上映会の参加者たち
ーー頬に衝撃を感じる。
繰り返されるそれはだんだんと勢いを強めていき、痛みはともかく、頭を揺らす衝撃が酷かったので手を伸ばしてそれを止めようとした――のだが、その手は空を切った。
「……?」
もう一度手を伸ばして元凶を捕まえようと躍起になる。手が犯人を捉える前に鼻を摘まれて呼吸を塞いできた。増していく息苦しさに脳が警鐘を鳴らして目覚めを促してくるため、さすがに我慢できず目を開けたーーーーと同時に。
「起きなさいって言ってるでしょ!!!」
「ブッッフゥゥ!!?」
勢いよく振り下ろされた拳が顔面を打ち据え、再び意識がブラックアウトしかけた。
「おいやりすぎだって、ナミ」
「仕方ないでしょ!ちっとも起きないんだから!!」
「だからってなぁ……おーいルフィ、大丈夫かー」
チカチカと明滅する視界で、ウソップとナミがルフィを見下ろしていた。
パチリ、と今度こそ覚醒して身を起こすと、不思議な場所にいた。
「んー?どこだここ?」
目が覚めるとそこは知らない場所でした……なんてことは物語の中では在り来りな展開だろうが、なんと言ったってここはなんでもありな新世界だ。デタラメなことが起こっても可笑しくはない。しかし。
「ん〜?」
ヒクヒクと鼻をうごめかせたルフィは大きく首を傾げた。
未知の場所と遭遇した時にいつも感じる冒険の“匂い”が全く感じ取れなかったのだ。
そもそもだ。先程までサニー号にいたはずなのに、どうしてこんなところにいるのだろう?
「ルフィ〜〜〜♡♡♡」
ぐるぐると首を傾げるルフィの思考を遮るように甘い声が聞こえてきた。そちらに視線を向けると、両手を広げたハンコックが飛びついてきて、ぎゅうと抱きしめられた。が、ルフィが口を開く前にパッと離れてしまった。彼女は紅潮した頬に手を当てて何やらぶつぶつと、時折甘い吐息を漏らしながら身を捩っている。
サンジが鼻血を噴き出して倒れる音がした。
ルフィはそんな彼女に声をかけようとして、
「ルフィ!!!」
割って入ってきた声に動きを止める。振り返るとルフィのもう一人の兄、サボが嬉しそうな顔で駆け寄ってきた。
「サボ!!」
ルフィもぱぁと顔を輝かせて彼に飛びつく。彼に会うのはドレスローザ以来になる。
「ところで、ルフィはなんでここに?」
再会の喜びを分かち合ったところで、ふとサボが疑問を口にすると、ナミ達も思い出したようにハッとした。
「それがよ、わかんねェんだ。気が付いたらここにいてよ」
サボは?と訊くと「俺も同じだ」と返ってきて、仲間達の方を振り返ると一味たちも同意するように頷いていた。どうやら皆状況を把握していないらしい。自分の世界から戻ってきたハンコックも同じように頷いている。
「…何かの罠かもしれない。一旦、ここを出るべきだと思うわ」
ロビンの提案に全員が賛成の意を示し、その場を離れようとしたその時だった。
「麦わらァ!!!」
怒号が響き渡り、全員の動きが止まった。
見れば、背中に正義と書かれたコートを羽織った海軍本部中将、白猟のスモーカーが少し離れた場所からルフィ達を鋭い眼光で睨みつけている。
「ギャーーー!!!海軍〜〜〜!!!」
「ケムリン!!」
悲鳴をあげるチョッパーとナミ、ウソップの横でルフィが嬉しそうに手を振った。それを見てスモーカーは咥えた葉巻をギリギリと噛み締める。その横に刀の柄に手をかけて構えるたしぎと嬉しそうに顔を輝かせるコビーがいて、ルフィは更に目を輝かせた。
「あれ!お前らも来てたのか!」
「テメェら一体何企んでやがる!!!」
ルフィの言葉にキレ散らかすスモーカーだが、それに構わず彼はずんずんと近付こうとして、慌ててウソップ達に止められてしまう。
「おや、その声は麦わらのルフィさんですかい?」
スモーカーの後ろから現れたのは海軍本部大将、藤虎だった。隣には大目付のセンゴクもいる。
「たたたたた、大将に元元帥〜〜〜〜〜〜!?!?!?」
目玉と舌を飛び出させてウソップが絶叫する。他の面々も同様に仰天して目を白黒させていた。
「ほぅ、こりゃまた随分な大物がゾロゾロと……」
辺りを見渡すと、麦わらの一味だけでなく、革命軍のNo.2にイワンコフ、元王下七武海のボア・ハンコック、部屋の隅の方にはサー・クロコダイルとその足元に千両道化のバギーがいた。
更にその近くにインペルダウンに収容されている筈のドンキホーテ・ドフラミンゴとそのファミリー達もいる。
反対側の方では世間を騒がせている大海賊の一人のユースタス“キャプテン”キッドとその腹心の殺戮武人キラー、ハートの海賊団にワノ国で消息不明となっていたX・ドレークが憮然とした表情で辺りを見回している。他にもCP-0のブルーノに冥王レイリー、ドレスローザで麦わらと子分盃を交わした麦わら大船団の代表者7名が勢揃いしていた。
そして二足歩行の動物達…あれはミンク族だろうか?後ろに侍らしき着物姿の男達もいる。
センゴク達の後ろには、ドレスローザの現国王、リク・ドルド3世にその娘の王女ヴィオラ、レベッカ、キュロス、トンタッタ族のマンシェリー姫とレオが驚き戸惑っていた。
「こりゃあ、とんでもないことになってきやしたねぇ。ところで、ここどこですかい?潮の香りが全くしやせんが…」
「それが、僕達にもわからなくて…気が付いたらここに…」
困惑する藤虎に、同じく困った様子のコビー。
そうそうたる顔ぶれにその顔は緊張で固くなっている。
そもそもだ。この場所に関する情報が全くないことが不安を掻き立ててくる。見渡してみると、大きな部屋のような空間にいることは分かるのだが、窓がなくて上から照らす照明しか光源がない。
壁は暗い色で統一され、床も黒では無いが暗めな色で照明が落ちたら見分けが付きにくそうな作りになっていた。
部屋中に布張りの座席が沢山あり、まるで映画館か劇場といった印象を受ける場所だ。
そして何より。コビー達のいる場所より下方、ーーこの場所前方という表現が正しいのだろうか?ーーに大きなスクリーンらしきものがあり、その目前に真っ黒な棺のような物体がポツンと置かれている。
「ここは一体……」
コビーが呟いた時、ざわついていた館内の中で一際声を張り上げる者がいた。
「キャプテンは!?キャプテンどこにいるの!?」
「え?」
聞き覚えのある声に、ルフィ達は一斉にそちらを向く。ハートの海賊団の航海士ベポがわたわたと慌てふためきながらキョロキョロと周りを見ていた。他のクルー達もしきりに辺りを気にしている。
「お前トラ男のとこの!…トラ男、いねェのか?」
「麦わら!キャプテン知らねぇか!?」
ルフィの声に反応したベポが涙目になりながら叫ぶ。その横でシャチとペンギンも泣きそうな顔をしている。
「他のみんなはいるからキャプテンも居るのかなって思ったんだけど…どこ行っちまったんだよ船長ーー!!」
「キャプテンってばいつも突然居なくなるんだから!!探す身にもなれよもう!!」
「お前ら落ち着け」
嘆く二人を宥めるようにジャンバールが言った。
「船長が心配なのはわかるが、今は状況把握が必要ではないか?」
「うっ、そうだけど……」
冷静に諭されて、ベポはしゅんと項垂れる。
「とりあえず、あの箱みてェなやつ調べようぜ!」
ルフィの言葉にベポ達が同意し、棺へと近付こうとして、見えない壁に衝突したかのように急に前に進めなくなった。
「な、なんだこれ!?」
「ビクともしないぞ!!」
「どうなってんの!?」
「どけ!おれに任せろ!」
ウソップが自慢の長鼻で確かめようとするも、やはり弾かれる。
ロビンが手を伸ばしても、同じように弾かれた。
「…能力も通用しないみたい」
「くそっ!なんなんだよこれ!?」
ルフィ達の様子を見て、コビー達も恐る恐ると棺に手を伸ばそうとしたが、阻まれて前に進めない。
「ますます意味が分からなくなってきたな……」
ゾロの言う通りだ。何故こんなところに飛ばされてきたのか、これからどうなるのか全く予想できない。
「ねぇ、ちょっと待って!!!」
唸る一同の中、またもや声を張り上げたのはベポだった。
皆の注文が集まる中、彼は棺の方に指差して叫んだ。
「あそこから花の匂いに交じってキャプテンの匂いがするんだけど……」
「え?」
ベポの言葉に一同は騒然とした。
「え!?なんで!?!?」
「キャプテンそこにいるんですか!?応えてくださいキャプテン!!!」
「キャプテーーーーーン!!!」
見えない壁を叩きながらハートのクルー達が叫ぶも、黒い棺は微動だにしない。
「生きて…るんだよな?」
不吉なことを口にするウソップがペンギン達にギッと睨みつけられヒィ!と叫んで縮こまった。
「大丈夫だ、トラ男の“声”はちゃんと聞こえてる。死んじゃいねぇ。トラ男はそう簡単にやられる奴じゃねェだろ」
「うん。あの中から死体の臭いはしないから…きっとトラ男は大丈夫だと思う!」
ルフィとチョッパーの言葉に、皆安堵の息をつく。しかし、ならば何故ローはあの中に入っているのか。そして、何故一同はこのような場所に連れてこられてきたのか。
またもやざわついてきた館内で、そのざわめきを掻き消すようにブーーン、と大きな音が鳴り響いた。
「な、何だァ!?」
全員が注目すると、スクリーンの画面に光が灯り、ザザザ、とノイズのような音がして、
『紳士淑女の皆様、本日は上映会にご参加くださりありがとうございます。
当館では電伝虫での録画や配信、TDでの録音、そして参加者同士での戦闘行為は禁止とさせていただきます。誠に勝手ではございますが、それらに類するものは効果を発揮されないようになっておりますので、予めご了承ください。
また、上映中の会話や飲食は可能ですので、欲しいもの等がございましたら各自お手元の電伝虫にお申し付けください。適宜対応させていただきます。
長々と失礼しましたが最後に一つ。当館は上映が終わるまで、あらゆる外的要因による開館はございません。解放条件はこれから上映させていただく演目を最後までご鑑賞いただくことです。
それでは、お待たせいたしました。本日の上映は『白い町の少年』です。心ゆくまでお楽しみください。』
男とも女ともとれない、機械的な音声が館内に響く。困惑に皆が眉をひそめる中、覚えのある単語を耳にした幾人かが目を見開いた。
「『白い町』って…まさか」
サンジの言葉を引き継ぐように、ペンギンが呟く。
「船長の…、」
彼が言い終わらないうちに、ブツリと画面が暗転し、合わせるように照明も落とされる。
そして、上映会が幕を上げた。