三日会わざれば

三日会わざれば


父親が誰だか分かったときには、まさか弟ができるなんて夢にも思っていなかった。

正直今でもそれが正しいとは言える自信はないが、それで生まれてきた弟のことはかわいく思っている。かわいく思っているが、最近ちょっと可愛げが減ったような気がしないでもない。


「なんかアンタふてぶてしくなってない?」

「僕にそんなことを言いはるのは姉様と母様くらいですよ」

「せやなぁ、大人しいええ子って話しか聞かんわ」


大分背が伸びてアタシの肩の高さを越えるのも間近になってきた弟は、特殊な生まれが嘘のように心身共に健やかに育った。アタシと違って寝込んだことはほぼないらしいのは羨ましい限りだ。

その上なんだか強かであるし器用であるし聞き分けも悪くない、更には人懐っこく絵に描いたようないい子であるから周りがよく心配している。


しかし幸いというかなんというか、父親のことをどうこう言っていられるような余裕が尸魂界にない今の状態では、そこまでは心配するようなこともないと本人は笑っている。

血縁上の父親は色々やらかしはしたものの、さすがに瀞霊廷に乗り込んでの大暴れはしていない。そのため被害者以外の記憶からは少しばかり存在が薄れていたのかもしれない。


後は単純に、文句を言うような死神の人たちは死んでしまったとか。とにかく今は優秀な死神ならば出自がなんであれどの隊も貰えるなら貰いたいような状態なんだろう。

リサ姉が「あたしがシンジに生ませたことにするわ」と入隊させようとしたので、教育に悪いと止めるように言った記憶も新しい。ついでに言えば弟はリサ姉に少し似ているのであまり洒落にならない。


「でもアンタ現世に避難言うてるのに、ジャンプ読んでポテチ食うてるやん」

「だってあの人面倒くさいし……皆に気を使われるのも居心地悪いやないですか」


アタシは関わっていないのでよくわからないが、比喩でなく地獄の蓋が開いたらしい。扉だったかもしれないけど、大体同じだからいいだろう。

ともかくそんな状況で、開かないように重りになるものが必要だとかでアタシたちの血縁上の父親が漬物石が如く重りのための仮釈放という扱いで一時的に外に出てきているのだ。


それをどういうわけか見張っているのが母なので、弟は生まれてはじめて父親と同居することになるはずだった。

はずだったと言うのは、弟は仮釈放が決まった段階で自分から総隊長である京楽さんと交渉して仮釈放がされる前にとっとと現世に来てしまったからである。


アタシとしては寝ているときは静かなのに起きているとさかんに動き回るようになってきた双子の子供たちを見てくれるのは普通にありがたいので構わないのだが、よく話を通したなとは考えてしまう。

色々な事情があったとはいえ自分の命令で生まれたような子供だから京楽さんは弟に優しいけれど、さすがに人材不足な状況で優秀な死神を私情で現世にやるとも思えない。


「どんな風にだまくらかしてこっち来たん?」

「人聞き悪いですよ、十一番隊の仕事やからだまくらかしてないです。僕が代わりに行きます言うただけ」

「涅さんええって言うたの?」

「あそこって性質上体力勝負の仕事に向いてない人も多いやないですか、せやから僕のこと使い倒したろって顔で許可くれはりました」


なんやよくわからんもの持ってうろうろしとる、と思ってたけどあれ仕事か。もしかしたら例の地獄のなんたらで現世のデータを欲しがっていたのかもしれない。

引っ越したので前に家にいたときと比べて家も広いから居候はしやすくなっているとは思うが、あまり長くかかるようなら学校に通うとか色々用立てないといけないだろうか。


「いつまでおんの?学校とか行く?」

「長くて三ヶ月くらいやから平気ですよ」

「三ヶ月で帰ったらまだアイツおるんちゃうの」

「戻る時には隊舎に部屋の準備して貰えるので、帰れるかどうかはあの人関係なくマユリさんが満足しはるかどうかですね」


はたしてあの人が満足することはあるのだろうか。次はどこどこに行けとかこれが終わったらどこそこを調べろとかどんどん増えやしないだろうか。

まぁ弟はなんだかんだ身の振り方も器用なので上手いことやるだろう。どうしてあそこまで貧乏くじを引く母からこれが生まれたかはわからないが、父親もあれで器用ではない気がするので突然変異なのかもしれない。


「アレって今もそんなめんどいん?」

「僕のことをまだ赤ん坊やと思っとるみたいでなんや変に過保護やし、言うてることもようわからんし」

「アレはアタシんこともちっちゃい子供やと思っとるから百年たっても改善はせんし、わかりやすく言うこともないやろな」

「母様はひねくれてるように見えて素直でストレートな方が好きやのに、ひねたまんまじゃアカンとは思われへんのが不思議やなぁ」


そんな風に自分を省みることが出来るような男なら、あれほど情深い母にふられるようなこともなかっただろうに。

弟は好きな相手に素直に好意を伝えられるように育っているので、その点においては十分の一も生きていないだろう息子に負けている情けなさもある。


「アンタは好きな子できたらいけずしたらアカンよ」

「姉様が大事にされとる限り僕の心配はせんで大丈夫ですよ。僕のお手本が好きな人にはいっとう優しいの、姉様が一番知ってはるでしょ?」

「……アンタはホンマに雨竜が好きやなぁ」

「姉様には負けますよ」


笑顔がなんだか小憎らしかったので、やっぱりちょっと可愛げがなくなってきたんじゃないだろうかと思ってしまう。

それでもまだ雨竜にお土産でもらった刺繍の本に喜ぶ姿はかわいいものなので、できればこのままかわいい弟でいてもらいたいものだと姉であるアタシは願っている。

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