと、恋というのは偉大なる航路の天気よりもよめない物なのだ。

 彼女との出会いは最悪だった。自分は海賊が嫌いで、彼女はその海賊だった。生意気で卑怯な奴だった。

 今考えれば、きっとその時に恋に落ちたのだろう。初めて彼女の歌を聞いた時、心を奪われた。歌は好きだ。1人で歌っても楽しいし、寂しさを紛らわせてくれる。みんなで歌えば明るくなり、誰かと一緒だと安心出来る。けれども、あの日聞いた歌は美しかった。騒がしさも楽しさも無いけど、ただただ心を奪われた。

 いつからか、一緒に居るのが当たり前になった。彼女から冒険の話を聞くのが好きだった。小さい村で育った自分は広い海の外に心を踊らせた。彼女の歌声が好きだった。楽しそうに歌うその声はこっちの気分を高揚させた。彼女と勝負をするのが好きだった。結局一度も勝つ事は出来なかったけど、それでも挑み続けた。彼女が冒険に出てる間はつまらなかった。彼女は初めての友達で、友達という存在は変わらない日々に彩りをくれた。

 あの日、エレジアで起きた事の全部が夢であってくれと願った。エレジアで出来た友人はみんな1夜でいなくなった。彼女の手を取る事は出来なかった。自分の安易な行動で国が滅びて、大切な友人を1人ぼっちにする所だった。

 置いてかれて、泣き喚く彼女をただ抑えるしか出来なかった。自分の友人であり、彼女の父親である海賊は彼女の為を思って置いていった。自分はそれを止める事が出来なかった。日に日に目から光を失っていく彼女を見てる事が出来なくて、毎日手を変え品を変え彼女を励ました。だんだん彼女の歌声に心からの楽しさが戻っていくのが嬉しかった。

 祖父に連れられて行かれた場所で、久々に彼女の手を離してしまった。1人ぼっちで憎しみを浮かべてる彼を放っておけず、追いかけてしまった。帰ってきてから見た彼女の姿は、とても酷い有り様だった。

 初めて恋を自覚したのは、果たしていつからだったろうか。彼女を1人にしない為なら、夢もあっさり諦められた。彼女を守れるなら祖父の地獄すらも生温い特訓すら辛くは無かった。少しでも離れれば心が騒ついた。大勢の前で歌う彼女は美しかった。本当は最前列で楽しみたいけど、彼女を守る為に気を抜くわけにはいかなかった。幸せそうな彼女をみると幸せな気持ちになれた。

 この気持ちを自覚してから、彼女との日々はもっと楽しくなった。一緒に歌を歌って、一緒にダンスの練習をして。こんな日々がずっと続けば良いと思ってた。海賊に彼女が狙われた時は死ぬ気で守ったし、誰にも彼女を渡すつもりも無かった。

 自分は卑怯な人間なのだろう。家族を失い心に傷を負った彼女に漬け込んだ。出来もしない事を嘯いて自分の側に抱え込んだ。

 だからこそ、これは罰なのだろう。純真無垢な乙女の心を閉じ込めた罰なのだ。だが、もしこれが罰ならば何故自分だけじゃ無かったのか。何故彼女まで巻き込む必要があったのか。何度聞いても、それに答える人間なんて居るはずがない。虚空を睨んでも帰ってくるのは周りの自然の音だけだ。

 何故彼女が2度も居場所を失わねばならなかったのか。何故彼女がその心を傷めねばならないのか。何故彼女が…

 その問いは世界中で投げかけられてる物だ。なぜ自分ばかりと、世界中で嘆きの声がする。そんな人々を見て、それでも前を向こうと言えた。こんな時代は間違ってると言えた。その痛みを想像するだけでも辛かった。

 だが、自分の最愛の人がそんな目に合って初めて、怒りを覚えた。何故彼女がここまで苦しまないといけないのかと。何故彼女が歌を歌うステージを2度も失わないといけないのかと。

 腕の中で眠る彼女を眺める。ついさっきまで怯えて震えてたのに、今では安心したように眠っている。その左腕を起こさないように持ち上げる。彼女はライブの際、毎回このアームカバーを付けている。当然ライブ中の状態から逃げて来た今も。そのアームカバーに縫い付けられているマークをそっと撫でる。

 新時代

 いつかの約束だった。どちらが先に新時代を作るのか勝負すると。結局、あの日以降彼女と一緒に居たくて、時間が流してしまった約束。彼女の側にいる為に諦めた夢。約束した時はまだ決めてなかった。兄達と夢を語り合った時は手段が思いつかなかった。だが、作らなければならない。他の誰でもない、隣で眠る最愛の人の為に。彼女がまた、心の底から笑って歌えるように。

 世界は渦巻いている。誰も彼もが自分達を利用しようとしている。誰も信じてはいけない。

 世界は広い。今まで自分達の上司だった3大将に、海を統べる四皇達。強大な敵が自分達を狙ってくる。もっと強くならなければならない。

 敵は世界。仲間は居ない。けれどもそれは諦める理由にはならない。なぜなら【恋はいつでもハリケーン】なのだから。

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