不動と絢爛の知的好奇心由来の火遊び

不動と絢爛の知的好奇心由来の火遊び



リタは完全に油断していたし失念していた。自分の身体が人と少しだけ異なることを。あと、芸術と医療の国の女王であるヒメノの、医療従事者としての学術的好奇心の強さを。

「両性具有……半陰陽とも言ったかしら。とにかく本や大昔の過去のカルテでは見たことあるけれど、実物を拝ませて貰うのは初めてね」

「私以外に二人といてたまるかこんな身体」

リタは右手で顔を覆って細く長くため息を吐いた。二人はイシャバーナのフラピュタル城、そのヒメノ専用のバスルームにいる。リタが現在調査中の事件の遺伝子鑑定の為にヒメノの元を訪れて、用が済んだらとっととゴッカンに戻るつもりだったのだがヒメノに押し負け(リタはここ最近ヒメノに口で勝てる気がしなかった)、フラピュタル城に泊まる運びとなったのである。この際宿泊する羽目になるのはもはや諦め、ゴッカンで待つ側近であるモルフォーニャには断りの連絡を入れたものの、問題は風呂である。


リタは流石に最初こそ、ヒメノと一緒に入浴するのを渋った。何せ自分の身体は"こう"である。凡そ、他人に見せていいものでもあるまい。況してや相手は一国の王であれば。

なのでリタはこう言った。

「すまない。私の身体は少し……見られたものではない。だから……その、一緒に風呂に入るのは……よしてほしい」

「あら、もしかして傷痕でもあるのかしら。それくらいなら私は気にしないけど」

「いや、そうじゃなくて……その……」

思わず言い淀んだ。今まで何度も治療のために上半身までなら見せてはいたが、これは流石に見せられないと遠回しに伝えようとするが、結局上手い言い訳が見つからずズルズルと流されるままバスルームまで連行され、冒頭に至る。


とにかくリタはヒメノから目を逸らした。厳密には、薄いタオル一枚で前を覆っただけの、殆ど一糸纏わぬに等しいヒメノの裸体から。そうしなければ情けない話、生理現象とはいえ身体が一人でに反応してしまうからだった。

頼む、そんな、まじまじと見ないでくれ。

心の底からリタは声に出さず懇願する。

「ふーん、本当に男性器も女性器もあるのね。正常に機能してるのかしら?」

「……一応、月経は来る。し、偶に無精も……する」

「成る程ね……両性具有の人は片方の性機能が不能のケースが多いって読んだことがあるから、リタは本当に珍しいかも」

後で卵巣と精巣がちゃんと機能してるか調べさせて、とヒメノが言う。純然たる人体解剖学的好奇心が痛い。

懸命にリタが平静を保とうとしていると、不意にヒメノの手がリタの男性器に伸びた。

「ヴァアッ!?」

ザバッ、と湯を巻き上げる様にリタはヒメノから距離を取った。ヒメノはキョトンとした顔で行き場を失った右手を宙に漂わせる。

「えっと、驚かせたかしら?」

「え、ヴァア、その……違くて……」

俯くリタの目が泳いだ。視界に入った半ば勃ち上がりかけたモノに頭が痛くなる。ヒメノはリタの視線の先に目をやって、あら、と声を溢した。

「……もしかしてリタ、私に欲情「ヴァアアアア!!!!」うわびっくりした」

叫んだリタは膝を抱えて蹲ってしまった。少し踏み込みすぎたかしら、とヒメノは僅かに眉を下げる。

「大丈夫よ、リタ。正常に機能してるならその反応は何も変なことじゃないもの」

「正常だから、余計に困るんだ……」

湯で温められたからか、それとも恐らくは性的興奮か、顔を赤くしたリタは呻く。

「嫌だろ、友達だと思ってる相手が……自分を性愛の対象に見てるなんて」

「私は別にリタなら構わな……ん?」

はたと気付く。それではまるで、リタが、ヒメノを。

「リタ、私のことそういう意味で……好きなの?」

「…………」

あ、溜めてる。それなりの付き合いになってきたヒメノは、リタの次の行動を悟る。行動というか、反応というか。

「ヴァアアアアアアアアアアアッ!!!!!!」

今日一番の絶叫がバスルームに響き渡った。


「……ごめん」

「いや、こっちこそごめんなさいね……?」

居た堪れなくなった二人はさっさとバスルームを出て、泊まりの用意などしているはずもないリタにはヒメノの予備の寝間着を貸してベッドに座していた。

「それでリタ、さっきの続きなんだけど……」

「ヴァア……」

両手で顔を覆ったリタは呻き声を漏らすだけで、ヒメノとしては困ったことにきちんとした回答を貰えそうにない。ヒメノはどうしたものかと思案する。

両性の性機能が正常に機能しているということは、リタは望めば子を孕めるし、相手に子を孕んでもらうこともできるということ。遺伝子を残すという目的に於いて、生き物としてこれ以上強いものはないだろう。ある種の学問で両性具有が完全な存在とされるのも納得だ。そこまで考えて、ふと過ぎる。


ラン家の血筋、確認できる限り私しかいないわね。


神の怒りで両親は死んだ。親族がいるとか、市位に降った王族がいるとかいう話もヒメノが知る限り聞かない。大変不本意だが、イシャバーナの奪還に際し宇蟲五道化のカメジムの謀に使われた"世継ぎを残す為のお見合い"という方便は、ある種正論でもある。とはいえ、ヒメノとしては愛のない結婚など真平ゴメンなのだが。

ヒメノはリタに視線を向ける。リタのことは大変好ましいと思っている。なんならお気に入りの中でも特にお気に入りになり得る人だ。一見氷の様に冷たい印象を抱くが、その実目元を見ればどんな感情を抱いているか分かり易いところだとか。喧騒の中でもよく通る低い声だとか、揺らがない信念と平等に向けられる優しさだとか、もっふんに目がない可愛らしいところとか。そこまで考えて、ヒメノは(リタに言ったら絶対に違うと否定されるだろう)天啓を得た。

「リタ!」

ヒメノがリタの手を取った。リタは驚いて空いた片手をベッドに着いて、軽くのけぞる。

「各国の情勢が落ち着いたら、結婚しましょう!」

「なんでだ!?」

目を白黒させるリタに畳み掛ける様にヒメノは言う。

「ほら、イシャバーナの王家はもう私一人でしょう?血を絶やすわけにもいかないけど、だからと言って好きでもない相手の子なんて私産みたくないもの。でもリタなら、私貴女のこと大好きだし、貴女の子供なら産みたい!」

「え、あ、ヴァア……?」

大好き、という言葉をリタは頭の中で反芻した。落ち着け、と理性が警告する。ヒメノは何かの熱に茹って、友愛と性愛の境界が曖昧になっているだけだと。好機だ、と本能が唆す。今ならこの抱えきれそうにない欲を受け入れてもらえるかもしれないと。

「そうと決まれば、さっき言った通り精巣も卵巣もちゃんと機能してるか調べなきゃ。ねえリタ、精液を採取させてもらっていい?」

「サラッととんでもないことを言うな!?これだから医者は!!」

一息に理性が殴り勝った。不動の絶対中立の精神が、今この瞬間だけ僅かに恨めしい。

ベッドの上で取っ組み合う。リタの左の肘裏にヒメノが一瞬左手をリタの右手から離して手刀を入れて体勢を崩した。ヴァ、と短く声を上げたリタの肩を押して、そのままベッドに倒したヒメノはリタの寝間着のズボンを下ろし、下着に手をかける。

「待て待て待てヒメノ流石にそれはまずいやめろ」

「なんでよサンプル採るだけじゃない」

「羞恥心海に捨ててきたのか!?」

ヒメノはリタの抵抗をものともせず下着をさっさと取り払ってしまった。顕になった男性器は僅かに芯を持ち始めている。迷いなくそれを包む様に握って、一先ず親指で側面を摩ってみた。

「んっ、ぅ……」

リタは辛うじて声を堪える。自分のものを、友人以上の好意を持って見ている相手が触れている。それだけで軽く果てそうになるのをどうにか押し留めた。

ヒメノの手がリタの男性器を弄る毎に、硬く芯を勃たせていく。遂に頂点が上を向いて、リタは余りに倒錯的な光景に眩暈がした。

「ぁ、待っ……ヒメノ……ッ、ヤダ……!」

とうとうリタは抑えきれず、下半身に溜まった熱に急かされる様に吐精した。吐き出された精液がリタのそれを握るヒメノの綺麗な手を汚しているのを目にしたリタは、グラグラと頭の中の天秤が大きく揺らぐのを感じる。

「……随分出たわね。えっと、シャーレは何処にしまってたかしら」

白く汚れた手を軽く確かめて、ヒメノは精液を保存する容器を求めてベッドから離れようとした。その時、

「きゃあっ!?」

グイ、と腕を掴まれて引き戻された。何、とヒメノが振り返ると、尋常ならざる様子のリタに側頭部を掴まれた。

「えっ」

呆けている内に、リタは半ば強引にヒメノの頭を自身の男性器に近付ける。荒い息を吐いて瞳孔を開き、一言だけ。

「咥えて」

その余裕のない声に、ヒメノは驚きつつ一旦従うことにした。無理に抵抗して、怪我をさせるわけにもいかないし、リタの精神衛生的にも拒絶は悪手だと思われる。

先端を少し舐めてみた。頭を掴む指が僅かに震えたので、恐る恐る鬼頭の部分を咥え込む。弱く吸う様にして、舌でゆるゆると刺激すると頭上からリタの甘さを孕んだ声が降ってきた。少しずつ、陰茎部分まで口の中に侵入すると、流石に息苦しさを感じ始めた。

「ふ……っんぐ……ぅ」

中程まで咥え込んで、どうしたらいいのかわからなくなってきたヒメノは、とりあえず陰茎小帯を舌で摩った。決定的な刺激が来ない事に痺れを切らしたリタは、遂に両手でヒメノの頭を掴んで、自身の陰茎の根元まで力尽くで飲ませた。

「んっ!?んぅう……っ!!」

「ヒメノ……ッ、ごめん……ゴメン……!!」

鬼頭が喉の奥を幾度も突いて、ヒメノは生理的な吐気と奇妙な昂揚感を覚える。そしてリタはヒメノの頭を押さえ込み、背中を丸めて嬌声を上げた。

「あっ、も……ぅ、むりだ……っ、あぁああっ!」

リタが果てて、ヒメノの喉奥に生暖かい粘液が吐き出された。ヒメノはどうにかリタの男性器から顔を離して、口に手を当て咽せ返る。

一瞬過ったのは、勿体無いな、という思考。

そう思うや否や、ヒメノは咽せて舌下まで迫り上がった欲望を慎重に飲み込んだ。顔を上げたリタは嚥下の音が聞こえたらしい、慌てた様子でヒメノの肩を揺さぶった。

「な、な、何飲んでるんだ!汚いから吐き出せ!!」

「別に汚くないわよ。というか、出したのはリタじゃない」

「それはそうなんだが……ヴァアアッ!!」

「……ところで手がなんか、カピカピになってるんだけど……」

「……あっ」

叫んだリタはヒメノの手に視線を向けて、バツの悪そうな顔をした。乾いた精液が糊のように貼り付いている。これこそ勿体無いな、とヒメノはひとりごちる。

「なんか変に疲れたし汗もかいちゃった。もう一度お風呂入り直さない?」

「……うん」

二人連れ立ってそそくさと再入浴を済ませ、疲れ切った身体を休ませる事にした。


その晩、ヒメノの眠りは普段からは考えられないほど浅かったとのこと。


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