上げて落とす

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「何?ガープの孫がゴムゴムの能力者だと?」

「そうだ。ガープの話では赤髪が持っていた悪魔の実を食べたからだそうだ」

「赤髪が持っていた悪魔の実でゴムゴムの能力者となれば、間違いなく”アレ”だろうな」

「奪われたと報告を受けた時はやはり我々の手から逃げていると思ったが、まさかガープの孫が食べていたとはな」

「そしてその孫…モンキー・D・ルフィは現在海兵の見習いとして海軍に所属している」


五老星はそれが意味することを考える。あの悪魔の実の能力者が海軍、即ち世界政府側の勢力に属している。

一度は逃れた存在が自分達の手元に戻って来たのだから監視も容易だが、あまりにも呆気なさ過ぎるのと前例が無かっただけに彼らは慎重だった。


「自ら志願して入隊したそうだが、海軍を利用する形で力を付けて、いずれ我らの手元から離れるかもしれないぞ」

「情報が少ないから断定はできないが、その可能性は考慮するべきだろう」

「ガープの孫もそうだが、一緒に海軍見習いになった少女も中々面倒な能力者だ」

「ウタウタの実の能力者か。ゴムゴムの実の能力者が我らの手元に来ただけでも前例が無いのに、ウタウタの実の能力者が同時期に同じ勢力に属するとはな」

「今は海軍にいるが今後どうなるかはわからん。下手に刺激はせず、だが万が一を考えて二人については注意深く見ていこう」


どちらの実も世界政府が恐れる力を秘めている。

今は大人しくても何時の日か牙を剥いてくるかもしれない。

新たに海軍に入隊した若き二人の能力者の動向に、今後目が離せなくなることを五老星は直感するのだった。



―――



「ガープの孫がまたやったな」

「血筋と言うべきか、本当にガープの再来…いや、それ以上かもな」


新聞に載っていた記事の内容に目を通して五老星は呆れる。

報告で既に分かっていたが、新聞には笑顔で町の人や海兵達と宴をしているルフィとウタの姿が写った写真と詳細な内容が記載されていた。

海賊の捕縛や打倒などの功績を異例の速さで打ち立てていくのは良いが、同時に海軍の不正や世界政府とって不都合なことにさえもルフィは首を突っ込んでそれらも力押しで度々解決していた。

そして今回も、東の海で圧政を強いていた海軍の責任者をルフィがぶちのめして、海軍の不正を正したことや町を救ったことが事細かに書かれていた。


「頭は痛いが、ガープ同様に現場での彼を支持する声は大きい。しっかり実績も上げているから、海軍内での面倒事は海軍に対処して貰おう」

「問題行動という点では、ウタウタの実の能力者であるウタはそういうのがあまり無いから安心だな」

「ゼファーとつるは良く教育をしてくれた。彼女はガープの孫を止めてくれるだけでなく、容姿や歌声も相俟って海軍の広告塔としても最適だ」


元々は海軍内の食堂や広場、航海中の船の上などで披露していたが、海賊に襲われた町での慰問の為に歌い始めてから市民の間での彼女の人気は急上昇。

今では定期的に宣伝も兼ねた広報活動をウタは活発に行っていた。

それでいて同世代ではルフィに次ぐ実力者にして彼のストッパーも担ってくれているのだから貴重な人材だ。

稀に一緒になって暴走するらしいが、それでも五老星はルフィを抑える常識人枠としても重要視していた。


「ゴムゴムとウタウタの能力者が同時に入隊した時はどうなるかと思ったが、どうやら我らにとって良い方向に進んでくれそうだ」

「良い方向どころか予想以上だ。海軍の士気もそうだが、二人に触発されて海軍に入隊した者達も多く、入隊希望者は今も右肩上がりだ」

「市民の人気も大きい。影響力という点では二人は海軍の中でも屈指だろう」

「まあ…ガープの孫がやって来た問題行動の多くも、その時点での我らにとっては不都合だったりしたが、結果的には正しかったり組織の体質の改善に繋がっておる」

「スパンダムを筆頭に一部が騒いでいるそうだが、どうせ下らん逆恨みだろう」


不正の温床と化していたCPや世界政府の一部の部門も、ルフィ達が積極的に不正を働いていた上司をぶん殴ったり悪事を暴いたりすることに触発されて奮起する職員が続出していた。

中には内部告発に留まらず、ルフィ同様にやり過ぎることもたまにあったりするが、それでも長い目で見れば結果的に良い方向へと向かっているのだから嬉しい誤算だ。

二人が海軍に入隊したばかりの頃に抱いていた懸念も今では殆ど薄れ、このまま何事も無く二人には海軍に所属して欲しいものだと五老星は思いを馳せるのだった。



―――



「クロコダイルめ、何か企んでいると思ったがまさかアラバスタ王国を乗っ取ろうとしていたとはな」

「だがその目論見をガープの孫が阻止してくれた」

「まだ若い将来有望な海兵が七武海の暗躍を阻止する。かつてのガープの時よりもインパクトは薄いがそれでも英雄の再来と呼ぶに相応しいだろう」

「孫と同じ年の頃のガープでもクロコダイルを倒すのは難しかっただろう。ひょっとしたらガープ以上のことをするかもしれん」


血だらけだがウタの肩を借りながら満面の笑顔で歩くルフィの写真が載った新聞を五老星は流し読みしていく。

今までクロコダイルの悪事を見逃していた不祥事は痛いが、海軍に次の世代を担う存在がハッキリとしたことはそれ以上に良かった。

十代後半の海兵が世界政府にその実力を認められた大海賊を打ち破ったのだ。既にその実力は現在の階級以上のものだ。

このままルフィが順当に成長していけば、ガープと同じかそれ以上の功績を打ち立てるだろう。

当然、彼絡みでのトラブルが頻発することも想定されるが、海軍絡みの問題は海軍に押し付けて目を瞑れば問題は無い。

そして一緒に写っているウタも、今回のアラバスタで内乱の被害を抑える以外にも海軍や世界政府のイメージアップ、更には彼女の曲が収録されたアルバムの売り上げも海軍の予算に大きく貢献していた。

あらゆる面で二人は海軍や世界政府に貢献していたが、まだまだ彼らには世界政府や海軍に大きな利を齎してくれる可能性があった。


「何時も思うが、ウタとガープの孫が一緒に写っているのが多くないか?」

「モルガンズも狙っているんだろ。海軍内でも、二人の関係については何時も話題にされている」


ガープの「儂の孫の嫁じゃ」などの早過ぎる発言を筆頭に、二人の仲を認めるものは多い。

恋人じゃないけど結婚まで秒読み段階だとか、やり取りが甘過ぎて目撃した海兵達が砂糖を吐く能力に目覚めたとか、様々な噂が五老星の耳に入っていた。

単なる海兵同士の色沙汰なら全く気にも留めないが、彼らがここまで気にしているのは二人の血筋と経歴が大きく関わっていた。


「まだ一部にしか知られていないが、ウタは赤髪の娘だ。英雄の孫と四皇の娘。もし二人が結ばれば我々に齎される恩恵は計り知れない」

「だが、まだウタの経歴を明かす時では無いだろう」

「彼女の実力なら、将来海軍中将になるのも十分に視野に入るが、何事にも機はある。世間に公表するならば中将、或いは…」


海軍の英雄の孫、海賊の頂点に近い存在である四皇の娘。

普通なら有り得ない両者の関係だが、もし二人が結ばれた際に経歴を公表すれば、世間に与える影響は大きい。

海賊に捨てられた海賊の子が、海軍で正義を背負って市民の為に戦う。

普通なら捨てられたことに対しての復讐と考えてしまうが、彼女の容姿や性格、そして市民との交流がそういったマイナス面を打ち消してくれる。

そこに過去を乗り越えて海軍の英雄の身内と家族になる要素が加われば、海賊の血筋でも生き方次第では海賊の道を選ばなくても明るい未来が望めることを多くの人達に知らしめることが出来る。

かつて世界政府と海軍は海賊王の血筋を根絶やしにしようとして世間から大バッシングを受けたが、その時の不信感を拭うのに一役買ってくれるだけでなく、海賊側どころかこの大海賊時代そのものに大きな衝撃を与えることが期待出来るなど良いことだらけだ。

ルフィとウタの存在とその関係は、それ程までの可能性を秘めていた。


「世界の均衡は永遠には保たれないが、現状が続くならしばらく世界は安泰だろう」


願わくば、この正の連鎖が何時までも続いて欲しい。

長年に渡って様々な世界の問題を対処していくが故に顰めた顔が多い五老星も、ようやく見えた未来にその表情を穏やかに緩ませる。

しかし、彼らはこの正の連鎖が数か月後には一人の愚か者の所為で、一転して世界を大きく揺るがす負の連鎖に変わってしまうとは夢にも思っていなかった。

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