不器用になった?不器用だった?
「お帰り、カガミ」「ただいま、扉間さん」「今日は寒いな」「…………」ああ、好きなのだな、と観念するしかなかった。そうだと認めてしまえば別に恐ろしくとも何ともない。ただ、ちょっと今まで付き合ってきた女の子に悪いことをしたな、と思う。不誠実なことをしたつもりはなかったが、根本から不誠実なことをしていたのだから。まぁ、カガミ君は優し過ぎて何だか怖いの、と急に振られた原因が分かって良かったとしか思うしかない。
「カガミ、どうした熱か?」
「熱なら買い物に出てませんよ」
「それもそうか。とにかく、冷えるから身体には気を付けろ」
「はい」
庭先の掃除をしていたらしい扉間さんは、少し頬が赤くなっていた。家そのものが大きいので、当然庭も広い。ちょっと、考えて、扉間さんに話しかける。下心混じりの親切心。
「手伝いましょうか」
「む、だが」
「オレ、もう高校生ですよ。それに、家に帰っても一人なんで」
「……なら、手伝ってもらおう。が、その前にそれを家に入れた方が良いな」
扉間さんがオレの持っていた買い物袋を取り上げ、家に引っ込んだ。オレが遠慮すると分かっていての行動。扉間さんとの付き合いは長い。祖父母の代から扉間さんの一族にお世話になっているというべきだろうか。元は祖母が女中として勤めていたらとは聞いている。そこから、オレの母さんも扉間さんの家に勤めていた庭師の人と結婚した。仕事とは全く関係のない事故で父さんが亡くなってからも、オレと母さんのことを援助してくれている。むしろ、これくらいしなければならないのだ。
「ほら、カイロ」
「えっ、そんな申し訳ないです」
「こんなことくらいで遠慮をするな。今使わなくてもそのうち使えば良い」
「ありがとうございます」
頭を撫ぜられる。胸が張り裂けそうだった。そこの植木鉢を動かしてくれ、と頼まれ何の植物か分からない鉢を動かす。扉間さんはガーデニングの趣味はないから、この鉢は先月亡くなったおばあさんのものだ。オレにもよくしてくれた人で、葬儀にも参加した。寒さも相まってなんだか寂しい気分になる。
「管理してやれたら良いんだが……名前が分からんことにはな」
「処分されるんですか?」
「水やりはするが、それ以上はできんという意味だ」
「ああ、だから家の近くに置くんですね」
「そうだ。遠くにあるとそのうち確実に忘れるからな」
植木鉢を家の近くに並べていく。日当たりは悪くない。管理は出来ないと言いながらも日陰にあった植木鉢は塀の方に置いたり、前見た時はぼろぼろだった支柱が新しくなっていたりしている。
「これで終わりだな。すまん。助かった」
「いえ、これくらいなんでもないですよ」
「だが、オレ一人だとこんなに早くは終わらん」
これ以上は否定するのもおかしいので、笑って誤魔化す。ついてこい、と言う言葉に従って背を追う。身長を越せそうにない。悔しい。せめて今日から鍛えようと決心をする。家に通される。お通夜のとき以来だ。そのときよりも、すっきりと片付いている。使用人の人たちが片付けたのだろうか。
「年末年始だからな。皆実家に帰らせておる」
「ああ、だから静かなんですね」
「二人も相変わらずでな。オレを放って海外で新年を迎えるそうだ」
「仲良しですねぇ」
まぁ、オレは喧騒は好まないから丁度いい、と扉間さんが笑う。綺麗だ。自分よりずっと年上のようにも見えるし、落ち着いた大学生のようにも見える。実際は、片手以上両手以内の年の差しかないが。
「で、貴様は一人と言っておったが、御母堂は?」
「実は、オレのじいちゃんが腰を痛めて」
「成程。腰は辛いと聞くからな」
「オレも付いて行く予定だったんですけど」
「何か用事でもあったのか?」
「アンタの面倒まで見たくない!って」
扉間さんが愉快そうに笑う。オレの母さんはさっぱりとした人で、子ども相手にも彼是世話をする人じゃない。父親としても振る舞っているからもあるだろうが。そのおかげで今日扉間さんと会えたので感謝している。もっと言えば、オレをこの家に連れて来てくれたことも。
「なら、夕飯、食べていくか?」
「えっ、良いんですか」
「まぁ、オレが作るから味の保証はせん。それでも良いなら」
「食べたいです」
つい欲に従って食い気味に返してしまう。不審に思われていないかと思っていると扉間さんが、物好きだな、と笑った。咄嗟に、自分が作った料理って飽きませんか?と言ってしまう。正直に、扉間さんの料理を食べたいと言えない自分が情けない。今日気付いた恋を上手に対処できるとは思っていないけれど。
「貴様の舌のためにも、気合を入れて作ろう」
「すみません」
「気にするな。他人のための料理というのは楽しいものだ」
それって、オレ以外の他の人にも作ったってことですか、とは訊けず、ただ黙って自分の頭を撫でる手に身を預ける。本当に恋をしている相手には上手く言葉が出ないらしい。今までどう話していたのか既に思い出せないし、嫉妬やら欲やらが滲んだ言葉をぶつけたくはない。前なら、泊めてくださいと何の気負いもなく言えたのに、と心の中で唸った。