世界の果てに君と2人で ver.2

世界の果てに君と2人で ver.2


「……黒崎一護」

ドッ

章子の耳に肉の切り裂かれる音が聞こえた。


「藍染!」

一護の声。振り向いた章子の目に飛び込んで来たのは、ユーハバッハの黒い霊圧に体を飲み込まれる藍染惣右介の姿だった。


「 っ!」


ズズズズズ


増幅するユーハバッハの霊圧は藍染と章子を呑み込み、目の前が暗転する。

平子! 近くにいるはずの一護の声が遠く聞こえた。


ユーハバッハの霊圧は暗闇で何も見えない。これが生も死もない世界なのか。章子の身体が強張る。

「……何故君まで呑み込まれている」

藍染の声が聞こえた。

近くにいる。

「っ藍染っ!!」

霊圧でなんとか場所を特定し、体を抱き寄せる。

反射的に飛びついてしまった藍染の体は、ガッシリしていた。

「停電のようだな」

冗談を言い、章子の背中をさする掌はとても大きい。

辞めろ、父親の真似事するな。お前なんて血だけが繋がった男だ。

アタシの父親はラブ、拳西、ローズと浦原さんだけや。

そう思いながらも、安堵している自分が嫌だ。気持ち悪い。

驚くのは藍染の方だ。魂魄を奪われぬ様、結界を張る為とはいえ、娘と余りにも密接している。

三界は今まさにユーハバッハによって消されようとしている。

藍染の結界が無ければ章子の魂魄は虚共に消滅する。暗闇の中で2人。

もう二度とこんな状況はない。話さなければならないことがある筈なのに、肝心の言葉が出てこない。

しかし、口を開いたのは藍染ではなく章子だった。

「一護…」

「君には失望したよ。もっと上手く立ち回りが出来たのでないか?………私の実の娘なのだからね」

低く囁く声は優しく、章子が安心するように話しかける。

「……早ョ止血した方がいいんちゃう?腕飛んで胸に穴空いて酷い傷やで」

「君に心配されるとは感無量だな。君もユーハバッハに片腕を斬られただろう。傷口を見せなさい」

藍染の手が伸びてきて頬に触れる。ゾクっとするような感覚に思わず息を飲む。

「何しとんねん顔触ンなアホ」

ペシッと手を叩き落とすが、今度は反対側の腕を伸ばしてくる。

「ホンマなんなん!?お前の空いた胸に手ェ突っ込んで奥歯ガタガタ言わせたろかアァン??」

藍染はフッと笑ったようだったが、暗闇の中では分からない。

「君は私の娘ではない」

突然言い放たれて章子は動揺する。そんなことは百も承知だと叫びたいところだが、何故か唇がわなないただけで声が出なかった。

「大罪人の父親などいる筈がない」

そうだ。その通りだ。

コイツのせいで、オカンの、軍勢の、浦原さん達、いや数百の人の人生は滅茶苦茶になったんや……!!

「そうや、アタシは仮面の軍勢の、そして浦原さん達の子や。お前なんかに育てられるよりずっと大切にされて生きてたわ。

焼け爛れた体を治してくれたんは浦原さんや。ずっと面倒見てくれたんはオトン達と姉ちゃん達や。

鬼道を教えてくれたんはハッチと鉄裁さんや。アタシの力を引き出してくれたんは夜一さんや。

一番愛して守ってくれたんはオカンや。お前が、アタシとおねえちゃんに何してくれたって言うんや!」

叫ぶように言うと、藍染は少し間をあけてから言った。

「私があの人と2人で君を育てていたならば、黒崎一護は産まれず、世界はユーハバッハの思う通りになっていただろう」

「どういう意味やそれ。何が言いたいねん」

「私の選択は、この世界に必要だったということだ」

「……」

「私の歩んだ道は、君達の犠牲の上に築かれたものだ。倫理に欠けているといっても過言ではない。だが、全ては今日この時のために必要な犠牲だった。君がどう考えようと、それが真実だ」

章子は呆然とする。何を言っているんやコイツ。到底理解出来るものではない。


おとうさんっ!


「先程の言葉は誰も聞いていない。君も忘れなさい」

咄嵯に藍染の服を掴む。

「  」

「今の言葉も忘れよう。私達は二度と会う事もない」


酷い


章子の小さな呟きが、藍染の頭の中で響く。酷い、一体誰がだ?

ユーハバッハの霊圧は高まっていく。

章子の身体を抱き締め、これ以上の上昇を抑え込むが、それでも凄まじい圧迫感だ。

「藍染っ」

不思議だ。腕の中の魂が痕跡すら残らず消滅する姿を想像すると、燃える様な焦燥と、怒りが先に立つ。

娘の命を脅かすユーハバッハをこの手で殺してやりたいと思ってしまう。

邪魔な拘束がなければ娘を抱き込まずとも結界を張り、安全を確保してやれるというのに。己の何と無様な事か。

章子の手が藍染の背へ回る。

何故こんな感情が湧くのだろうか。娘は藍染にとってただの実験体に過ぎない筈だ。

馬鹿げた話だ。数多の魂魄を犠牲にしてきたのに、たったひとりの人間に生死を投げ打つほど入れ込むなど。

藍染がこの手で殺そうとした平子真子の娘。

娘にはどうか辛い思いをせず、黒崎一護達と共に健やかに生きて欲しい。

日陰に生きた章子の人生はこれから花の盛りを迎える。太陽の光を浴び咲き誇って欲しい。

それなのに、娘に縋られると自分の手元に置きたくなってしまう。守って、甘やかして、理解したい。もう二度と世界の汚い部分が見えないよう閉じこめてしまいたい。

愛ではない、と藍染は自嘲的に笑う。こんな利己的な願いが、父性愛の筈がない。

「生きていてくれてありがとう、平子章子」

血で濡れた前髪を撫でてやりながら、藍染は誰に言うでもなくそう呟いた。その声は、父親ではないと言い切ってしまうにはあまりにも優しい響きを含んでいた。

「ホンマ都合良すぎんねんお前は」

章子は藍染の声を聞いて先ほどよりも大きくしゃくりあげる。まるで子どものようなそぶりだ。

「泣いてどうする、ここから出た後の事でも考えたらどうだ」

「泣いてないわ!真っ暗で何も見えんやろ!!」

「泣き止みなさい。恋する男にその顔を見られたいのか?」

「キッショッ!というか仕方ないけどセクハラやぞこの距離!」

先ほどよりも幾らか明るい声になったことに気づき、藍染はようやく息を吸い込んだ。章子に服を掴まれてから、ろくに呼吸ができたものではなかったのだ。


「名残惜しいが、そろそろ時間切れだ」

不意に藍染の声が低くなった。

「え……」

「黒崎一護は負けない」

その言葉を聞いた直後、暗闇の世界は砕け散った。


泣き止んだ娘が愛する男に再会するまで、藍染はずっと側についていた。今この瞬間が至上の喜びだと、感じてしまったからだ。



「…………何やこれ」

夢でも見ているのだろうか。

雛森を支え、支えられ、戻ってきた平子真子は目の前に広がる光景を見てそう思った。

ユーハバッハは一護に倒され、世界は危機から脱したようだ。

娘が友人達と再会し笑っている姿を見て心底安心した。全員生きている。

「なんやコレェ……」

平子の目からは、いつの間にか涙が流れていた。

「なんなんや……!」

その横で藍染惣右介、石田雨竜の父と、黒崎一心が肩を並べている。

「マジでなんやねんナァ!!??」

「…平子真子、雛森君。生きているのか。君達には必要ない事だよ」

「章子ちゃんのお母さん、いや平子隊長に雛森副隊長!…娘ってのはどんな態度取られても可愛いんだって話をしていてですね、決して悪い意味でなく」

「…………」

男達は三者三様の表情を浮かべているが、どこか晴れやかな様子だった。

「もうアカン、いやホンマ勘弁してくれや……」

平子はその場に崩れ落ちた。

オカン!! 離れた場所にいる娘の声が聞こえた。




よくわからない人物紹介

藍染:一護には娘をよろしくと言おうとした。結果的に言わなくて良かった

娘ちゃん:藍染をお父さんと呼んだ自分の気持ちはよくわかっていない

一心:娘を可愛いと思う父親心のみ藍染と一致している

竜弦:平子♀と付き合いがない。平子♀は名前知らなさそう

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